人文現象を扱う人文地理学の下位分野。「政治」、すなわち国家とその他の政治主体による権力・政策・支配・自治にかかわる現象を対象とする地理学のこと。政治現象は特定の空間の支配や管理をめぐって展開することがあり、その現れ方にも地域差が認められるので、政治地理学はそうした主題を扱う。同様の主題を扱うものとして「地政学」がある。「地政学」は、歴史的には政治地理学から派生し、その一部ともみなされるが、おもに国家を政治主体としてとらえ、外交・軍事への地理学の応用を指向した点で、政治地理学と同一ではない。
政治地理学の起源は、ドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェルによる著書『政治地理学』(1897)にさかのぼる。当時の政治地理学は国家間の空間的な競争を前提とする「国家の政治地理学」であり、20世紀初頭には帝国主義や植民地経営と深くかかわる地政学へと変容した。しかし、第二次世界大戦後は、学問としての地政学は忌避され、政治地理学も衰退した。
政治地理学の復興は、1970年代から主として欧米で、地政学や植民地主義に対する反省も踏まえて展開した。なかでも、イギリスの地理学者ピーター・テイラーPeter James Taylor(1944― )は政治地理学の理論化を進めた。世界を世界経済、国民国家、そして地方(あるいは都市)の三層(スケール)から構成されるととらえ、政治現象が複数のスケールの主体や力学とのかかわりから発生すると考えた。
今日の政治地理学では、国家はもとより、国家以外の政治主体(国際組織、地方自治体、社会運動組織、NGO・NPO、住民など)による政治現象が探求されている。研究対象も戦争や外交のみならず、選挙、地域政策、地方自治、社会福祉、社会運動、都市政治、マイノリティ集団、領土・境界、開発問題、移民・難民、メディア、環境問題など多岐にわたる。
日本の政治地理学の場合、戦後しばらくは市町村合併など行政区域の研究が中心であったが、1980年代から国外の理論の摂取が図られ、1990年代以降に多様な研究がなされるようになった。環境運動、在日米軍基地、移民、国境地域、地政学の歴史などに関する研究に加え、地方行財政、公共サービス、ボランティア組織に関する研究も継続的に行われている。概して、日本での研究は地方自治体や都市のスケールに限定され、国家や国際関係のスケールでの研究は一部を除きさほど行われていない。そこに帝国主義国家に貢献しようとした戦前の地政学の負の遺産が認められる。