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日本大百科全書(ニッポニカ)

HIV感染症

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HIV感染症
えいちあいぶいかんせんしょう

ヒト免疫不全ウイルス(HIV:human immunodeficiency virus)に感染した状態。

病態と症状

HIV感染症においては、ウイルスが免疫細胞であるCD4陽性細胞に感染し、それを破壊しながら増殖を続けることで、体の免疫機能が徐々に失われていく。その結果、通常では発症しにくい感染症や腫瘍(しゅよう)、いわゆる日和見(ひよりみ)疾患を引き起こす。

 HIVに感染してから2週間から数週間後には、発熱、咽頭(いんとう)痛、リンパ節腫脹(しゅちょう)、筋肉痛、皮疹(ひしん)などインフルエンザに似た症状が一時的に現れることがある。これらの症状は通常1週間から2週間で自然に消失する。その後、数年から10年以上におよぶ無症候の期間(潜伏期間)に移行する。この潜伏期間中も、体内では免疫機能が徐々に低下しており、一定程度免疫能が低下すると、日和見疾患が発生しやすくなる。

 進行したHIV感染症にみられるニューモシスチス肺炎やカポジ肉腫など23の日和見疾患をエイズ指標疾患(AIDS-defining illnesses)と定め、これらのいずれかを発症した状態をエイズ(AIDS:acquired immune deficiency syndrome、後天性免疫不全症候群)とよぶ。

[田沼順子]2026年1月20日

感染経路

HIVは精液、膣(ちつ)分泌液、血液、母乳などが感染源となり、性行為による感染、血液を介した感染、母子感染が感染経路の多くを占める。

 一方で、HIVは体外ではすぐに感染力を失う、とても壊れやすいウイルスであり、日常生活、学校生活、一般的な職業生活のなかで感染することはない。握手や抱擁、くしゃみ、同じトイレや食器の使用といった日常的な接触で感染することはなく、蚊などの昆虫を介した感染も起こらない。

[田沼順子]2026年1月20日

感染予防

HIVは、適切な対策をとることで確実に感染を防ぐことができる。

 性感染を防ぐもっとも基本的な予防法は、コンドームを使用することである。一方、最近では、HIVに感染している人が適切な治療を受け、血中ウイルス量が検出限界未満まで低下すると、性行為によって他者にHIVを感染させるリスクがなくなるということがわかっている。この事実は「検出限界値未満(Undetectable)」イコール「感染しない(Untransmittable)」(U=U)として国際的に共有され、エイズ対策の要(かなめ)となっている。さらに、HIVに感染していない人があらかじめ抗ウイルス薬を服用し感染を防ぐ方法、すなわち曝露(ばくろ)前予防投与(PrEP(プレップ):pre-exposure prophylaxis)も、感染リスクの高い人々に有効とされている。また、HIVに感染する可能性のある行為や事故が起きたあと、72時間以内に抗ウイルス薬の服用を開始し、感染の成立を防ぐ方法である曝露後予防投与(PEP(ペップ):post-exposure prophylaxis)も広く知られている。このように、コンドーム以外にもさまざまな予防策があることから、国際連合(国連)では、複数の予防手段を同時に普及させ、個々人の考えに応じた予防策を選べるような「コンビネーション予防」を推進している。

 医療現場においては、HIVを含む血液・体液を介する感染症への基本的な対策として、標準予防策(スタンダード・プリコーション)が導入されている。これは、すべての患者を潜在的な感染リスクがある存在とみなし、血液や体液に接触する際には手袋、マスク、ゴーグル、ガウンなどを適切に使用し、針刺しや体液曝露を防ぐものである。HIV陽性者であっても、特別な隔離や処置は不要であり、標準予防策を遵守していれば感染リスクはない。輸血による感染予防としては、献血血液に対する厳密なスクリーニングが行われており、輸血を介したHIV感染のリスクはきわめて低い水準に抑えられている。

 注射器の共用による感染を防ぐためには、ハーム・リダクション(害の低減)という実践的なアプローチが行われている。これは、注射薬物使用者に対し、その行為をやめさせるのではなく、清潔な注射器の提供、薬物依存への支援、感染予防教育などを通じて、リスクを可能な限り減少させる方法である。

 母子感染対策においてもっとも重要なことは、妊娠初期にHIV検査を行い、陽性と判明した場合、母親に対して速やかにHIVの増殖を抑える抗レトロウイルス療法(ART:antiretroviral therapy)を開始することである。ARTにより母体の血中HIVウイルス量を検出限界未満にまで抑えることで、胎児や新生児への感染リスクを大幅に低下させることができる。

[田沼順子]2026年1月20日

検査・診断

HIVは感染してすぐに症状が出るとは限らないため、早期診断には検査の普及が不可欠である。

 HIV感染症の検査は、感染の可能性がある人を広くみつけだすためのスクリーニング検査と、核酸増幅検査(NAT:nucleic acid amplification test)などで診断を確定する確認検査の二段階で行われる。スクリーニング検査では、実際には感染していないが陽性反応が出る「偽陽性」もあるため、かならず確認検査によって最終的な診断を行う。

 スクリーニング検査としては、近年、HIVに対する抗体検査だけでなく、ウイルスそのものの一部(抗原)を同時に検出する「第4世代抗原・抗体検査」が主流になっている。抗体は通常、感染後2週間から8週間ほどで現れ、多くの場合は3か月以内に検出可能となるが、感染直後はまだ抗体が十分につくられておらず、検査でみつからない期間、すなわち「ウインドウ・ピリオド(ウインドウ期)」があり、正確な診断のためには、感染の可能性がある行為から一定期間(通常は3か月程度)経過してから検査を受けることが勧められてきた。しかし、抗原・抗体を同時に検出できる検査では、感染から2週間から3週間程度でも陽性になる可能性があり、より早期の診断が可能となっている。

 確認検査は、NATやイムノクロマトグラフィー法によって行われる。NATは、HIVのRNAを直接検出する方法であり、ウイルスが体内で増殖していれば、抗体ができる前のごく早期の段階でも感染をとらえることができる。とくに献血などの血液検査においては、輸血による感染を防ぐためにNATによるスクリーニングが義務づけられている。

 HIV検査の実施は、本人の自主的な意思に基づくべきであり、検査の目的・方法・結果の意味、そして陽性と判明した場合の対応について、十分かつ正確に説明されることが不可欠である。また、結果が陽性であった場合には、その人の人生や人間関係、就労、将来の希望などに深く影響を与えうるため、事前・事後のカウンセリング体制の整備が重要である。また、匿名性や、プライバシーが守られた環境で安心して検査を受けられることも重要である。HIV検査は、日本では、保健所で匿名・無料で受けることが可能であるほか、医療機関でも受けられる。近年では、郵送検査キットを利用し、自宅で検体を採取して送付し、結果をインターネットで確認する方法もある。

[田沼順子]2026年1月20日

治療の考え方

現在では、HIV感染が確認された時点で、本人が治療に同意すれば、速やかに抗レトロウイルス療法(ART)を開始することが標準的な対応となっている。

 ARTは、繰り返し改良が加えられ、その有効性と安全性は飛躍的に向上してきた。それに伴い、ARTの開始時期に関する考え方も大きく変化してきた。2000年代初頭は、副作用や服薬負担の懸念から、CD4陽性細胞数が一定以下に低下してから治療を開始するのが一般的であったが、徐々に治療開始のタイミングが早まり、2010年代にはできるだけ早期に治療を開始することが推奨されるようになった。2015年には世界保健機関(WHO)をはじめとする多くの国際的な治療ガイドラインが、すべてのHIV感染者に対してARTを開始すべきとの方針を打ち出し、治療適応が大きく変わった。

 これには、感染の初期段階からウイルス量を抑えることで、将来的な免疫機能の低下や多様な合併症のリスクを軽減し、長期にわたって生活の質を維持できると明らかになったことや、血中ウイルス量を抑えることで、他者への感染を防ぐ効果があると証明されたことが関係している。

[田沼順子]2026年1月20日

抗レトロウイルス療法

HIV感染症に対する治療は、抗レトロウイルス療法(ART)とよばれている。HIVの体内での増殖を抑えて血中ウイルス量を検出限界未満に抑え、合併症を防ぎ、HIV感染者がよりよい生活を送れるようにすることが目標である。早期診断と早期治療により、非感染者とほぼ等しい平均余命を達成することができる。

 HIVの増殖には逆転写酵素やインテグラーゼ、プロテアーゼといったウイルス独自の酵素が必要であるため、抗レトロウイルス薬はこれらの酵素の働きを阻害することで、ウイルスの複製を妨げる仕組みをもつ。現在、核酸系逆転写酵素阻害薬、非核酸系逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、インテグラーゼ阻害薬、融合阻害薬、CCR5阻害薬、中和抗体といった種類の薬剤が登場している。

 抗レトロウイルス薬は、単剤で使用するとウイルスの薬剤耐性が生じやすいため、複数の薬剤を組み合わせた多剤併用療法が基本である。2種類の核酸系逆転写酵素阻害薬に、もう1剤を加えた3剤併用が基本とされるが、近年は2剤による治療でも十分な効果が得られることが示されており、ガイドラインにも取り入れられている。飲み忘れや不規則な服用は、ウイルスの再増殖や薬剤耐性の獲得につながる可能性があるため、高い服薬アドヒアランス(服薬遵守)を維持するべく、服薬支援や自己管理のサポートも治療の一環として重要視されている。

 一方で治療の簡便化も進み、1日1回の服用で済む治療が主流となっている。複数の有効成分を1錠にまとめた配合剤(STR:single tablet regimen)も普及し、服薬の負担軽減とアドヒアランスの向上に貢献しているほか、月1回あるいは2か月に1回の筋肉注射による長時間作用型製剤も導入され、治療の選択肢が広がっている。

 副作用については、以前より大きく改善されており、多くの人が日常生活に支障なく治療を継続できるようになっている。一方で、一部の薬剤では腎(じん)機能障害や骨密度の低下、脂質異常などが長期的に問題となるため、定期的な検査と医師の管理のもとでの治療継続が不可欠である。

 ARTでは、HIVそのものを体内から完全に除去することはできない。HIVは一部の細胞に潜伏感染という形で残り続け、治療を中断するとウイルスがふたたび増殖を始めることから、ARTは原則として一生涯継続する必要がある。

 しかし、治癒に向けた研究は世界中で進められている。これまでに数人の患者が、造血幹細胞移植により、HIVが体内から検出されなくなったと報告されている。ただし、この方法はきわめてリスクが高いため、白血病などの他の重篤な病気の治療を目的とした特殊な状況でしか適応とならない。一方、ウイルスを完全に排除することはできなくても、治療せずとも自然にウイルス量が抑えられる状態を目ざす方法について研究が進められている。

[田沼順子]2026年1月20日

流行終息に向けた世界的な動き

現在、国際社会は「2030年までにHIVの流行を終息させる」という目標を掲げている。早期治療、自己検査キット、曝露前予防などの新たな知見や技術がもたらされ、それらを適切に普及させることができれば、公衆衛生上の脅威としてのHIV流行を終息させることができると考えられている。

 HIV感染症は、貧困、ジェンダー格差、社会的な差別やスティグマ(偏見)といった、さまざまな社会的要因と深く結び付いているため、対策においては、差別や不平等を解消することがきわめて重要である。国連は、HIVの影響をもっとも大きく受けている集団を「鍵(かぎ)となる人々(キー・ポピュレーション)」と位置づけ、彼らへの支援や彼らが主導する対策こそが、HIV流行終息に向けた鍵であると明言している。「鍵となる人々」には、男性と性交渉をもつ男性(MSM:men who have sex with men)、トランスジェンダーの人々、注射薬物使用者、セックスワーカーとその客、刑務所など閉鎖環境にある人々が含まれ、これらの人々は多くの国で法的・社会的な差別や排除の対象となっており、HIVサービスへのアクセスが制限されやすい。

 HIV流行の終息には国際的連携が求められることから、国際的な資金協力やパートナーシップの仕組みも整備されてきた。たとえば、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)は、多国間や複数の民間団体などから資金を集め、低・中所得国のHIVの検査・治療・予防の普及に大きく貢献している。ほかにも国連合同エイズ計画(UNAIDS)、ユニットエイド(UNITAID)などが、技術支援や物資の提供、医薬品の価格交渉などを通じて国際的な対策を進めてきた。

[田沼順子]2026年1月20日

日本におけるHIV感染動向と対策の歴史

日本では、HIV感染者およびエイズ患者の発生について、1984年(昭和59)以降、医師による届出が義務づけられており、感染の動向が全国的に把握されている。日本国内で1年間に新たに報告されるHIV感染者およびエイズ患者の合計は1000人前後で推移しており、これらの約3分の1は、診断時点でエイズを発症しており、感染から診断までの遅れが課題であると指摘されている。国内の感染経路としては、男性間性交渉(MSM)がもっとも多く、HIV感染者報告の約70%がこの経路によるものとされている。地域別では、東京都をはじめとする大都市圏での報告数が多い傾向にある。

 1980年代後半から1990年代にかけて、非加熱血液製剤を使用した多くの血友病患者がHIVに感染し、国や製薬企業を相手に損害賠償を求め、いわゆる「薬害HIV訴訟」を起こした。1996年(平成8)3月には国と製薬企業が責任を認めて和解が成立したが、日本ではこのできごとを契機にHIV対策の見直しと制度整備が本格化した。

 1999年に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」により、HIV感染症は「5類感染症」として位置づけられ、全数把握のために医師による届出が義務づけられた。この法律は、それまでの「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律(エイズ予防法)」(1989年施行)が、感染者に対する過度な管理と社会的偏見を助長したという反省を受けて全面的に見直されたものである。この感染症法第11条に基づき、「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」が1999年に初めて策定され、およそ5年ごとに改訂されている。

 薬害HIV訴訟以後、治療費の自己負担軽減や継続的な医療アクセスを確保するための制度構築も進められた。1998年1月には身体障害者福祉法施行令などが改正され、同年4月からHIV感染症は「免疫機能障害」として認定の対象となり、障害等級表に基づいて1~4級の判定が行われるようになった。これにより、HIV陽性者に対して身体障害者手帳が交付され、医療費の助成や日常生活に関する福祉支援が可能となった。さらに2006年(平成18)には、障害者自立支援法(現、障害者総合支援法)に基づく自立支援医療制度(更生医療)の枠組みが導入され、HIV感染症治療に関しても所得に応じた医療費助成が行われている。医療提供体制に関しては、1997年以降、全国にエイズ治療拠点病院制度が整備された。HIV診療に関する専門的な知識と経験を有する医療機関を国が指定する制度であり、HIV陽性者が継続的かつ質の高い治療を、各地域で受けられる体制を確保することを目的としている。

[田沼順子]2026年1月20日

©SHOGAKUKAN Inc.

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