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大川原化工機事件

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大川原化工機事件
おおかわらかこうきじけん

神奈川県横浜市の化学機械・装置メーカー「大川原化工機」をめぐる冤罪(えんざい)事件。「外国為替(かわせ)及び外国貿易法」(昭和24年法律第228号、外為法)の規定に反する噴霧乾燥機を輸出したとして、警視庁公安部が2018年(平成30)に同社社長ら3人を逮捕したが、実際には同社の行為に違反はなく、初公判の直前に起訴が取り消された。3人は起訴後も長く身柄拘束され、そのうち1人は体調を崩して進行性の胃がんと診断されたあとも保釈が認められず、期限付きの勾留執行停止により入院した病院で死亡した。同社などが起こした国家賠償請求訴訟(国賠訴訟)では、警察・検察による逮捕・起訴の違法性が認められ、東京都と国に1億6600万円余りの賠償を命じた東京高等裁判所(高裁)判決が確定した。その後、警視庁と東京地方検察庁(地検)の幹部が同社や遺族に謝罪した。

[江川紹子]2026年1月20日

捜査の経緯

噴霧乾燥機は、装置内で液体の原料を噴霧して熱風で急速に乾燥させ、粉末状の製品をつくる機械で、食品や医薬品の製造など、さまざまな業種で使われている。大川原化工機は、独自の技術開発を進め、噴霧乾燥機の国内でのリーディングカンパニーとして知られていた。

 生物化学兵器の拡散を防ぐための国際的な輸出規制の枠組みである「オーストラリア・グループ」(AG、1985年に第1回会合)で、2012年に噴霧乾燥機の規制についても新たに合意が成立した。日本はAGに参加しており、2013年10月、合意に基づいて生物兵器製造に転用される可能性がある噴霧乾燥機を輸出規制の対象とする経済産業省令(経産省令)の改正がなされ、一定の要件に該当する噴霧乾燥機の輸出には経産大臣の許可が必要となった。

 警視庁公安部外事一課5係は、大川原化工機が2016年に中国へ、2018年に韓国へ輸出した噴霧乾燥機は、この省令が示す要件の一つ「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」にあたるとみて、2017年5月ころ、捜査を開始した。捜査の現場は、公安部外事一課管理官の警部と同課第5係長の警部補が指揮をとった。

 この要件の「殺菌」には国内法令上明確な定義がない。英文で書かれたAG合意のなかの「disinfected(消毒)」を訳す際に、経産省が「殺菌」ということばをあてたものだった。AGの規定では「滅菌」は蒸気や化学薬品を使ってすべての生きた微生物を除去すること、「消毒」は殺菌効果のある化学薬品を使って微生物の感染能力を破壊することを意味する。生物兵器の製造など病原性微生物を扱う場合、作業する者が安全に機械を維持管理するために、自動的に内部に残留する微生物を「殺菌または消毒」する装置が必要とされる。このため本来は、内部を薬品で自動洗浄できる装置のついている高性能噴霧乾燥機が輸出規制の要件に該当する。

 大川原化工機が輸出した製品は、これには該当しない。ところが警視庁公安部は、乾燥用ヒーターで空焚(からだ)きして機械全体を高温にし、大腸菌など省令があげる細菌のいずれかが死滅すれば、輸出規制の要件に該当するという独自の解釈をして捜査を進めた。

 輸出管理を所管する経産省は当初、この解釈に難色を示していたが、警察側は専門家の意見などを示して説得を試みた。その後経産省も最終的に、この解釈に基づいて家宅捜索を行うことを容認した(のちに、この専門家はメディアの取材に対し、自身の意見を記したとされる警察の書面には自分の話していないことが記載されている、と述べている)。

 2018年10月、警視庁公安部が同社本社など7か所や関係者の自宅など計14か所を一斉に家宅捜索し、その後任意での取調べを要請した。同社は要請に応じ、関係者50人余りが合計291回の取調べを受けた。社長の大川原正明(まさあき)(1949― )の取調べは40回、取締役(当時)の島田順司(しまだじゅんじ)(1953― )は39回、顧問(同)の相嶋静雄(あいしましずお)(不明―2021)は18回に及んだ。

 2020年(令和2)3月11日、警視庁公安部は大川原、島田、相嶋の3人を中国への輸出の件(第1事件)で逮捕。5月26日に韓国への輸出の件(第2事件)で再逮捕した。両事件とも、東京地検の同じ検察官が起訴した。

[江川紹子]2026年1月20日

保釈をめぐる問題

大川原らの弁護人は、第1事件が起訴されて以降、繰り返し保釈申請を行ったが、検察側はそのたびに反対意見を提出した。裁判所が保釈を認めたときには検察側は準抗告して争い、一度出た保釈決定が取り消された。その結果、大川原と島田は9回目の請求が通って2021年2月5日に保釈されるまで、身柄拘束期間が331日間に及んだ。

 相嶋は2020年9月25日、勾留されていた東京拘置所で貧血症状を呈し、輸血の処置を受けた。拘置所の医師による検査の結果、胃がんと診断され、10月7日に本人に告知された。弁護人が保釈を求めたが、検察官が反対し、東京地方裁判所(地裁)の裁判官は請求を却下。その後、8時間の時間制限付きの勾留執行停止が認められ、同月16日に都内の病院で診察を受けたところ、進行胃がんと診断された。

 弁護人がふたたび相嶋の保釈を求めたが、検察官の反対を受けて東京地裁の裁判官はこれを却下。その後ようやく認められた16日間の期限付き勾留執行停止によって、相嶋は11月5日に拘置所を出て、入院した。

 がんはすでに肝臓に転移しており、出血が続いたことで体力の消耗も激しく、手術ができる状態ではなかった。勾留の執行停止は期限がくるたびに延長はされたが、8回にわたる保釈請求は認められないまま、翌2021年2月7日に死亡した。

[江川紹子]2026年1月20日

起訴取消し

大川原らが逮捕されたあとも、警察や検察の同社社員に対する任意の取調べは続いた。社員らは、問題視された噴霧乾燥機は、空焚きしても温度が上がりにくい部分があることを指摘した。省令が定める細菌をすべて殺滅するために必要な温度に達しないため、警視庁の法令解釈によっても輸出規制の要件に該当しないと説明し、それを裏づける実験も行った。

 しかし、警察、検察ともにこの点を検証するための新たな実験などの捜査は行わなかった。

 このような捜査に対し、警察内部にも批判的な警察官はいて、2020年11月には、警視庁の封筒に入った内部告発文書が大川原化工機本社に届いている。

 2020年10月以降、東京地裁において公判に向けての打合せ、公判前整理手続が重ねられた。初公判を4日後に控えた2021年7月30日、公判担当検察官が、本件噴霧乾燥機が法令上の規制対象であることの立証は困難として、起訴取消しを同地裁に申し立てた。同地裁は8月2日、公訴棄却を決定し、刑事事件としては終結した。

[江川紹子]2026年1月20日

国家賠償請求訴訟

2021年9月8日、大川原化工機と大川原、島田の両名、および相嶋の遺族が東京都と国を相手に、国家賠償請求訴訟を提起した。

 裁判では、本件捜査にかかわった現職警察官も証人として出廷し、本件捜査について「まあ、捏造(ねつぞう)ですね」と証言。「輸出自体は問題なく、立件しなければならないような客観的事実があったわけではなかった。捜査幹部の個人的な欲から立件していくことになったのではないか」と述べた。

 2023年12月27日、東京地裁(裁判長:桃崎剛(ももさきつよし)(1968― )、裁判官:平野貴之(1979― )、板場敦子(いたばあつこ)(1984― ))は、国と都にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じる判決を言い渡した。その理由のなかで、警察と検察が通常要求される捜査を尽くしていれば、本件噴霧乾燥機が規制対象となる要件に該当しないことは明らかにできたとし、3人の逮捕・起訴は違法と認定した。

 この裁判では、島田に対する逮捕後の取調べの違法性も争点となった。

 逮捕後に被疑者の言い分を聞き取って作成するべき弁解録取書を、取調べを担当した警部補は事前に作成していた。島田が内容を確認して修正を求めたところ、同警部補はパソコンで修正するように装って、実際は島田がいってもいない、容疑を認める内容に書き換えて、島田に署名指印を求めた。島田は、正しく直されているものと思って署名指印したが、その後改めて書面を読み直して、自分の発言とはまったく異なる内容に書き換えられていることに気づき、強く抗議した。同警部補は、書き換えた部分を削除した弁解録取書を改めて作成し、島田はそれに署名指印した。この後、同警部補は修正したように装ってつくった2番目の弁解録取書を裁断して廃棄した。

 地裁判決は、同警部補が島田を「欺罔(ぎもう)(虚偽の事実を信じさせること)して」、本人が了解していない書面に署名指印させた、と批判した。署名指印をした書面を勝手に廃棄したのは違法だ、という原告の指摘に対し、同警部補は過失で廃棄したものと弁明したが、判決は「不自然」として信用しなかった。

 国賠控訴審でも現職警察官が証言台に立ち、その1人は捜査について「問題があった。決定権をもっている人の欲で立件したと思う」と証言した。警視庁(都)側は、捜査員のこうした批判的な証言について、「伝聞や推測が実際のことのように語られ、壮大な虚構がつくりあげられた」とする書面を提出して強く非難した。

 しかし、東京高裁(裁判長:太田晃詳(おおたてるよし)(1960― )、裁判官:石村智(1970― )、加本牧子(1973― ))は2025年5月28日の判決で、都や国の主張を全面的に退け、法令に独自の解釈を加えて事件をつくりあげた警視庁公安部の捜査手法は、刑事司法の大原則である罪刑法定主義に照らして疑義がある、と厳しく批判。一審より慰謝料などを約400万円増額し、都と国あわせて1億6600万円余りの賠償を命じた。

 同社の代理人を務めた弁護士の田剛(たかだつよし)(1972― )は判決後の記者会見で、「東京高裁は、警察が本当は事件にならないものを事件化したと認定した。警察が事件を『捏造』したというわれわれの訴えは、事実上認められたと考えている」と語った。

 都と国は上告せず、判決は確定した。

 この国賠訴訟とは別に、相嶋の遺族が、勾留先の東京拘置所で適切な医療を受けられなかったとして国に損害賠償を求める裁判を起こしている。東京地裁(裁判長:男沢聡子(1967― ))は2024年3月21日、「拘置所の医師に違法な行為があったとはいえない」として請求を棄却。東京高裁(裁判長:木納敏和(きのうとしかず)(1960― ))も同年11月6日、一審判決を支持して請求を棄却した。遺族は上告を断念し、判決は確定した。

[江川紹子]2026年1月20日

刑事告発と検察審査会

大川原化工機側は、①島田が署名指印した弁解録取書を廃棄した公用文書毀棄(きき)、および②「過失により裁断した」とするうその捜査報告書をつくった虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで警部と警部補(いずれも当時)の2名を刑事告発、③同社製噴霧乾燥機の温度に関する実験で、立件するのに不利なデータを意図的に除外した捜査報告書を作成した虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで同じ警部補と巡査部長(同)の2名を刑事告発した(①②は2024年3月25日付け、③は同年4月2日付け)。

 2025年1月8日、東京地検はいずれも不起訴(嫌疑不十分)としたため、同社側は検察審査会に審査を申し立てた。

 ①の公訴時効が迫るなか、東京第4検察審査会は異例のスピード審査を行い、①②について同年2月25日付けで警部補を不起訴とした東京地検の処分について「不起訴不当」と議決した(警部については不起訴相当と議決)。しかし東京地検は、①につき公訴時効前日の3月10日、ふたたび不起訴(嫌疑不十分)として、事件を終了させた。

 ③については、東京第6検察審査会が2025年9月17日付けで「不起訴不当」を議決。捜査は「起訴ありき」で行われたと批判し、検察に処分の見直しを求めた。

 しかし、東京地検は同年12月23日、②と③について3人の警察官に対する再度の不起訴処分を行った。捜査に関する会社側からの刑事告発に対する捜査は、すべて終結した。

[江川紹子]2026年1月20日

謝罪と検証

警視庁副総監の鎌田徹郎(かまたてつろう)と東京地検公安部長の森博英(もりひろひで)が2025年6月20日、横浜市の大川原化工機本社を訪れ、大川原と島田に謝罪した。相嶋の遺族は「いまだ検証が終わっておらず、なにに対して謝罪するのか不明確」などとして、同席しなかった。

 警視庁は同年8月7日、検証結果の報告書を公表。捜査主任官である第5係長(当時は警部)が、立件を第一の目標として捜査班の運営にあたり、この捜査方針に沿わない証拠に十分な注意を払わず、部下からの進言も聞き入れなかったなどとし、さらに上司の外事第一課長ら公安部幹部は捜査上の問題を十分に把握せず、必要な軌道修正を図ることができなかった、と総括した。また、裁判で捜査を批判した警察官らの証言について書面で「壮大な虚構」と非難したことについて、「不適切」として撤回した。

 同日、記者会見した警視総監の迫田裕治(さこたゆうじ)(1968― )は、逮捕された3人や同社関係者、遺族らに「多大なご心労、ご負担をおかけしたことについて、深くおわびを申し上げます」と謝罪した。警察当局は、退職者を含む警視庁公安部の歴代の幹部らあわせて19人を処分、または処分相当とした。最も重い処分は、現場で捜査指揮をした公安部外事一課管理官(当時は警視)と第5係長の2人。いずれもすでに退職していたが、減給1か月の懲戒処分相当となり、2人は相当額を自主返納することに同意した。

 検察も同日、検証結果を公表し、最高検次長検事の山元裕史(やまもとひろし)が記者会見した。立件にマイナスとなる「消極証拠」の検討が不十分だったことや、担当検事の交代に伴う引き継ぎが十分でなかったことなど、捜査や起訴に関する反省点を述べるとともに、検察官が保釈に反対し続けたために勾留が長期に及んだことについても、「結果として不適切」だったと認めた。

 警視庁の記者会見はテレビカメラが入ったが、最高検の記者会見は撮影や録音が一切禁じられるなかで行われた。また、検察庁では検事への処分は一切なかった。また、東京地検でも記者クラブのみを対象とする非公開レク(説明)を行ったが、同様に撮影や録音は認められていない。

 同月25日、警視庁副総監の鎌田、最高検公安部長の小池隆(たかし)、東京地検次席検事の市川宏(ひろし)が相嶋の墓前で謝罪した。遺族は、警察と検察が公表した検証内容に納得できないとして、第三者を入れた再検証や適正な処分を求めた。相嶋の妻は「謝罪は受け入れるが、決して許すことはできない」と語った。

 次長検事の山元は同日夕、再検証や処分については「考えていない」と述べた。

 また、省令の規制対象があいまいなために、警察による勝手な解釈を招いて冤罪事件が生まれたことから、経済産業省は外為法関連省令などの改正を決め、「殺菌」を「消毒」に変更し、規制対象は国際的な基準にあわせ、化学物質を使った「消毒」ができる場合に限定する、とした。

[江川紹子]2026年1月20日

©SHOGAKUKAN Inc.

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