国家などの権力主体(行政主体)が行政機構や農業関連団体を通じて、政策が設定した目標の実現に向けて、財政投入や規制措置などの政策手段によって、農業とそれを取り巻く経済過程に介入すること。歴史的に農業生産は農民という社会的階層によって担われてきたが、資本主義の展開によって農民の多くは没落していく。農民層が一定以上の割合を占めている場合、国家の政治的基盤は不安定化する。そのため農業政策は産業政策にとどまらず、農民層の社会統合を目的とした社会政策的性格を帯びることになる。
現代農業政策の特徴は国家による経済過程への全面的な介入にある。それが実現した大きな転機は1929年の世界大恐慌であった。金本位制度の廃止により、管理通貨制度が採用されたことの影響が大きい。国家の財政運営は自由度を増し、裁量性の高い政策の実施が可能になったからである。この時期から各国で農業政策が整備されるようになった。たとえば、アメリカではニューディール政策の一環として農業調整法(1933)を制定し、生産制限とセットで価格支持政策(価格支持融資)を導入し、それが現在まで形を変えながら継承されている。
国境措置(関税、輸入制限など)による農業保護と自由貿易の間で政策の振り子は揺れ動いてきた。後者に大きく振れた国の典型がイギリスである。それを決定づけたのが穀物法の廃止(1846)であった。穀物法は国内の小麦価格を一定水準以上に保つため輸入を禁じるものであった。この穀物法の廃止をめぐってマルサスとリカードの間で論争が行われた(穀物法論争)。マルサスは、食料生産の増加速度よりも人口の増加のほうが速く、食料安全保障の観点から農業保護の重要性を主張したのに対し、リカードは、世界の工場としてのイギリスの立場を背景に、比較優位の原理から国際分業と自由貿易を主張した。その後、穀物法は廃止され、イギリスは自由貿易国家となる。「19世紀末農業恐慌」のときもこの方針は貫かれ、穀物輸入は増加して、耕地面積は減少し、農地の粗放的な牧草地への転換も進み、食料自給率は低下していった。
そうしたイギリスに農業保護政策を導入させたのは第一次世界大戦であった。不作による穀物不足の懸念が生じていたところに、ドイツの潜水艦作戦によって海外からの食料供給が危機的状況を迎えたからである。その政策は関税ではなく、市場価格が最低保証価格を下回る場合、政府が農業経営者に不足分を支払う価格保証制度であった。戦争終了後も継続される予定だったが、農産物価格の下落によって不足分の支払いによる財政支出が急増したため、この価格保証制度は廃止された。
価格支持政策がもたらす財政負担は世界共通の問題なのである。食料安全保障を根拠とする農業保護と比較優位の原理に基づく自由貿易の対立構造は、財政負担を制約要因としつつ、時代と環境によって揺れ動いている。
19世紀末農業恐慌をきっかけに広がった農業保護のための関税は、国際的な対立を示すものの一つである。黒海沿岸地域や新大陸アメリカから安価な穀物が旧大陸のヨーロッパ諸国に大量に流入したことで、穀物価格が長期間にわたって低迷したのが19世紀末農業恐慌である。イギリスは自由貿易の立場を堅持したため、穀作は縮小して牧草地が拡大し、粗放的な畜産にシフトしていく。その一方で、数多くの農民を抱えるフランス、ドイツは輸入穀物に関税をかけて国内農業を保護することになった。この新大陸と旧大陸の対立という構図は、共通農業政策によってヨーロッパ連合(EU)が農業生産力を強化したことによって世界的な農産物過剰問題が激しさを増し、ガット(GATT、関税および貿易に関する一般協定)のウルグアイ・ラウンドに引き継がれた。この構造はWTO(世界貿易機関)体制に移行した後も、農業政策や食品の安全性をめぐるアメリカとEUの対立としてその後も続いている。
第二次世界大戦後の日本は重化学工業化によって高度経済成長を実現した一方、農工間所得格差問題を発生させることになった。これに対応するために制定されたのが農業基本法(昭和36年法律第127号)である(1961)。他産業と遜色(そんしょく)のない農業所得を獲得できる近代的家族経営としての自立経営の育成を目標に掲げ、それを構造政策、生産政策、価格・流通政策を通じて実現しようとした。この農業基本法に基づく農業政策(基本法農政)は高度経済成長を与件とするものであった。構造政策は農村から都市への人口移動および農業部門から工業部門への人口移動を、米や麦の生産から野菜・果実・畜産への選択的拡大は所得増加のもとでの需要の増大を、生産費所得補償方式による生産者米価の引上げは経済成長に伴う税収の増加をそれぞれ前提としていた。
ところが、構造政策は農地価格の上昇と農家の兼業化によって阻まれることになる。高度経済成長のもとで進んだ住宅、工場、道路などへの農地転用は農地面積を減少させるとともに農地価格の上昇をもたらし、売買による規模拡大を困難にするだけでなく、農家の資産保有意識を高め、農地の賃貸借にもブレーキをかけることになった。また、鉄鋼・造船・石油化学から自動車・家電へのリーディング産業の交代とともに農村地域への工業立地が進んだ。しかし、農村に雇用は創出されたものの賃金水準は低く、農家の兼業化が進み、兼業滞留(離農に向かわず兼業農家のままとどまる)構造が形成されることになる。その結果、構造政策として掲げた農業経営の規模の拡大は想定どおりには進まなかった。しかしこれは、基本法農政が与件とした高度経済成長がもたらした結果でもあった。
食料自給率が大きく低下したのも基本法農政期であった。農業基本法には「外国産農産物と競争関係にある農産物の生産の合理化」と記されている。これは小麦、大豆、トウモロコシの輸入を意味する。1959年(昭和34)の時点ですでにナチュラルチーズとともに飼料用トウモロコシの輸入は自由化されており、1960年に貿易為替(かわせ)自由化計画大綱の策定時には農産物も含めた自由化率の41%から約80%への引き上げが宣言される。これらは基本法農政がスタートする前のことである。そして、1961年に大豆なたね交付金暫定措置法(昭和36年法律第201号。2000年に「大豆交付金暫定措置法」と改題)とその交付金制度の運用に伴う問題などによって大豆生産が大きく減少し、1964年には飼料用グレインソルガムの輸入自由化によって飼料穀物の全面的な輸入依存が確定する。基本法農政の選択的拡大が掲げた「畜産3倍」というスローガンの内実はこれであった。
1985年のプラザ合意による円高は、農産物の「内外価格差」を決定的なものとした。日米貿易摩擦が激化するなか、輸入自由化圧力が高まり、牛肉とオレンジにとどまらず、米についても自由化が迫られるようになった。国内では首都圏一極集中が加速し、農村では高齢化と人口減少、耕作放棄地の増加が進むなか、農村の衰退と農地の荒廃にいかにして歯止めをかけるかが農政の重要課題となり、1990年代に入ると、とくに過疎化が進行してきた中山間地域に関する問題が議論されるようになった。
1992年(平成4)の「新しい食料・農業・農村政策の方向」(新政策)は文字どおり新しい農政の方向を展望するものであり、食料・農業・農村基本法(平成11年法律第106号)はこの延長線上に位置している。新政策を受け、農業経営体(効率的かつ安定的な農業経営)に施策を集中させ、構造政策を推進する農業経営基盤強化促進法(昭和55年法律第65号。「農用地利用増進法」を改題・改正)が1993年に制定されている。
食料・農業・農村基本法(1999)は、食料の安定供給の確保、農業の有する多面的機能の発揮、農業の持続的な発展、農村の振興、という四つの基本理念を掲げた。農業の持続的な発展を農村の振興とともに実現することで、食料の安定供給が確保され、農業・農村が有する多面的機能が発揮されるという関係になっている。
同法のもとでさまざまな制度・政策が整備されていくが、ガット体制からWTO(世界貿易機関)体制に移行したという国際環境の変化は決定的であり、これが政策の枠組みを規定することになる。国際的なルールと国内政策とのハーモナイゼーションが必須(ひっす)とされたからである。たとえばEUは、ガットのウルグアイ・ラウンド妥結のために行われたマクシャリー改革を皮切りに、アジェンダ2000改革、フィシュラー改革、ヘルスチェック改革と継続的にCAP(共通農業政策)改革を積み重ね、農業生産の出来高とリンクしない直接支払いとそれ(直接支払い)を受給するための条件(環境要件)の強化を図ってきた。日本も2007年(平成19)に「品目横断的経営安定対策」を導入し、これが現在の「経営所得安定対策」と「収入保険制度」となって引き継がれている。
多面的機能については「中山間地域等直接支払制度」(2000)と「農地・水・環境保全向上対策」(2007年。2014年から「多面的機能支払交付金」となる)が創設され、現在は日本型直接支払制度として農村政策の中心に位置づけられることになった。同制度の特徴は農村の振興と地域資源管理を同時に実現する仕組みにある。とくに中山間地域の生産条件の不利な状況を補正する「中山間地域等直接支払制度」は画期的であり、集落での共同の取り組みを支援し、農村の内発的な発展を促進する性格をあわせもつものであった。食料政策の目標とされた食料自給率の向上は、WTO体制のもとでは生産増大につながるような助成金の交付は原則として禁じられており、実現しないまま現在に至っている。ちなみに1999年度の食料自給率はカロリーベースで40%で、その後も低迷が続き、2023年度は38%である。一方で、食品の安全・安心については、さまざまな問題が発生するなかで法律と制度の整備が進み、2009年には消費者庁が設置されている。
2024年(令和6)に食料・農業・農村基本法が四半世紀ぶりに改正された。その背景には食料安全保障に対する懸念の高まりがあった。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって穀物価格が急騰し、飼料価格も高止まりが続いたため、酪農をはじめとする畜産経営が危機に陥った。農業資材の入手も困難になり、化学肥料は価格高騰だけでなく供給自体が危ぶまれる状況となる一方、農産物価格の上昇は遅れ(価格転嫁問題)、農業生産者は苦境にたたされることになった。
そのため改正された食料・農業・農村基本法では食料政策の領域がとくに拡充された。食料の安定供給の確保という基本理念は食料安全保障の確保へと形を変え、国民ひとりひとりの食料安全保障という国連食糧農業機関(FAO)のフードセキュリティに近いものとなった。同じ食料政策の領域では、合理的な価格形成に向けた食料システムの構築、農産物の輸出促進が加えられた。また、農業者の減少への対策としてデジタル技術を生かしたスマート農業の促進が明記された。さらに、EUのファーム・トゥ・フォーク戦略(2030年までに化学農薬の削減や有機農業の拡大を目ざす)を意識して策定された「みどりの食料システム戦略」が組み込まれ、環境への負荷の低減の促進が加わることになった。
その結果、改正された基本法の基本理念は、「食料安全保障の確保」、「多面的機能の十分な発揮」、「農業の持続的な発展」、「環境と調和のとれた食料システムの確立」、「農村の振興」の五つとなる。従来からの基本理念相互の関係は基本的に改正前と同じだが、環境負荷低減をキーワードとして新たに加わった「環境と調和のとれた食料システムの確立」は、「食料安全保障の確保」、「多面的機能の十分な発揮」、「農業の持続的な発展」の三つを規定することになった。
具体的な政策は基本法の改正の前から準備されてきた。環境負荷低減の推進については、2022年に「みどりの食料システム法」(正式名称「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」令和4年法律第37号)が制定され、これに伴う事業もスタートしていた。スマート農業の促進についても2023年度補正予算で約40億円の予算が計上されていたが、これが2024年のスマート農業技術活用促進法(正式名称「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律」令和6年法律第63号)へとつながる。また、構造政策についても2022年に農業経営基盤強化促進法が改正され、中小規模経営を担い手として位置づけ、「地域計画」の策定が法定化されている。同じく同年の農地法(昭和27年法律第229号)改正で2023年4月から半自給的な農業とやりたい仕事を両立させる「半農半X」型のライフスタイル推進のため農地の権利取得の下限面積要件が廃止されている。
残されていた農産物の適正な価格形成については、2025年に食料システム法(正式名称「食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律」平成3年法律第59号)が制定された。同法に基づき、農林漁業者と食品産業の事業者に合理的な費用を考慮した価格形成等を促すため、努力義務等の規制的措置が課されるとともに、指定品目について、コスト指標を作成する団体が設立されることとなった。
基本法の改正を受けて食料・農業・農村基本計画が策定され、農政は新しいステージを迎えることになった。