食品の衛生管理のシステムの一つ。Hazard Analysis and Critical Control Point(危害要因分析重要管理点)の頭文字をとったものである。「ハセップ」ともよばれる。食品等事業者が原材料の入荷から製造、製品の出荷に至る全工程において、工程ごとにHA(Hazard Analysis、危害要因分析)を行い、危害を防止するCCP(Critical Control Point、重要管理点)を定め、HACCPプランを作成してCCPのCL(Critical Limit、管理基準)を一定頻度で継続的に監視することにより、危害の発生を未然に防ぐものである。HAは、化学的危害要因(残留農薬や消毒剤など)、物理的危害要因(金属片などの硬質異物)、生物的危害要因(病原微生物など)という三つの観点から全工程において漏れなく実施する。なお、HACCPは一般的衛生管理を基盤として構築される。一般的衛生管理とは、食品の安全を確保するために必要な基本的管理であり、製造現場の清掃や洗浄、機械の洗浄・消毒・メンテナンス、防虫・防鼠(ぼうそ)措置、従業員の衛生管理や教育訓練などが含まれる。
このシステムは、アポロ計画の宇宙食の安全性を保証するために、アメリカの食品会社ピルスベリー社とNASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局)が、アメリカ陸軍のネイティック研究所で開発した方式を取り入れ、1959年にピルスベリー社が自社工場で適用したのが始まりとされている。同社は、1971年の全国食品安全性大会において、その概念をHACCPシステムとして発表し、1973年にはFDA(アメリカ食品医薬品局)により、低酸性缶詰の適正製造・品質管理基準に導入された。1985年にはアメリカ科学アカデミーがこのシステムの有効性を評価し、食品製造業者への積極的導入と、行政当局への法的強制力のある採用を勧告したことにより、本格的な普及が始まった。1993年には、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が設置した政府間組織であるコーデックス委員会から「HACCPシステム適用のためのガイドライン」が示され、世界各国へと広がっていった。
日本では、1995年(平成7)に食品衛生法(昭和22年法律第233号)が改正され、これを受けて、1996年より「総合衛生管理製造過程」の承認制度が開始された。また、同年に発生した腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒を契機に、政府は食品等事業者におけるHACCPの普及を支援する目的で、1998年に「食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法」(HACCP支援法)を公布・施行した。
1998年には、厚生省(現、厚生労働省)により、乳・乳製品の事業者等に総合衛生管理製造過程の承認が行われ、その後、対象は食肉製品、魚肉練り製品、容器包装詰加圧加熱殺菌食品(レトルト食品)、清涼飲料水へと拡大された。また、自治体によるHACCP認証(地域HACCP)や、業界団体のHACCP認証など、さまざまな認証制度も誕生した。さらに、HACCPを含む国際標準の食品安全マネジメントシステムの第三者機関による認証の取得が欧米を中心に広がり、日本でも普及が進んだ。
2018年(平成30)6月に食品衛生法が改正され、2021年(令和3)6月から施行された。HACCPに沿った衛生管理が制度化され、原則として、すべての食品等事業者にその実施が求められることになった。それまで日本では、HACCPは自主的な取り組みと位置づけられており、欧米諸国を中心に義務化されていた国々と比べて導入が遅れていた。HACCPの制度化に伴い、厚生労働省の総合衛生管理製造過程の承認制度が廃止(2020年6月)され、自治体による認証制度もHACCPに基づいて平準化される方向に進んでいる。
HACCPの制度化により、原則として、すべての食品等事業者は自らが使用する原材料や製造方法などに応じ、計画を作成し、管理を行うことになった。そのため、厚生労働省はHACCP導入のための手引書を作成している。食品等の取扱いに従事する者の数が50人未満である小規模事業者などにも、一般的衛生管理を重視しつつ、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理が求められており、厚生労働省はさまざまな業種向けに100を超す手引書も作成している。
近年、消費者の食品安全への関心が高まっており、食品産業において消費者からの信頼を得る手段の一つとして、HACCPシステムの導入がますます重要になっている。