少子化とは、出生率の低下に伴って、将来の人口が長期的に減少する現象をさす。日本の合計特殊出生率(一人の女性が生涯にわたって産む子ども数)は、1947年(昭和22)の4.54から持続的に低下し、2022年(令和4)で1.26と主要7か国(G7)のうちでも低い水準となっている。出生率の低下は、人々の意識の変化に基づくものとされているが、その背景としての経済社会環境の変化が重要である。日本では、おもに男性が仕事、女性が家事・子育てに専念するという、男女の固定的な役割分担を前提として、多くの社会制度が成立している。また、正社員の慢性的な残業や頻繁な配置転換・転勤を伴う働き方は、家事・子育てに専念する主婦の存在を暗黙の前提としている。女性の高学歴化が進むなかで、女性は結婚後に子育てと就業継続のどちらに重点を置くか選択を迫られる場合が多い。子育てを重視すれば管理職となることは困難であり、仕事を優先すれば、子どもを育てることは困難になり、出生率が低下することになる。
すでに労働力人口が減少し、経済活動や所得水準が長期停滞するなかで、現役世代の税・社会保障負担が持続的に高まり、経済社会の活力を損ねることが危惧(きぐ)されている。女性の働き方との関係で、結婚や出産の自由な選択を妨げている現行の社会制度や雇用慣行などを改善し、人口の年齢構成の変化に大きく左右されない社会制度を構築することが、少子化に対応した政策の基本となる。
日本の年間出生者数は、第二次世界大戦後のベビーブーム期の1949年に270万人と第一のピークを記録し、その「団塊の世代」が出産期を迎えた1973年に第二のピークを迎えた。しかし、その後は2022年の77万人にまで一貫して減少している。これは家族による一時的な産児抑制を反映して異常な落ち込みを示した1966年丙午(ひのえうま)の年の136万人をはるかに下回る水準となっている。所得水準の向上で出生率が徐々に低下する傾向自体は、先進国に共通した社会現象であるが、その水準には大きな格差がみられ、日本の出生率は、すでにイタリアと並んで相対的に低い水準にある。
現在の出生率は、人口を安定化させるために必要な水準(2.08人)をはるかに下回っており、1975年に1.91を記録してからは、2.00を超えていない。このため、生産年齢人口(15~64歳)は、すでに1995年(平成7)から減少を始めており、総人口も、1億2806万人(2010)をピークに減少に転じている。将来推計人口(2023推計)では、2060年には9615万人と、今後、日本に住む外国人の増加を見込んでも、人口のピーク時からの50年間で約3200万人の減少と見込んでいる。
出生率の低下については、そもそも人口が減ること自体がなぜ問題か、という疑問がある。地球上の人口は増加の一途をたどっており、日本でも大都市における人口過密は著しい。これが21世紀に入って減少に転じることは自然な現象であり、むしろ望ましいという見方さえある。しかし、子どもは将来の消費者であるとともに、生産活動を支える労働者でもある。経済活動の基礎となる労働力供給の減少は、投資や貯蓄を減らし、長期的には所得の向上を抑制する大きな要因となる。第二次世界大戦後の日本では、豊かで質の高い労働力の増加が日本経済の高成長を支える原動力となってきたが、こうした条件が21世紀には根本的に崩れることになる。
また、今後の日本の人口減少は、高齢化という年齢間の人口構成の不均衡な拡大を伴って生じることも大きな問題である。出生率の低下は、若年層がより薄くなるという形での勤労世代人口の減少をもたらし、人口全体に占める高齢者比率を引き上げる。このため高齢者の扶養負担が、政府と家庭の双方で高まり、所得水準の低下と税や社会保障負担の増加という「二重の負担」を勤労世代に強いることになる。現在の豊かな生活水準を維持したままで、人口だけが減少し、都市の混雑が避けられるという都合のよい状況にはならない。
他方で、子どもをもつか否かは家族の私的な意思決定であり、過去の「生めよ増やせよ」の政策のように、政府によって干渉されるべきではないといった原則論もある。しかし、出生率の低下の主たる要因が、新しい経済社会環境の変化に適応しない過去の制度・慣行が、家族にとって望ましい数の子どもをもつことを妨げていることにあるとすれば、それらを取り除くための政策は、家族にとっても社会にとっても望ましいはずである。
なぜ出生率が低下するのかという基本的な要因については、人々の間に十分な合意は得られていない。たとえば、所得水準の低下や教育問題など、将来の社会に対する人々の不安感や住宅確保のむずかしさなどの要因が、子どもをもつことへの躊躇(ちゅうちょ)となって現れるという見方がある。しかし、出生率は世界でも日本でも、過去の貧しい時代に高く、むしろ経済発展に伴って低下する傾向がみられる。
この基本的な要因は、所得の増加以上に「子育てのコスト」が高まることで、少なく産んでだいじに育てようとする人々の行動の結果と考えられる。その意味で少子化は、経済社会の変化に対応した個人にとって「合理的」な行動の結果である。先進国の間での出生率の違いは、この子育てのコストが社会の仕組みの違いによって大きく異なるためであるとみられる。
日本の出生率の低下を時期別にみると、以下のような二つの時期に分けることができる。まず、第二次世界大戦後のベビーブーム期から1970年ごろまでの出生率の急速な低下は、夫婦の産児抑制の急速な普及を背景に、とくに子どもが労働力や家業の継承者として不可欠な自営業世帯比率の低下や都市化の進展などで、子どもを4人以上もつ多子家族が激減したことによる面も大きい。
しかし、この既婚者のうちでの子ども数減少は、1960年代以降では、緩やかな低下となっており、2021年で1.90と、人口が安定するために必要な2.1と大差のない水準にとどまっている。このため1980年以降の出生率の継続的な低下は、もっぱら未婚率の高まりによるものとなっている。これは、未婚者から生まれる子どもの比率が2%にすぎない日本では、出生率を引き下げる直接的な要因となる。このため、出生率の動向を考えるためには、人々の婚姻行動変化の要因分析が大きな鍵(かぎ)となる。
男女の未婚率は傾向的に高まっており、国勢調査によれば、25~29歳の女性の未婚率は1950年(昭和25)の15%から2020年(令和2)には66%と、これまでにない高水準に達している。この未婚率の高まりの社会学的な説明として、欧米諸国と異なり、日本は未婚の子どもが男女を問わず、就業後も両親と同居する「子の親離れ不適応(いわゆる「パラサイト・シングル」)」現象も指摘されている。しかし、未婚率の上昇とその結果である出生率の低下という現象(人々の意識や行動の変化)は、背後にある経済社会環境の変化によるものと考えれば、その大きな要因として、女性の高学歴化と社会進出が考えられる。日本の出生率が、1960年以降、合計特殊出生率2.1の水準で安定していた状況から、継続的な低下に転じた1970年代中ごろ以降の大きな社会的変化として、被用者としての女性就業の増加がある。
2021年に実施された出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)によると、35歳未満の未婚女性の84%(男性は81%)が「いつかは結婚するつもり」と答えている。しかし、女性の高い賃金職種への進出は、それだけ、結婚や子育てにより就業継続の機会を失うという意味での「機会費用(逸失所得)」を増やす要因となる。その結果、女性の平均的な賃金水準の高まりに伴い、より長い時間をかけた結婚相手の探索行動が合理的な行動となる。また、女性の高学歴化と結び付いた経済的地位の向上によって、結婚自体がかならずしも最終的な目的ではなく、よい相手がいなければ未婚のままでいることも選択肢の一つとなっている。
女性の四年制大学への進学率の上昇ペースは1990年代にやや加速し、2022年度には53.4%に達している。また、単に平均的な大学進学率が高まっているだけでなく、その専攻分野が、女性が伝統的に集中していた文学部や教育学部から、法律や経済、理工学部など、より収入の高い就業機会と結び付く分野へシフトしていることも大きな特徴である。女性の大学進学率は男性の59.7%と比べるとまだ低いため、前記の動向を考慮すれば、今後、さらに高まる余地は大きい。
この影響もあり、女性の初婚年齢は2022年で29.7歳と高まり、男性の31.1歳との差も縮小している。
男女に共通したこのような高学歴化の進展は、子どもをもつことに対する親の考え方が、「少なく生んでだいじに育てる」という意識へと変化したことに対応している。こうした子どもへの需要が「量から質」へと転換したことは、子どもを労働力や跡継ぎとして量的に確保しなければならなかった自営業中心の時代から、純粋に愛情の対象として考える被用者中心の時代への産業・就業構造の転換を反映している。
女性の就業率の高まりと出生率低下との関係は、ほかの先進国では明確ではなく、むしろ日本と比べて女性の就業率の高い北欧諸国のほうが出生率も高いという、日本とは逆の関係もみられる。これは、女性にとって仕事と子育ての両立がむずかしい日本の社会的な状況が、女性就業の増加とともに、子どもをもつことが事実上の前提となっている結婚自体のコストを高めている要因と考えられる。
この基本的な要因としては、日本の企業では、これまで男性が働き、女性が家事・子育てを行う固定的な役割分担を前提とした長期雇用・年功賃金の慣行が支配的であったことがあげられる。これは以下のような点で、女性の就業と育児との両立を困難なものにしている。
第一に、企業が従業員に対して多くの訓練費用を投資し、長期的な雇用保障を行うことの代償として、慢性的な長時間労働が一般的となっている。これは夫が働き、妻がそれを支援するという家庭内での夫婦の役割分担を前提とした働き方であるため、結婚・出産後の女性にとって、男性と同じような慢性的な残業を前提とした働き方を継続することが著しく困難になる。
第二に、日本の企業が、その内部で仕事を通じた訓練を重視することから、サラリーマンにとって、社内で多様な仕事を経験するための頻繁な配置転換や転勤が日常のものとなっている。これは、家庭の事情よりも会社の都合をつねに優先することができる「内助の功」付きの男性社員を主とし、そうでない女性社員を従とするという職場での役割分担に基づいている。このためフルタイムの共働きの夫婦にとって、いずれかの転勤は、夫婦が別居するか、または女性(もしくは男性)の就業を中断せざるをえないことの大きな理由の一つとなる。
第三に、子育てを終えた女性が再就職する際に、正社員としての中途採用機会が乏しいことである。これは多くの日本企業が長期雇用を前提とする採用を行っていることの半面であり、また職種別ではなく年功型の賃金のもとでは、企業にとって中高年社員の採用意欲は乏しいものとなる。このため子育て後の女性の再就職機会は、パートタイムや派遣社員等の非正規社員に限定される場合が多い。
こうした女性の就業継続と結婚・子育てとの両立の困難さが予見される場合には、結婚のコストは就業を継続していれば得られたであろう生涯賃金に比例する。これは女性の高学歴化と経済的地位の向上とともに持続的に高まっている。これに対してデジタル技術が重視される今後の社会では、従業員の技能の向上を、特定の企業の負担で行うのではなく、大学など外部の機関や多様な職業経験を通じて行うことが広まるとみられる。こうした個人が主体となって行う職業訓練の仕組みであれば、雇用の流動化が進み、質の高い中途採用機会も広がる。また、個人の職種内容の専門性がより重視されれば、頻繁な転勤の必要性も少なく、夫婦間の家事・育児の分担によって子どもをもつ女性の就業継続の可能性はそれだけ高まる。このように、女性にとって結婚・子育てのコストを著しく高めている現状を改善するためには、日本の世帯主を中心とした雇用慣行の改革が必要とされている。
少子化の主たる原因が、社会経済環境の変化に伴う子育て費用の増加であると考えれば、それを軽減させることが最大の少子化対策となる。このため、児童手当の増額などが、少子化対策の基本として提唱される。しかし、子どもを育てる家族への支援は、子どもにかける費用の増加をまかなうために歓迎されるものの、それでさらに多くの子どもをもとうとする意欲には、かならずしも結び付かないという研究結果が多い。むしろ子ども数の増加には、保育所の整備や幼児教育の充実等といった子育て環境の整備の効果が大きいとされている。
子育ての最大の費用は教育費であるが、とくに日本のように大企業に選抜されるために、よりよい学歴を求め、若年時から学習塾などの費用を必要とするような教育需要を前提とすれば、他人と比べた教育への投資量の差が重要な要件となる。このため、かりに平均的な学校教育の費用を政策的に軽減したとしても、それが家族の教育費用の負担減をもたらす保証はない。
男女にかかわらず、仕事をもつことがしだいに一般的な状況となっていることを前提とすれば、家族にとって、子育ての費用のうち母親のよい就業機会が制約されることから生じる「逸失所得」がもっとも大きなものとなる。学校卒業後に就職し、結婚・出産退職で、子育て後にパートタイマーとして再就職する典型的な場合の女性の生涯所得を、正社員のままで定年まで勤務する場合と比較すると、その逸失所得の金額は、子育ての金銭的な費用をはるかに上回る水準となる。
この逸失所得の金額を軽減するためには、女性の生涯ベースでの就業継続と子育てとの両立を図れるような社会的な制度・慣行が必要とされる。これには
(1)企業内で男女がともに家事・子育てとの両立が可能な働き方(ワーク・ライフ・バランス)への転換
(2)かりに子育て期に退職しても、その後、良好な再就職機会が得られやすい流動的な労働市場の整備
(3)夜間・休日保育等の弾力的な保育サービスの供給
などがある。
少子化対策のために必要な具体的な政策として、以下の3点が考えられる。
第一に、働き方の改革がある。育児休業制度の普及や、その無給期間を雇用保険で補償する制度が設立されたものの、休業明けで職場復帰した際の子育てとの両立への制約は大きい。雇用保障の代償として長時間勤務、配置転換・転勤を当然とする現行の雇用慣行が、とくに共働き世帯にとって、大きな桎梏(しっこく)となっている。これを、勤務時間、職種や働き場所を被雇用者が選択できるような多様な働き方を雇用主が容認する形態へと転換することは、共働きの子育て世帯にとって重要な要件となる。また、時間管理に縛られないフレックス・タイム制(労働者が一定の時間帯のなかで労働の始期と終期を自由に決定できる労働時間制)や在宅勤務、および賃金を労働時間の長さではなく仕事の成果によって決める制度が普及すれば、子育てに伴う時間的な制約も緩められる。さらに、年齢や扶養家族の有無にかかわらず、同一職種であれば同一賃金の原則に近づけることは、中途採用機会を拡大させるための一因ともなる。
第二に、生活環境の改革である。大都市における長い通勤時間も、共働き世帯にとってはコストが大きく、職住の近接が望ましいことになる。これまでの住宅政策は、税制や公的融資を通じて、都市中心部の賃貸住宅よりも郊外に多い持ち家住宅を優遇しており、企業の通勤手当も、事実上、遠距離通勤を補助する制度である。こうした夫婦がともに通勤し、職住近接を望む共働き世帯と比べて、伝統的な家族を前提とした住宅政策は、子育てと仕事との両立を図る共働き世帯には不利なものとなっており、今後の多様な働き方の進展に応じた、人々の自由な住宅選択を妨げるものとなっている。
第三に、利用者本位の保育サービスである。育児と仕事の両立を実現するために子育て支援制度(エンゼルプラン)や緊急保育対策等5か年事業などによって、都市部での保育所の定員は増加しているものの、認可保育所と比べて公的助成が少ない認可外保育所の利用者は依然多い。これは現行の保育所政策が、子どもをやむをえず預けて働かなければ生活できない人々の子どものための「児童福祉」として行われており、公立などの認可保育所では、時間延長保育・休日保育・病児保育などの保育サービスの提供が困難なためである。しかし、今後、ほかの先進国と同様に、多くの家庭が夫婦共働きになる時代には、利用者本位の保育サービスが必要とされる。そのためには質の高い多様な保育サービスを提供する官民の事業者が、対等な立場で競争する、良質の「保育サービス産業」の育成が前提となる。
少子化は、それ自体が大きな社会的な問題であるが、同時に、別の社会的なゆがみが、未婚率の高まりや出生率の低下という形で現れていると考えられる。柔軟な就労形態が可能な自営業と比べて、会社勤めなどをする女性の場合には、就業継続と子育てとの両立は困難である。これには日本の企業内での働き方と、子育て支援策の乏しさが大きく関係している。企業がその社員の雇用の安定を保障し、企業の存続は政府の規制で守るという形での日本社会の安定メカニズムは、第二次世界大戦後、50年間にわたってよく機能してきた。しかし、男女の固定的な役割分担が支配的な社会では、女性の就業継続と結婚・出産とが両立しにくい。これまでのような結婚退職が文句なく受け入れられていた時代にはともかく、結婚・出産よりも就業継続を優先させる傾向が強まっている今日では、出生率の低下が続く可能性が大きい。
これに対して、「女性を家庭に戻す」といった、時計の針を昔に戻すような思想ではなく、就業継続と子育てが両立できるような新たな社会的システムに変えることが必要となる。家族が子どもをもつことを妨げているさまざまな社会的要因のうち主要なものとして、男女の固定的な役割分担に依存した日本的雇用慣行と、福祉の枠組みにとらわれた保育所の制約がある。女性の就業率の高まりという社会的変化を抑制するのではなく、就業と結婚・子育てとが両立できるような既存の社会的制度・慣行の変革が、少子化社会への基本的な戦略となる。