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江戸中期の俳人。一般に加賀の千代、また千代尼ともよばれる。加賀国(石川県)松任(まっとう)(白山(はくさん)市)の表具屋の女(むすめ)。通説によると、18歳のとき金沢藩の足軽福岡家に嫁し、一男をあげたが、まもなく夫に死別、子も早世して松任に帰ったと伝えられるが、文献的にはむしろ未婚であったことを証するものが多い。早熟で、16、7歳のころから俳諧(はいかい)の才が近国に評判となり、美濃(みの)派の支考、伊勢(いせ)派の乙由(おつゆう)らにも認められて、当時としては珍しい女流俳人として名声をほしいままにした。剃髪(ていはつ)は51歳のころで、以後素園と号している。作風は概して通俗的であり、とくに気のきいた理知の働きを含んだ風調が、当時世の人々に喜ばれた。句集に『千代尼句集』『松の声』。墓所は不明である。
朝顔に釣瓶(つるべ)とられてもらひ水