肺炎マイコプラズマMycoplasma pneumoniaeに感染することによっておこる呼吸器感染症。肺炎マイコプラズマは地域で流行する肺炎(市中肺炎)のおもな原因菌の一つであり、学童期~青年期にみられる肺炎のなかではもっとも頻度が高い。マイコプラズマ症ともよばれる。またほかに、「非定型肺炎atypical pneumonia」(肺炎球菌などの定型的な細菌による肺炎とは違って、症状が軽く、胸部X線写真像も異なるためこうよばれる。なお非定型肺炎はその多くをマイコプラズマ肺炎が占めるが、クラミジア肺炎やウイルス性肺炎なども含まれる)や、「歩きまわれる肺炎walking pneumonia」(胸部X線写真の肺炎像と比較して症状が軽いため)、「オリンピック病」(日本では、新型コロナウイルス感染症〈COVID(コビッド)-19〉の流行以前は4年周期でオリンピックのある年に流行を繰り返してきたため)などとよばれることもある。
肺炎マイコプラズマには、菌を構成するタンパク質の違いによって二つの異なるタイプがあり、一方のタイプに感染しても、他方のタイプに対する免疫は得られないため、交互に人々の間で感染が広がり、数年ごとに感染が流行する。
肺炎マイコプラズマは、感染者からの飛沫(ひまつ)感染(咳(せき)やくしゃみなどによる感染)により、気管支の表面に存在する気道線毛上皮に感染をおこす。ただし、直接細胞を壊したり、菌が細胞内に侵入したりすることはほとんどない。通常、菌の成分の一部に対して、ヒトの免疫が反応することによって肺炎が生じる。感染により抗体がつくられるが、その効果は持続しないため、一生の間に複数回感染することがある。
ヒトに病気を引き起こすマイコプラズマ科の菌には、マイコプラズマ属菌とウレアプラズマ属菌の二つが存在する。マイコプラズマ属菌の特徴は、細胞の直径が150~250ナノメートルで、細胞壁をもたないことである。ヒトに病気を引き起こすことができ、自己増殖が可能な真核生物のなかでもっとも小さく、生物学的には細菌に分類される。ヒトの呼吸器検体から検出されるマイコプラズマ属菌のなかでもMycoplasma pneumoniaeはもっとも頻度が高い。
肺炎マイコプラズマに感染すると、気管支炎や肺炎を生じる。感染から症状が現れるまでの期間は通常2~3週間で、症状は緩やかに進行する。初めは発熱、倦怠(けんたい)感、頭痛、のどの痛みが現れ、その3~5日後には痰(たん)の絡まない、乾いたような咳が出始める。鼻汁や消化器系の症状は、年長の子どもではあまりみられない。また呼吸器以外の症状が引き起こされることがあり、感染者の10~20%に皮膚の発疹(ほっしん)が現れる。
さらに、マイコプラズマ感染症による粘膜炎、脳炎、ギラン・バレーGuillain-Barre症候群(神経疾患)、溶血性貧血(赤血球が壊れることによる貧血)、心筋炎(心臓の筋肉の炎症)など、さまざまな病気が引き起こされることがある。
肺炎マイコプラズマは完全な細胞壁をもたないため、一般的な細菌検査に用いられるグラム染色で染色されないという特徴がある。また、ほかの一般的な細菌と比べて増殖する速度が遅く、検査室の試料で培養するには通常約2週間かかる(ただし多くの医療施設では、患者の呼吸器試料(咽頭(いんとう)ぬぐい液や痰)を使って、肺炎マイコプラズマを構成するタンパク質や遺伝子を迅速に検出することが可能である)。
感染した患者の血液を使用して、肺炎マイコプラズマに対する抗体を検出する方法も一般的である。ただし、感染後、1週間以内では十分な抗体の増加が得られないこともあり、誤って陰性となってしまう可能性がある。また、抗体検査は陽性結果が数か月間続くこともある(過去に感染し、今回の症状とは関係がない場合もある)ため、慎重に判断する必要がある。
肺炎マイコプラズマは完全な細胞壁をもたないため、通常、市中肺炎をおこす細菌に対して使用するβ(ベータ)ラクタム系の抗菌薬では効果が得られない。
日本マイコプラズマ学会では「肺炎マイコプラズマ肺炎に対する治療指針」(2019年改訂)において、最初に選択すべき抗菌薬としてマクロライド系薬を勧めている。マクロライド系薬は有効性が高く、治療後に除菌されている割合も高いからである。しかし、マクロライド系薬に対する耐性遺伝子が検出された場合や、マクロライド系薬を2~3日使用しても熱が下がらない場合、ほかの抗菌薬への変更を検討することがある。
肺炎以外の合併症の治療にはステロイドが使用されることがある。
通常、1週間で咳がもっとも激しくなり、2週間以内には症状が改善傾向となることが多い。しかし、一部の患者では4週間以上にわたり喘鳴(ぜんめい)を伴う咳が続くこともある。有効な抗菌薬治療を受けると症状のある期間が短くなり、通常は抗菌薬治療から2~3日で熱が下がる。ほとんどの患者は合併症をおこすことなく回復する。
呼吸器感染症の合併症として副鼻腔(ふくびくう)炎、クループ症候群(喉頭(こうとう)炎)、閉塞(へいそく)性の細気管支炎、胸水の貯留、気管支喘息(ぜんそく)、中耳炎、外耳道炎などがある。呼吸器以外の合併症として脳や脊髄(せきずい)に感染が及んだ場合、患者の23~64%に長期的・神経学的な後遺症を残すと報告されている。
肺炎マイコプラズマにおいても薬剤耐性(感染症の原因となる細菌に抗菌薬が効かなくなること)が問題となっている。過去に処方されて余っている抗菌薬を自己判断で服用したり、量や期間を処方通りに服用しないと、抗菌薬の効果が得られないだけでなく、薬剤耐性菌が生じて感染症の治療や予防の妨げとなることがある。