血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰イオン交換樹脂)、小腸コレステロールトランスポーター阻害薬、プロブコール、フィブラート系薬、選択的ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(アルファ)(PPARα)モジュレーター、ニコチン酸系薬、多価不飽和脂肪酸がある。また、近年になり患者のアドヒアランス(積極的で正しい服薬)向上と負担軽減の観点から、作用機序が異なる薬剤同士(小腸コレステロールトランスポーター阻害薬とスタチン)を一つにした配合製剤も登場している。
なお、脂質異常症は、従来「高脂血症」と称されていたが、高比重リポタンパク(HDL)コレステロール値が基準値よりも低い場合も高脂血症とされる診断基準となっていることから、日本動脈硬化学会のガイドライン改訂(2007)において、診断名が高脂血症から脂質異常症に変更された(詳細は別項「脂質異常症」を参照)。それに伴い、治療薬名も高脂血症治療薬から脂質異常症治療薬に統一された。
脂質異常症の治療では、高血圧治療と同様に、日常の生活習慣の修正(適正なエネルギー摂取、肥満の是正、飽和脂肪酸制限、コレステロール制限など)や運動など非薬物療法を行うことが基本となり、これらで効果不十分な場合に薬物療法が行われる。また、薬物療法の実施にあたっては、異常値を示すリポタンパクの種類(低比重リポタンパク〈LDL〉コレステロールなど)に対応し、合併する種々の病態に適した脂質異常症治療薬が選択される。
(1)スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)
肝臓におけるコレステロール合成に関与するHMG-CoA(3-Hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme-A)還元酵素を阻害することで、血液中におけるLDLコレステロール値を低下させる内服薬で、含有する有効成分名から「スタチン」とよばれる。スタチンは、LDLコレステロール低下作用が比較的マイルドな「スタンダードスタチン」とLDLコレステロール低下作用が強い「ストロングスタチン」に大別されている。近年、国内外の臨床試験結果から心臓の血管(冠動脈)に狭窄(きょうさく)や閉塞(へいそく)を引き起こす狭心症や心筋梗塞(こうそく)に対する予防効果が確認されており、最近では脳卒中の予防効果も示唆されてきた。
注意すべき副作用として、骨格筋の細胞に融解・壊死(えし)が生じる横紋筋融解症があげられており、とくに同じ脂質異常症治療薬のフィブラート系薬との併用によって発現しやすくなるため十分な注意が必要である。
具体的な製剤名として、スタンダードスタチンに分類されるシンバスタチン、プラバスタチンナトリウム、フルバスタチンナトリウム、およびストロングスタチンに分類されるアトルバスタチンカルシウム水和物、ピタバスタチンカルシウム水和物、ロスバスタチンカルシウムがある。
(2)PCSK9阻害薬
LDL受容体分解促進タンパク質であるヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)に高い親和性を有し、PCSK9のLDL受容体への結合を阻害することで強力にLDLコレステロール値を低下させる皮下注射の薬剤(ヒト型抗PCSK9モノクローナル抗体)。脂質異常症のなかでも遺伝子変異で生じる遺伝性疾患の家族性高コレステロール血症に使用される。また、心血管系疾患の発現リスクが高く、スタチンなどの薬剤で効果不十分な場合などに使用される薬剤でもある。注意すべき副作用として、注射部位反応(赤み・腫(は)れなど)、鼻咽頭(びいんとう)炎、胃腸炎、肝障害がある。
具体的な製剤名として、エボロクマブがある。
(3)MTP阻害薬
血液中のLDLコレステロールを増加させるミクロソームトリグリセリド転送タンパク質(MTP)を阻害することで、LDLコレステロール値を低下させる内服薬。家族性高コレステロール血症のみに適応を有する。注意すべき副作用として、肝炎、肝機能障害、胃腸障害がある。
具体的な製剤名として、ロミタピドメシル酸塩がある。
(4)レジン(陰イオン交換樹脂)
肝臓でコレステロールより生合成される胆汁酸を消化管内で吸着し、そのまま体外へ排泄(はいせつ)させることで血液中のLDLコレステロール値を低下させる内服薬。作用機序から「胆汁酸排泄促進薬」とも称される。注意すべき副作用として、消化器症状(便秘・腹部膨満感など)がある。
具体的な製剤名として、コレスチミド、コレスチラミンがある。
(5)小腸コレステロールトランスポーター阻害薬
小腸におけるコレステロールの吸収に関与する小腸トランスポーターを阻害することで、血液中のLDLコレステロール値を低下させる内服薬。注意すべき副作用として、消化器症状、肝障害、クレアチンキナーゼ(CK)上昇がある。
具体的な製剤名として、エゼチミブがある。
(6)プロブコール
コレステロールの胆汁中への排泄を促進(異化排泄促進)することで、血液中の総コレステロール値を低下させる内服薬。とくに、黄色腫(しゅ)を合併する家族性高コレステロール血症に対し、黄色腫を退縮させる作用もある有効な薬剤である。また一方で、LDLコレステロール値のみならずHDLコレステロール値をも低下させることにも注意が必要である。注意すべき副作用としては、可逆性のQT延長(心電図上のQT時間が延長し、立ちくらみなどがおこることがある)や消化器症状がある。
(7)フィブラート系薬
核内受容体のペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)を活性化して種々のタンパク質の発現を調節することにより脂質代謝を総合的に改善させ、血液中のLDLコレステロール値とトリグリセリド値を低下させるとともに、HDLコレステロール値を上昇させる内服薬。注意すべき副作用として、横紋筋融解症、胆石症、肝障害などがあげられており、とくに、横紋筋融解症に関しては同じ脂質異常症治療薬のスタチンとの併用によって発現しやすくなるため、十分な注意が必要である。
具体的な製剤名として、クロフィブラート、フェノフィブラート、ベザフィブラートがある。
(8)選択的ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)モジュレーター
フィブラート系薬の一種。とくにPPARαに選択的に結合し、肝臓の脂質代謝にかかわる標的遺伝子群の発現を調節することにより、血液中のトリグリセリド値の低下、HDLコレステロール値の上昇など脂質代謝を総合的に改善する内服薬。注意すべき副作用としては、フィブラート系薬と同様に横紋筋融解症、胆石症、肝障害などがあげられており、とくに、横紋筋融解症に関しては同じ脂質異常症治療薬のスタチンとの併用によって発現しやすくなるので十分な注意が必要である。
具体的な製剤名として、ペマフィブラートがある。
(9)ニコチン酸系薬
消化管からのコレステロール吸収抑制および胆汁への排泄促進、消化管からのトリグリセリド吸収抑制および血中リポタンパクリパーゼによる分解と組織への転送の促進などにより血中脂質代謝を改善する内服薬。ニコチン酸系薬には、脂質代謝異常の改善作用のほかに末梢(まっしょう)血管の拡張作用もあることから、末梢血行の改善、凍傷、四肢動脈閉塞症(血栓閉塞性動脈炎・動脈硬化性閉塞症)、レイノー症候群にも適応を有している薬剤もある。注意すべき副作用として、末梢血管拡張作用から生じる顔面潮紅・熱感などがあげられている。
具体的な製剤名として、トコフェロールニコチン酸エステル、ニコモール、ニセリトロールがある。
(10)多価不飽和脂肪酸
肝臓からのトリグリセリド分泌を抑制し、さらに血中からのトリグリセリド消失を促進することによりトリグリセリド値を低下させる内服薬。多価不飽和脂肪酸はn-3(オメガ3)系とn-6(オメガ6)系に分類されるが、脂質異常症に使用される有効成分はn-3系に属している。n-3系にはα-リノレン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)、イコサペンタエン酸(EPA、エイコサペンタエン酸ともいう)があり、α-リノレン酸は体内でEPA、DHAへと変化する。脂質異常症に使用されている高純度のEPA(イコサペント酸エチル)製剤は、動脈の進展性保持作用や血小板凝集抑制作用など多彩な作用も確認されていることから「閉塞性動脈硬化症に伴う潰瘍(かいよう)、疼痛(とうつう)および冷感の改善」にも適応を有している。注意すべき副作用として、消化器症状、出血傾向や発疹(ほっしん)などがある。
具体的な製剤名として、イコサペント酸エチル、オメガ-3脂肪酸エステルがある。
(11)配合製剤
作用機序の異なる薬剤を組み合わせたものを配合製剤(合剤、配合錠など)といい、脂質異常症治療薬においても小腸コレステロールトランスポーター阻害薬とスタチンの配合製剤が存在する。配合製剤は患者のアドヒアランス向上に資するほか、配合成分の単剤同士の薬価より安価に設定されていることから医療費が軽減されるなど、医療経済的にもメリットがある。ただし原則として、配合製剤に含まれている各薬剤の含有量を単剤同士で併用している場合、またはいずれか一方を使用しているものの効果が不十分な場合にのみ使用を検討することとなっている。
具体的な製剤名として、エゼチミブ/アトルバスタチンカルシウム水和物、エゼチミブ/ロスバスタチンカルシウム、エゼチミブ/ピタバスタチンカルシウム水和物がある。