人類の貴重な文書、書籍、写真などの資料を保存し、広く一般に公開するための事業。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が「世界遺産」「無形文化遺産」と並ぶ遺産事業の一つとして実施している。後世に継承すべき重要な文書類が毀損(きそん)・消失するのを防ぐ目的で1992年に創設された。当初、日本ユネスコ国内委員会は「世界記憶遺産」という呼称を用いていたが、2016年(平成28)より英語の原義に近い現名称に変更した。最初の登録は1997年で、以後2年ごとに、国際諮問委員会が各国政府や非政府機関の申し出に基づいて認定している。書籍や写真など資料の形態に応じてもっとも適切な保存手法をとり、デジタル化してユネスコのウェブサイトで専門家や一般の人々の区別なく、平等かつ容易に閲覧できるようにしている。
人類の文化、言語、民族の多様性を映した貴重な資料で、歴史的、社会的な価値があり、希少で元のままの状態で保存されていることなどが登録の基準となる。「世界の記憶」には、国際諮問委員会の勧告に基づきユネスコ執行委員会が決定する国際登録と、「世界の記憶」アジア太平洋地域委員会ほか世界の地域委員会が決定する地域登録がある。2023年6月時点で国際登録494件、2023年3月時点で地域登録65件が選定されている。著名なものでは、ベートーベン交響曲第9番の自筆譜、アンネ・フランクの日記、マグナ・カルタ(大憲章)、グーテンベルクの聖書、古代ナシ族のトンパ文字(トンバ文字)による文書などが登録されている。日本では、2024年(令和6)12月時点で、国際登録の物件が8件、地域登録の物件が1件となっている。
2015年には、中国が申請した「南京(ナンキン)大虐殺資料」が登録されたが、南京大虐殺については、犠牲者の人数など日中間で統一した事実認定がなされておらず、日本政府がユネスコに抗議、政府高官が日本のユネスコへの分担金・拠出金の凍結を示唆するなど、国際問題化した。日本政府は、ユネスコに対し、世界の記憶の審議の透明化など登録プロセスについて改革を求め、それを受けてユネスコは2017年、政治利用を避けるため、複数の当事者間で事実関係や歴史認識で意見が異なる案件は、当事者間の話し合いを促し、まとまるまで審査を保留することとした。
《国際登録》
【2011年】
山本作兵衛(さくべえ)コレクション(山本作兵衛氏の炭坑の記録画並びに記録文書)
福岡県・筑豊(ちくほう)地域の炭坑労働のようすを描いた原画や日記
【2013年】
慶長(けいちょう)遣欧使節関係資料
伊達政宗(だてまさむね)が派遣した使節に関する資料
御堂関白記(みどうかんぱくき)
藤原道長の日記
【2015年】
東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)
京都の東寺に伝わる平安~江戸時代初期までの文書
舞鶴(まいづる)への生還 1945―1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録
シベリア抑留から帰還した人々の日記、手紙、絵画など
【2017年】
上野三碑(こうずけさんぴ)
群馬県高崎市に所在する、山上碑(やまのうえひ)、多胡碑(たごひ)、金井沢碑(かないざわひ)の三つの古代石碑
朝鮮通信使に関する記録
日本国内12都府県と韓国に残る、江戸時代の朝鮮通信使に関する外交資料(日本・韓国の関係団体による共同申請)
【2023年】
智証大師(ちしょうだいし)円珍(えんちん)関係文書典籍
平安時代前期に中国の唐へ渡った天台宗の僧、智証大師円珍が残した文書類
《地域登録》
【2016年】
水平社と衡平社(ヒョンピョンサ) 国境を越えた被差別民衆連帯の記録
日本と日本の植民地下の朝鮮で創立された被差別民の解放運動を担った社会運動団体の交流の記録