自動車事故の被害者救済のため、1955年(昭和30)に制定された法律(昭和30年法律第97号)。略称、自賠法。第二次世界大戦後の急速な自動車交通の発展に伴い、事故の発生件数が急増したことから、人身事故の被害者に対する損害賠償を保障する制度を確立するために制定された。これに加え、人々の生活で不可欠の輸送手段である自動車運送の健全な発達に資することをもその目的とする。
自賠法は、おもに三つの内容から構成される。〔1〕人身事故が起きた場合の加害者の損害賠償責任について定める部分、〔2〕前記〔1〕の加害者の損害賠償責任が確実に履行されるようにするための保険・共済について定める部分、〔3〕これらを補完するものとして、〔1〕〔2〕の制度では救いきれない被害者の救済、被害者支援の充実や自動車事故の発生防止について、政府が行う事業を定める部分、である。全体を通じて、随所に被害者救済のためのくふうがある。
自賠法は、人身事故の損害賠償責任を適正なものにすべく、自動車を自己のために運行の用に供する者、すなわち運行供用者を責任主体とし、運行供用者が自動車の運行によって他人の生命または身体を害した場合は被害者に対して損害賠償責任を負うことを定めた。この責任は運行供用者責任とよばれ、被害者救済立法である自賠法に基づく責任として特色を有する。その主要な例は、加害者の故意・過失についての証明責任の所在である。自賠法の制定前は、自動車事故の損害賠償は民法の不法行為に基づいて行われるのが一般であったが、その場合は被害者が加害者の故意・過失を証明しなければならない。自賠法は、故意・過失の証明責任を加害者側に転換し、被害者が加害者の故意・過失を証明しなくても賠償を受けられるようにしたのである。加害者側が責任を免れるためには、(1)加害者側の無過失(自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと)のほか、(2)被害者または運転者以外の第三者の故意または過失、(3)自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことも証明しなければならず、その証明は容易ではない。このように自賠法は、民法と比較して加害者側により重い責任を負わせ、被害者の加害者に対する責任追及を容易にした。ただし、自賠法による救済の対象となるのは、生命または身体についての損害、すなわち人身損害であり、物的損害はその対象となっていない。被害者が物的損害について加害者に対して賠償を求めるためには、民法の規定によるのが一般である。
加害者に賠償責任が認められたとしても、損害賠償金を支払うだけの財力がなければ、被害者は現実には賠償を受けられない。そこで自賠法は、加害者の被害者に対する賠償を確実なものとするため、自動車のユーザーに対し、自動車事故で損害賠償責任を負う場合に備えて、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)または自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)への加入を義務づけた。自賠責保険・共済に加入せずに自動車を運行すると、刑事罰や行政処分が科せられる。こうして、自賠責保険・共済に加入しない自動車が運行されないようにし、いざ他人を死傷させる自動車事故が起きて加害者が運行供用者責任を負った場合には、自賠責保険・共済から保険金・共済金が支払われて被害者が損害の填補(てんぽ)を受けられるように制度設計がされている。自賠責保険と自賠責共済は、契約の引受けの主体が保険会社か協同組合かという違いはあるものの、その制度内容としては同一である。自賠責保険・共済による支払額は、人身損害における基本保障を確保するものとして、最高限度額が法定されている(制度内容については、別項「自動車損害賠償責任保険」を参照)。
以上のように自賠法は、〔1〕人身事故の被害者が加害者の損害賠償責任を追及しやすくし(運行供用者責任)、〔2〕加害者がその責任を確実に履行できるようにするため保険・共済の制度を設けたが(自賠責保険・共済)、それだけでは被害者の救済として十分でない。そこで、〔1〕〔2〕を補完する措置として、自賠法は政府が以下の二つの自動車事故対策事業を行うこととした。
いかに自賠責保険・共済への加入を強制したとしても、現実には無保険の自動車によって事故が起きることがあり、ひき逃げ事故のように、加害者不明の事故が起きることもある。そこで自賠法は、このような事故の被害者に対し、政府が損害を填補することとした。政府保障事業の填補額にも、自賠責保険・共済と同様の限度額がある。政府の行う保障事業に対する請求は、民間の保険会社・協同組合が窓口となっている。政府が被害者に対して損害の填補をしたときは、政府が被害者にかわって本来の損害賠償責任者に求償する。
自賠法は、政府の被害者保護増進等事業として二つの業務を定めている。一つは、被害者の療養を行う施設の設置・運営や介護料の支給などの、被害者支援事業である。もう一つは、自動車運送にかかわる者への安全指導、先進的自動車の導入支援や自動車安全性能の評価などの、事故の発生防止事業である。これらの事業は、独立行政法人自動車事故対策機構法に基づいて設立された独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA(ナスバ))が実施している。