薬の過剰摂取。略称OD。一般に処方薬や市販薬などの医薬品を、医療目的に用いる際の規定量をはるかに超えた量や頻度で摂取することをさし、通常、本来の治療用の目的とは異なる意図から故意に行われる。その意味では、ODは、逸脱的な医薬品の目的外使用として広義の「薬物乱用」にあたる。しかし同時に、自殺の意図、もしくは自己破壊的な意図から行われることもあり、かならずしも自殺の意図が明瞭(めいりょう)ではない場合にも、予期せぬ事故として致死的な結果に至ることもあり、「自殺関連事象」の範疇(はんちゅう)で扱われることもある。
ODに用いられる薬剤には、国内外でさまざまな相違がある。たとえば、1990年代初頭のイギリスでは、10代の若者たちのあいだにおける故意の自傷としての市販薬(鎮痛薬)ODが社会問題となり、結果的に死亡する者も少なくなかった。また、2000年以降の北アメリカでは、オピオイド系鎮痛薬依存症罹患(りかん)者が誤ってODに及び、事故死する事例が増加し、オピオイド危機として深刻な社会問題となっている。
一方、日本の場合、2000年(平成12)以降、国民の精神科医療へのアクセスが高まるに伴い、精神科で処方された睡眠薬・抗不安薬のODによる救急搬送患者の増加が問題視されてきたが、2018年以降は、ドラッグストアの増加に呼応して、若年女性を中心とした、市販薬(感冒薬・鎮咳去痰(ちんがいきょたん)薬)ODによる救急搬送患者の増加が指摘されている。
反復性ODは、その意図においてリストカットなどの自己切傷との類似点が多い。カレン・ロドハムKaren Rodhamらは、反復性自己切傷者(自己切傷群)と反復性OD者(OD群)に対し、それぞれの行為の意図を複数選択可として質問紙調査を行った(2004)。その結果、両群とも7割以上の者が、「つらい感情から解放されたい」という、感情的苦痛への対処を選択し(自己切傷群73.3% vs. OD群72.6%)、その他の意図にも有意差(意味のある差)は認められなかったが、唯一、「死にたい」という自殺の意図にのみ有意差が認められている(自己切傷群40.2% vs. OD群66.7%, p<0.001〈p値は、二つの群を比較した際に「意味のない偶然の差」がおきる確率〉)。
要するに、感情的苦痛への対処法という点ではOD群と自己切傷群は共通しているが、その一方で、自殺に傾く心理については、OD群は自己切傷群より強い可能性がある。おそらくODを選択する者は、自己切傷を選択する者より、自暴自棄的な気持ちが強いのであろう。というのも、両者の行為は結果の予測可能性という点で違いがあるからである。自己切傷の場合、行為に際して視覚的に傷を確認できることから、傷の程度をコントロールしやすく、切りすぎた場合には行為をやめることで、被害の拡大を抑止することができる。ところが、ODの場合、身体の損傷は身体内部で潜行し、視覚的に確認することはできず、行為と内臓障害や意識障害といった弊害の発現とのあいだに時間的遅延があり、結果の予測やコントロールはむずかしい。
その意味で、ODに及ぶ者は、「ODで死ねるとは思ってないけど、万一死んでもそれはそれでかまわない」という、より強く自殺に傾斜した心理から行為に及んでいる可能性がある。
ODの多くは感情的苦痛への対処として行われることから、感情的苦痛を引き起こす精神疾患(その多くは、うつ病などの気分症や心的外傷後ストレス症である)の治療が必要である。併行して、感情的苦痛に際してより安全で健康的な対処方法で置換する、といった再発防止スキルトレーニングも効果的である。
また、ODは精神科受診やドラッグストア店舗の増加など、医薬品アクセスの向上に伴って問題化する傾向があり、医師による安易な処方の防止や、未成年者の市販薬購入制限などの対策が必要である。なお、イギリスでは、市販鎮痛薬1箱あたりの錠剤数を半減させる対策によって、ODによる救急搬送患者、ならびに、ODによる死亡者数の低減に成功している。