国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づき、その条約締結国から提出されたリストのなかから、ユネスコ世界遺産委員会での審議を経て登録される、一国にとどまらず人類全体にとって貴重なかけがえのない財産。
登録される対象は、建造物や都市景観、農地など人の手が加わったものと、自然景観や希少な生物の生息地など人の手が加わっていないものとに分けられ、前者を「文化遺産」、後者を「自然遺産」、両者の要素をあわせもつものを「複合遺産」とよぶ。登録要件は、各国政府がユネスコ世界遺産委員会に推薦した物件であること、顕著な普遍的価値をもつこと、国家がその遺産の保護に責任をもって対処することとなっている。また、対象が不動産に限定されるため、日本の国宝にあるような書画、文書(もんじょ)、陶磁器、宝飾品などは登録の対象外である。
1950年代後期から1960年代、エジプトのナイル川中流部にアスワン・ハイ・ダムの建設が計画され、それによって水没するヌビア地方の古代遺跡を保護するために国際プロジェクトが立ち上がったことが契機となり、1972年に世界遺産条約が採択された。1978年、「イエローストーン国立公園」(アメリカ)、「クラクフ歴史地区」(ポーランド)など、12件の遺産が初めて登録された。以後、毎年開かれるユネスコ世界遺産委員会で登録の可否が審議され、2024年12月時点で1223件(文化遺産952件、自然遺産231件、複合遺産40件)の遺産が登録されている(2024年12月時点の条約締約国は196か国)。
条約の名称にあるように、人類が受け継いできた文化や自然を未来に手渡せるよう「保護」をするのがこの制度の目的であり、原則として自国の遺産は自国で保護することになっているが、開発途上国が遺跡の保存などのために技術や人材が必要なときには、ユネスコが国際的な協力体制をとって保護に取り組んでいる。日本は、この保護プログラムなどの資金となるユネスコの世界遺産基金への拠出では、世界でトップクラスである。
世界遺産のうち、世界遺産としての顕著な普遍的価値が損なわれかねない脅威にさらされているもの、あるいは放置すれば損なわれる可能性のある物件を「危機遺産」(英語では「World Heritage in Danger」と表記)とよぶ。ユネスコ世界遺産委員会の場で、世界遺産の保全状況が報告されるのにあわせて、危機遺産として認めるかどうか審議され、認められた場合には「危機遺産リスト」に記載される。2024年12月時点で56件の遺産が登録されている。
日本では1993年(平成5)、「法隆寺地域の仏教建造物」「姫路城」「屋久島(やくしま)」「白神(しらかみ)山地」の4件が初めて世界遺産に登録された。その後、「古都京都の文化財(京都市、宇治(うじ)市、大津(おおつ)市)」「白川郷・五箇山(ごかやま)の合掌造り集落」「原爆ドーム」「厳島(いつくしま)神社」「古都奈良の文化財」「日光の社寺」「琉球(りゅうきゅう)王国のグスクおよび関連遺産群」「紀伊(きい)山地の霊場と参詣道(さんけいみち)」「知床(しれとこ)」「石見(いわみ)銀山遺跡とその文化的景観」「平泉(ひらいずみ)―仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群」「小笠原(おがさわら)諸島」「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」「富岡(とみおか)製糸場と絹産業遺産群」「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」「ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献」(構成資産の一つとして国立西洋美術館本館が含まれる)「『神宿る島』宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群」「長崎と天草(あまくさ)地方の潜伏キリシタン関連遺産」「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群―古代日本の墳墓群」「奄美(あまみ)大島、徳之島、沖縄島北部および西表島(いりおもてじま)」「北海道・北東北の縄文遺跡群」「佐渡島(さど)の金山」が登録され、2024年(令和6)12月時点で26件の登録物件がある。このうち、「屋久島」「白神山地」「知床」「小笠原諸島」「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」が自然遺産で、それ以外は文化遺産である。
また、2024年12月時点で、世界遺産の正式候補である世界遺産暫定リスト記載の物件は、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群」(5資産の拡張登録を申請)「武家の古都・鎌倉」「彦根城(ひこねじょう)」「飛鳥(あすか)・藤原の宮都とその関連資産群」の4件(いずれも文化遺産)である。
このリスト記載物件のなかから、原則として1年に1件ずつ日本政府がユネスコ世界遺産委員会に登録の可否の審議のための推薦を行っていくことになるが、2024年9月、政府は「佐渡島の金山」に続いて、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」を「飛鳥・藤原の宮都」と名称を短縮して推薦することを決定している。
ユネスコが行う不動産以外の遺産事業について以下に示す。
英語ではIntangible Cultural Heritageと表記する。2003年のユネスコ総会で採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」(無形文化遺産保護条約)に基づいて選定される、芸能、伝承、慣習、儀式、祭礼、工芸など、不動産である「世界遺産」の範疇(はんちゅう)に入らない文化活動の総称。この条約の発効以前は、「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」という名称で、2001年から隔年でリストアップされていたが、2008年に「無形文化遺産」の一覧表に統合された。2024年12月時点で、世界183か国がこの条約を締結しており、日本は、世界で3番目に早く、2004年(平成16)に締結している。
日本では、2024年12月時点で、以下の23件が無形文化遺産となっている(登録順)。
「能楽」、「人形浄瑠璃文楽(にんぎょうじょうるりぶんらく)」、「歌舞伎(かぶき)」、「雅楽(ががく)」、「小千谷縮(おぢやちぢみ)・越後上布(えちごじょうふ)」(新潟県)、「奥能登(おくのと)のあえのこと」(石川県)、「早池峰神楽(はやちねかぐら)」(岩手県)、「秋保(あきう)の田植踊」(宮城県)、「大日堂(だいにちどう)舞楽」(秋田県)、「題目立(だいもくたて)」(奈良県)、「アイヌ古式舞踊」(北海道)、「組踊(くみおどり)」(沖縄県)、「結城紬(ゆうきつむぎ)」(茨城県・栃木県)、「壬生(みぶ)の花田植」(広島県)、「佐陀神能(さだしんのう)」(島根県)、「那智(なち)の田楽(でんがく)」(和歌山県)、「和食―日本人の伝統的な食文化」、「和紙―日本の手漉(てすき)和紙技術」(島根県の石州半紙(せきしゅうばんし)、岐阜県の本美濃(みの)紙、埼玉県の細川紙)、「山・鉾(ほこ)・屋台行事」(18府県の33件)、「来訪神:仮面・仮装の神々」(8県の10件)、「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」(国の選定保存技術のうちの17件)、「風流踊(ふりゅうおどり)」(24都府県の41件)、「伝統的酒造り」。
英語ではMemory of the Worldと表記する。当初、日本ユネスコ国内委員会は「世界記憶遺産」と訳した名称を用いていたが、2016年より原義に近い現名称に変更した。人類が長い期間を経て記録した書類などのうち、後世に残すべきものをリストアップして保護していく制度で、1995年にユネスコが事業をスタートさせた。世界の歴史に重大な影響をもつ事件、時代、場所、人物、主題、形態、社会的価値をもった記録遺産が対象となり、国際諮問委員会の勧告に基づきユネスコ執行委員会が決定する国際登録のほか、「世界の記憶」アジア太平洋地域委員会ほか世界の地域委員会が決定する地域登録がある。2023年6月時点で国際登録494件、2023年3月時点で地域登録65件が選定されている。
登録された著名なものに、イギリスの「マグナ・カルタ」(大憲章)、オランダの「アンネ・フランクの日記」、ドイツの「ベートーベン交響曲第9番の自筆譜」などがある。
日本では、2024年12月時点で、以下のように国際登録に8件、地域登録に1件が登録されている。
国際登録は「山本作兵衛(さくべえ)コレクション(山本作兵衛氏の炭坑の記録画並びに記録文書)」「慶長(けいちょう)遣欧使節関係資料」「御堂関白記(みどうかんぱくき)」「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」「舞鶴(まいづる)への生還 1945―1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」「上野三碑(こうずけさんぴ)」「朝鮮通信使に関する記録 17世紀から19世紀の日韓間の平和構築と文化交流の歴史」(韓国との共同申請)「智証(ちしょう)大師円珍(えんちん)関係文書典籍 日本・中国の文化交流史」、地域登録は「水平社と衡平社(ヒョンピョンサ) 国境を越えた被差別民衆連帯の記録」である。
英語ではUnderwater Cultural Heritageと表記する。なんらかの理由で水中に沈んだり、海底で確認される遺跡や沈没船など、水面下に存在する遺産。2001年のユネスコ総会で、「水中文化遺産の保護に関する条約」(水中文化遺産保護条約)が採択され、2009年に発効した。第1条で「人間の存在の痕跡(こんせき)のうち、少なくとも100年の間水中にある考古学的・自然的背景を有する文化的遺物」と規定されている。「グレート・バリア・リーフ」(オーストラリア)、「エル・ビスカイノのクジラ保護区」(メキシコ)など、世界遺産のうち海が主要な登録範囲となる遺産や、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部に熊野川が含まれる例があるが、水中文化遺産はこうした世界遺産とは別のカテゴリーである。2024年12月時点では、日本はこの条約をまだ批准していない。
英語ではEndangered Languagesと表記する。ユネスコでは、世界で使用されている言語のうち、広範囲で使用される言語によって、使用人口が極端に減り、消滅の危機にある言語をリストアップし、消滅を食い止めようとする活動が行われている。ユネスコは、2009年、世界で使用されている6000種あまりの言語のうち、半数近い約2500の言語が消滅の危機にさらされているとの調査結果を発表。日本では、危険度表示「極めて深刻」にアイヌ語が認定されているほか、「重大な危機」に八重山(やえやま)語(八重山方言)、与那国(よなぐに)語(与那国方言)、「危険」に沖縄語(沖縄方言)、国頭(くにがみ)語(国頭方言)、宮古(みやこ)語(宮古方言)、奄美語(奄美方言)、八丈語(八丈方言)が認定された。
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産条約に基づき「世界遺産リスト」に登録されている遺産を示す。
遺産の配列は登録順で、登録名、登録年、種類、所在地(都道府県)を示す。
2024年登録物件までを掲載しているが、登録名は本事典にあわせて若干表記を変更したものがある。
(1) 法隆寺地域の仏教建造物
1993/文化遺産/奈良県
(2) 姫路城
1993/文化遺産/兵庫県
(3) 屋久島
1993/自然遺産/鹿児島県
(4) 白神山地
1993/自然遺産/青森県、秋田県
(5) 古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)
1994/文化遺産/京都府、滋賀県
(6) 白川郷・五箇山の合掌造り集落
1995/文化遺産/岐阜県、富山県
(7) 原爆ドーム
1996/文化遺産/広島県
(8) 厳島神社
1996/文化遺産/広島県
(9) 古都奈良の文化財
1998/文化遺産/奈良県
(10) 日光の社寺
1999/文化遺産/栃木県
(11) 琉球王国のグスクおよび関連遺産群
2000/文化遺産/沖縄県
(12) 紀伊山地の霊場と参詣道
2004/文化遺産/三重県、奈良県、和歌山県
(13) 知床
2005/自然遺産/北海道
(14) 石見銀山遺跡とその文化的景観
2007/文化遺産/島根県
(15) 平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群
2011/文化遺産/岩手県
(16) 小笠原諸島
2011/自然遺産/東京都
(17) 富士山―信仰の対象と芸術の源泉
2013/文化遺産/山梨県、静岡県
(18) 富岡製糸場と絹産業遺産群
2014/文化遺産/群馬県
(19) 明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業
2015/文化遺産/福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県、山口県、岩手県、静岡県
(20) ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
2016/文化遺産/東京都
※アルゼンチン、インド、スイス、ドイツ、日本、フランス、ベルギーの7か国で登録(17資産で構成。日本の資産は国立西洋美術館本館)
(21) 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
2017/文化遺産/福岡県
(22) 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
2018/文化遺産/長崎県、熊本県
(23) 百舌鳥・古市古墳群―古代日本の墳墓群
2019/文化遺産/大阪府
(24) 奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島
2021/自然遺産/鹿児島県、沖縄県
(25) 北海道・北東北の縄文遺跡群
2021/文化遺産/北海道、青森県、岩手県、秋田県
(26) 佐渡島の金山
2024/文化遺産/新潟県