ヒト・動物・環境の健康に関する課題について、分野を超えて包括的に取り組むことの重要性を示す概念。従来、これらの分野は、医学・獣医学・環境学などそれぞれが独立した学問領域で扱われてきた。しかし、近年発生している感染症は、動物から動物、そしてさらには動物からヒトに広がっていることが明らかになってきた。代表的な例では、新型コロナウイルスも動物(コウモリ)からヒトに感染するようになったとされる。また、飛来してきた渡り鳥から家畜のニワトリなどに感染が広がる鳥インフルエンザは、ヒトにも感染した事例がある。アフリカで発生したエボラウイルス病も、エボラウイルスに感染した野生の動物を食べることでヒトに感染し、さらにヒトからヒトへと感染が拡大した。身近な例では、ペットから人に感染症が広がることもある。
ワンヘルスでは、感染症の予防や、何らかの感染症が広がった場合の対応、さらに再発防止などを課題として取り組む。しかし、こうした感染症が生じる背景には、中長期的に起きている森林の伐採や生態系の破壊などが関係している場合がある。たとえば、アジアの国々では伝統的に家の裏庭で小規模にニワトリなどが飼育されていることが多かったが、経済の発展によりこれまで以上に食肉のニーズが高まり大規模な飼育に転換が進んでいる。なかには森林を伐採して飼育施設がつくられたりしている。こうしたことから、野生動物やダニなどの媒介昆虫等に、ヒトや家畜として飼っている生き物が接触する機会が増え、感染症が広がっていくリスクが高まっている。
そのため、ワンヘルスの取組みには、地域の利害関係者の理解と協力が不可欠である。たとえば家畜の間での感染症の拡大時には、日本では経済的な補償により家畜の殺処分が行われることがあるが(例:口蹄疫(こうていえき)や鳥インフルエンザ)、こうしたことができない国々では家畜の間で感染が広がって家畜が死亡したり、経済的にも影響が生じたり、さらなる問題として、死んだ家畜を食べたヒトがその感染症に罹患(りかん)するようなこともある。こうした事態を回避するための予防策として、家畜と野生生物との接触を減らすための柵の設置なども考えられるが、費用の問題は避けて通れず、ましてや森林の保護などとなると、さらに多くの利害関係者との調整が必要となる。そのため、政府、自治体、国際機関、研究機関、NGO、産業界などが協力し、ワンヘルスのアプローチを実施することが重要視されるようになってきた。こうした取組みにより、感染症の予防や環境の保護が促進され、持続可能な未来へとつながると考えられる。