金融・資本市場をとりまく環境の変化に対応し、利用者保護ルールの徹底と利用者利便の向上、「貯蓄から投資」に向けての市場機能の確保および金融・資本市場の国際化への対応を図ることを目ざして、従来の「証券取引法」(昭和23年法律第25条)が大きく改正され、法律名も改称された法律。2006年(平成18)6月14日に公布され、以後、改正を重ねている。
[福原紀彦]
日本の証券取引の法的規律は、1893年(明治26)制定の「取引所法」による規制に始まる。取引所法は、取引所の組織と取引を規制するもので、情報開示の強制はなく、投機取引が横行するなか、証券市場を機能させるには不十分であった。
「証券取引法」は、戦前の証券関係法規(取引所法、有価証券業取締法、有価証券引受業法等)による諸制度を統合し、アメリカの1933年の「証券法」Securities Actが定めている有価証券の発行市場における開示制度(ディスクロージャー制度)や、1934年の「証券取引所法」Securities Exchange Actが定めている流通市場における継続開示制度等を取り入れ、1948年(昭和23)に制定された。ただ、当時の法制定は占領政策下においてなされたために、証券取引委員会を設置して監督権限を付与するなど、アメリカの法制度を模すという性格が強く、1953年に始まる法改正により、日本の実情とその後の資本市場の発展に応じて、改正が重ねられた。
証券取引法は名称が示すとおり、法律上列挙された有価証券の取引を規制するのみであった。しかし、このように狭い適用範囲では、金融改革の所産として生み出されるさまざまな金融商品をカバーできない。そこで、有価証券概念の限定列挙を改め、横断的な有価証券概念を導入し、証券の組成から償還までを包括的に規制することにより適用範囲を拡大することが模索された。イギリスでは1986年に制定された「金融サービス法」Financial Services Actが広範な適用範囲を擁しており、これに倣った改正論議が進んだ。
この改正論議の成果の一つとして、2000年(平成12)には「金融商品販売法」が制定された。同法は「金融商品」に適用されるという点では横断的な法律ではあったが、金融商品の販売と勧誘の側面をカバーするにすぎないために、包括的な法的規律とはいえなかった。
また、投資家から資金を集めて専門家が運用するスキーム、すなわち「投資ファンド」や「集団投資スキーム」についても適用されるルールがなかった。さらに、2002年前後に外国為替(かわせ)証拠金取引(FX取引)をめぐって、投資経験の少ない高齢者が大きな損失を被るケースが続出した。FX取引には適用される法律もなく、監督官庁もなかったため、実効的な被害者救済策が乏しかった(なお、2004年に金融先物取引法が改正され、この点の対応が図られた)。このような諸問題の発生を経て、日本版の「金融サービス法」制定の機運が高まった。
具体的審議は金融審議会金融分科会第一部会で行われ、2005年10月に「中間整理」が公表された。そこでは「適正な利用者保護を図ることにより、市場機能を十分に発揮しうる公正・効率・透明な金融システムの構築を目的として、証券取引法を改組し、投資サービス法を制定することが適当である」とされた。その後の審理を経て、2005年12月に「投資サービス法に向けて」と称される報告書が公表された。この報告書を受けて、「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第65号)および「証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成18年法律第66号)が成立し、これらにより、従来の「証券取引法」は「金融商品取引法」に改称された。
同法には、以下のような特色がある。
(1)横断的・包括的規制 前記のとおり、従来の証券取引法の適用対象としてこなかった集団投資スキーム等にも規制範囲を及ぼしている。
(2)プロ・アマ区分 投資のプロである特定投資家と投資のアマチュアである一般投資家を分け、プロ向けの規制を緩和する。
(3)その他、投資サービス法制定審議において生じたさまざまな改正項目の反映 公開買付・大量保有報告書制度改正、内部統制報告書制度(日本版SOX(ソックス)法)、四半期報告書の法文化等。
[福原紀彦]
金融商品取引法は、(1)企業内容等の開示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、(2)有価証券の発行および金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、(3)もって「国民経済の健全な発展」および「投資者の保護」に資することを目的とする(金融商品取引法1条。以下の条文番号は、とくに補足のない限りすべて金融商品取引法をさす)。
[福原紀彦]
金融商品取引法は、有価証券取引とデリバティブ取引とに適用される。「有価証券」には、証券・証書が発行されるもの(国債証券、社債券、株券、新株予約権証券、優先出資証券、受益証券、抵当証券、預託証券など。2条1項)と、証券・証書が発行されないもの(みなし有価証券。振替社債、振替株式、信託受益権、合名会社等社員権、集団投資スキーム持分(もちぶん)など。同2項)とがある。デリバティブ取引とは、デリバティブ取引の原資産を意味する「金融商品」(有価証券・預金に基づく権利・通貨等。同24項)および金融指標(同25項)の先物取引、オプション取引、スワップ取引、クレジット・デリバティブのことをいう(同20項~23項)。
他の業法で手当てされている投資性の高い預金、保険商品、商品先物取引、不動産特定共同事業契約等は、金融商品取引法の適用対象ではない。
[福原紀彦]
金融商品取引法は、企業内容等の開示として、発行開示の規制(金融商品取引法第2章。4条以下。有価証券届出書の提出や目論見書(もくろみしょ)の交付等)、継続開示の規制(第2章。24条以下。有価証券報告書、半期報告書、四半期報告書、臨時報告書の提出)がある。また公開買付に関する開示(第2章の2。27条の2以下)や株券等の大量保有の状況に関する開示(第2章の3。27条の23以下)の規定がある。
[福原紀彦]
金融商品取引法は、詐欺的行為を禁止する包括規定(157条)、風説の流布・偽計・暴行または脅迫の禁止(158条)、相場操縦行為等の禁止(159条、160条)、インサイダー取引(内部者取引)の禁止(166条、167条)等を定めている。
[福原紀彦]
金融商品取引法が業規制の対象とする「金融商品取引業者」には、第一種金融商品取引業(28条1項)、第二種金融商品取引業(同2項)、投資助言・代理業(同3項)、投資運用業(同4項)がある。
金融商品取引業者は、参入規制として、業ごとに異なる財産や兼業に関する一定の要件を満たして内閣総理大臣の登録を受けなければならず(29条、29条の2)、行政監督に服し、行為規制(誠実公正義務=36条、書面交付義務という形式での説明義務=37条の3第1項、不当勧誘や損失補填(ほてん)等の禁止=38条、39条1項、販売勧誘規制)が適用される。
他方、金融商品仲介業者(2条11項)について、登録制度による参入規制(66条、66条の2)を設け、業務規制(66条の8第1項・2項、66条の11、66条の13)、名義貸の禁止(66条の9)、損害賠償責任(66条の24)を定めている。
ほかに金融商品取引法は、「金融商品取引所」の設立と組織(2条16項、83条の2)、金融商品市場の開設等に関する規制(80条1項)を設けている。金融商品取引所は、継続的な行政監督に服し(149条以下)、自主規制業務(上場審査、上場会社開示情報審査、会員や取引参加者の法令遵守状況の調査等)を適切に行わなければならない(84条1項等)。
[福原紀彦]
「適合性の原則」とは、顧客の知識、経験、財産の状況等に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないという原則をいい、ある金融商品の投資に向かない顧客に勧誘・販売してはならないという規範が導かれる。この原則に違反する場合には、金融商品取引業者等は不法行為責任を負うことがある(最高裁判所判決平17・7・14、民集59巻6号1323頁)。
金融商品取引法は、金融商品取引業者等またはその役員・使用人は、契約締結前書面等の交付に関し、あらかじめ、顧客(「特定投資家」を除く)に対して、書面記載事項等について、顧客の属性(知識、経験、財産の状況)および契約締結目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法および程度による説明をすることなく、金融商品取引契約を締結してはならない旨を定めている(38条8号、金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項1号)。これは、前述の狭義の適合性を満たした金融商品であっても、説明義務を果たす場面で顧客の適合性に配慮するものであり、広義の「適合性の原則」を規定したものと解されている。そして、適合性原則をはじめ、金融商品取引業者等に課せられる行為規制のいくつかは、相手方が「特定投資家」(適格機関投資家、国、日本銀行、投資者保護基金その他府令で定める法人。2条31項)、いわゆるプロの投資家には適用されない(45条)。これが「特定投資家への適用除外」にあたる。
[福原紀彦]