自動車損害賠償保障法(略称、自賠法)によって契約の締結が義務づけられている損害保険。略称、自賠責保険。第二次世界大戦後の急速な自動車交通の発展に伴い、事故の発生件数が急増したことから、1955年(昭和30)、自動車による人身事故の被害者を保護するために設けられた、社会政策的な性格を有する保険である。なお、自賠法では自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)についても定められているが、自賠責保険と自賠責共済は、契約の引受けの主体が保険会社か協同組合かという違いはあるものの、制度内容は同一である。
自賠責保険の特徴は以下のようなところにある。
〔1〕損害賠償責任保険
自動車のユーザーが自動車事故を起こし、被害者に対して損害賠償責任を負っても、損害賠償金を支払うだけの財力がなければ、被害者は現実には賠償を受けられない。そこで、自賠法は、自動車ユーザーの賠償の資力を確保するため、自動車のユーザーに、賠償責任保険契約の締結を義務づけた。これが自賠責保険である。自動車のユーザーが自賠法の定める損害賠償責任(運行供用者責任)を負うと、自動車ユーザーが保険料として拠出した資金から保険金が支払われ、被害者救済にあてられる仕組みとなっている(自賠法については、別項「自動車損害賠償保障法」を参照)。
〔2〕強制保険
自賠責保険は、自賠法により、原則としてすべての自動車について、その契約の締結が義務づけられている。自動二輪車、原動機付自転車、電動キックボードなども、自賠責保険の強制加入の対象となる。自賠責保険の契約を締結せずに自動車を運行すると、1年以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰や、免許停止の行政処分の対象となる。自賠責保険の保険者(契約の引受けの主体)は民間の保険会社であるが、保険会社は法令の定める事由がない限り契約の締結を拒絶できない。こうして、自賠責保険契約の当事者双方に契約締結義務が課されている。また、自動車の検査・登録などの道路運送車両法(昭和26年法律第185号)に基づく処分を申請するには、自賠責保険の証明書が必要とされており、自賠責保険と自動車の検査登録制度(車検)のリンクにより、自賠責保険の締結強制の実効性が図られている。
〔3〕ノーロス・ノープロフィットの原則
自賠責保険は、人身事故の被害者の保護のための強制保険という社会政策的な側面をもつ保険であるため、自賠責保険事業を行う保険会社は、自賠責保険事業については営利を追求してはならない。自賠責保険の保険料率(自動車1台当りの保険料)は、自賠責保険事業によって損失も利益も生じさせることのない水準でなければならないとされ、損害保険料率算出団体に関する法律(昭和23年法律第193号)に基づいて設立された損害保険料率算出機構(略称、損保料率機構)が算出する基準料率が用いられている。基準料率については、金融庁に設置された自動車損害賠償責任保険審議会(自賠審)において、毎年その改定の必要性が審議される。
〔4〕保険金額と支払基準の法定
自賠責保険の保険金額、すなわち支払いの最高限度額は、自賠法施行令(昭和30年政令第286号)により、被害者が受けた損害の種類に応じて法定されている。
(1)死亡による保険金額 3000万円。
(2)後遺障害による保険金額 後遺障害の等級ごとに定められている。介護を要する後遺障害は、保険金額を4000万円とする第1級と、保険金額を3000万円とする第2級とがある。それ以外の後遺障害は、保険金額を3000万円とする第1級から、保険金額を75万円とする第14級まで、等級ごとに保険金額が定められている。
(3)傷害による保険金額 120万円。被害者が死亡または被害者に後遺障害が残った場合に、死亡または後遺障害に至るまでに傷害による損害が生じていれば、傷害による保険金も加えて支払われる。
以上の保険金額は被害者1名当りの金額であり、一つの事故で複数の被害者が生じれば、被害者各自に前記保険金額の限度で保険金が支払われる。また、自賠責保険契約は自動車単位で締結されることから、一つの事故で加害自動車が複数ある場合は、保険金額は前記保険金額に加害自動車の数を乗じた額となる。
被害者に対する具体的な支払金額は、前記保険金額の範囲内で、自賠責保険の保険金等および自賠責共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)に従って算定される。支払基準は以下のように定められている。
(1)死亡による損害 葬儀費、逸失利益、死亡本人の慰謝料および遺族の慰謝料。
(2)後遺障害による損害 逸失利益および慰謝料等。
(3)傷害による損害 積極損害(治療関係費、文書料、その他の費用)、休業損害、慰謝料。
自賠責保険によって保障される損害賠償額は、人身損害における基本保障を確保するものとして設計されているため、自賠責保険ではカバーしきれない損害については、任意の自動車保険がある。
〔5〕被害者保護のための制度
自賠責保険においては、被害者の実質的な救済のため、以下のようなさまざまなくふうがされている。
(1)加害者が保険金を請求するには、まず先に被害者に対して現実に賠償金を支払うことが必要とされている。これは、受け取った保険金を加害者が自らのために費消することを防止するためである。
(2)被害者は、加害者の加入する自賠責保険会社に対し、直接、損害賠償額の支払いを求めることができる。これにより、加害者に支払いの意思や能力がないことから、被害者が損害賠償を受けることができないという事態を防止することができる。
(3)被害者は、加害者の責任の有無や賠償額が決まる前であっても、加害者が加入する自賠責保険会社に対し、一定額の金員(仮渡金(かりわたしきん))の支払いを求めることができる。治療費、葬儀費用などの事故による当座の支出に、被害者が対応できるようにするためである。仮渡金の額は、死亡の場合に290万円、傷害の場合には、その程度に応じて5万円、20万円、40万円である。
(4)交通事故の発生につき被害者に過失がある場合でも、支払額が減額されるのは、被害者に7割以上の重大な過失があった場合に限定される。
(5)自賠責保険の保険会社が填補(てんぽ)の責任を免れるのは、自賠責保険が重複して締結されている場合を除けば、加害者の悪意によって生じた損害のみである。その場合でも、被害者救済のため、被害者は加害者の加入した自賠責保険の保険会社に対し、直接、損害賠償額の支払いを求めることができる。
〔6〕政府による自動車損害賠償保障事業
自賠責保険は、自動車ユーザーにその加入を強制し、加害者となって損害賠償責任(運行供用者責任)を負ったときにその責任を確実に履行できるようにその資力を担保するものであるが、無保険車による事故やひき逃げ事故の被害者を救済することはできない。そこで、これらの事故によって人身被害を受けた被害者は、政府の自動車損害賠償保障事業により損害の填補を受けることができる。政府保障事業の填補額にも、自賠責保険と同様に、損害の種類に応じた上限がある。