心臓から肺に血液を送る血管(肺動脈)の血圧が高くなる病気(肺高血圧症)に対して用いられる薬剤。臨床現場では、おもにもっとも典型的な臨床症状を呈する肺動脈性肺高血圧症(PAH)に対して末梢血管拡張作用を有する薬剤が使用されている(「肺動脈性肺高血圧症」に関しては別項を参照)。
(1)プロスタグランジンI2(プロスタサイクリン)系薬
肺血管平滑筋を弛緩(しかん)させることにより肺動脈を拡げて血圧を下げる作用を有する生体活性物質プロスタグランジンI2(PGI2)を基本に合成され、PGI2とほぼ同じ作用をあらわす薬剤。また内服薬(ベラプロストナトリウム)は、PAHではなく原発性肺高血圧症に適応があり、それ以外にも「慢性動脈閉塞(へいそく)症に伴う潰瘍(かいよう)、疼痛(とうつう)および冷感の改善」にも適応を有している。
本系統の薬剤は出血している場合(血友病など、出血リスクの高い状態を含む)と妊婦には使用しないこととなっており、薬剤使用により頭痛、めまい、消化管症状、出血傾向(脳出血、消化管出血、肺出血、眼底出血)の発現に注意が必要である。また、意識障害(失神など)をおこす可能性があるので、自動車の運転をはじめ危険を伴う機械操作などを行う際には十分な注意を要する。
具体的な製剤名としては、エポプロステノールナトリウム(注射製剤)、トレプロスチニル(外用、注射製剤)、ベラプロストナトリウム(内服薬)がある。
(2)選択的プロスタサイクリン受容体作動薬
PGI2および類似構造をもたない非プロスタノイドでありながら、PGI2と同じプロスタサイクリン受容体(IP受容体)に選択的に結合することで、肺動脈を拡げて血圧を下げる作用を有する内服薬。PAH以外に、慢性血栓塞栓性肺高血圧症にも使用されている。重度の肝障害患者では血中濃度が著しく上昇すること、また、肺静脈閉塞性疾患を有する肺高血圧症患者では重度の肝障害、肺水腫(すいしゅ)の危険があることから、いずれの患者にも使用しないこととなっている。また、薬剤使用により頭痛、めまい、消化管症状(下痢など)、出血傾向、甲状腺(せん)機能異常などの副作用の発現に注意が必要である。
具体的な製剤名としては、セレキシパグがある。
(3)エンドセリン受容体拮抗薬(内服薬)
肺の動脈を収縮させる体内物質エンドセリン(ET)の働きを抑え、肺動脈の血圧を下げるとともに、肺動脈の血流量を増加させる作用を有する内服薬。本系統の薬剤のなかには、「全身性強皮症における手指の血流改善」などに使用する薬剤もある。本系統の薬剤は妊婦や重症の肝臓疾患を有している場合は使用しないこととなっており、薬剤投与における肝障害や血球減少などの副作用の発現に注意が必要である。なお肝障害を防止する観点から、薬剤使用前および使用中に定期的な肝機能検査を実施することが求められている。
具体的な製剤名としては、アンブリセンタン、マシテンタン、ボセンタン水和物がある。
(4)PDE-5阻害薬(内服薬)
血管平滑筋細胞のcGMP(環状グアノシン一リン酸)を分解する酵素ホスホジエステラーゼ-5(PDE-5)を阻害することで、肺組織中のcGMPを増加させて血管を弛緩させる薬剤で、その結果として肺動脈の血圧が低下し、肺血管抵抗などを改善する作用を有する内服薬である。PDE-5は、肺血管平滑筋以外に前立腺や膀胱(ぼうこう)括約筋などにも存在することから、本系統の薬剤(低用量製剤)は排尿障害改善薬や勃起(ぼっき)不全治療薬としても使用されている。本系統の薬剤は、硝酸薬あるいはニトログリセリンなど一酸化窒素(NO)供与薬との併用で過度に血圧低下をおこす可能性があるので併用しないこととなっている。また、臨床試験で重度の腎(じん)障害患者においては血中濃度の上昇が認められたこと、および薬剤の体内代謝が肝臓で行われているので安全性が損なわれる可能性が否定できないことから、重度の腎障害・肝障害の患者では投与禁忌となっている。なお、投与により頭痛などが引き起こされる場合があるので注意が必要である。
具体的な製剤名としては、タダラフィル、シルデナフィルクエン酸塩がある。
(5)可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬(内服薬)
血管内皮細胞から生成される一酸化窒素(NO)に対するグアニル酸シクラーゼ(sGC)の感受性を高める作用と、NOを介さずにsGCを直接刺激する作用の二つの作用で、cGMPの産生を促進して血管を拡張させる作用を有する内服薬。PAH以外に、慢性血栓塞栓性肺高血圧症にも使用されている。硝酸薬あるいはニトログリセリンなどのNO供与薬やPDE-5阻害薬との併用は、cGMP濃度の増加による降圧作用が過度に増強される可能性があることから併用しないこととなっている。また、動物試験において胎児に影響を及ぼす危険性が認められたこと、重度の腎障害・肝障害患者では血中濃度が著しく上昇する危険性があることから、妊婦、重度の腎障害・肝障害の患者では投与禁忌となっている。薬剤投与により喀血(かっけつ)、肺出血、頭痛、浮動性めまいなどの副作用の発現に十分注意することが必要である。
具体的な製剤名としては、リオシグアトがある。