国家が出資している企業、または政府の管轄下にある企業。ただしここでは中国における国有企業について記述する。
中国には大別すると国有企業と非国有企業が併存し、非国有企業は外資企業と国内資本(内資)企業に分けられ、内資企業の有力な柱が改革開放後急速に成長してきた民営企業である。
[中兼和津次]
国有企業は中央国有と地方国有に分かれ、地方国有企業は行政階層に応じて省(直轄市、自治区を含む)級の企業、市級、県級の企業に分かれる。また中央国有企業は国家がすべての資本をもつ独資企業、支配株をもつ「支配株」企業、一部の株式をもつ「参加株」企業に分かれ、また管轄主体に応じて国有資産監督管理委員会(国資委)所属企業が2011年時点で113社あり、財政部(日本の財務省に相当)が管轄する中央金融企業である銀行、資産管理会社、保険会社などが23社、また地方国資委が管轄する地方国有企業は867社ある。国有企業は全国に計12万社以上あるといわれ、そのうち小型企業は10万社で85%、中型が1万4000社で11%を占め、大部分が中・小型企業である(いいかえれば大型は4%だけ)。赤字企業の割合は35%に及び、その大部分は中・小型企業であるという。
[中兼和津次]
国有企業は改革開放後、しだいに生産額や営業収入、資本(資産)額や利潤額、あるいは従業員数に占める割合を低下させてきた。たとえば一定規模以上の工業企業の資産額と利潤額に国有企業が占める割合は、2004年から2014年にかけてそれぞれ18.3%から8.0%へ、8.3%から4.0%へほぼ半減している。ちなみに民営企業の割合はそれぞれ15.0%から22.3%へ、18.5%から34.6%へと大きく伸びている。
しかし、世界的視野でみると、中国国有企業の存在はますます大きくなってきている。たとえば、『フォーチュン』誌が毎年発表する世界の企業のランキング「グローバル500社」にあげられる企業をみると、中国企業は2011年に61社であったが、2016年には110社が入り、その増加ぶりは際だっている(日本は68社から52社に減少)。上位100社だけをみても中国企業は15社もあり、そのすべてが国有企業である。このことは中国の国有企業の規模がいかに大きいかを如実に示している(後掲の「資料 中国のおもな国有企業」参照)。
[中兼和津次]
中国における国有企業は、かつての日本の国鉄や電電公社のように、単に国家が資本を所有し、経営・管理する企業体ではない。日本の国有企業には政治的、イデオロギー的意味がまったく、あるいはほとんどなかったのに対して、中国の国有企業は国家権力の象徴であり、社会主義イデオロギーの体現者でもある。
中国ではどの企業も(純粋の外資企業は別にして)営利を目的とする経済組織として存在するばかりではなく、中国共産党が指導する政治組織でもある。共産党規約と憲法にもうたわれているとおり、中国は「公有制を主体とする」社会主義国家であるから、公有制が私有制よりも上位にある制度として位置づけられている。これは、いうまでもなく私有制を主体とする資本主義を否定したマルクス主義的社会主義観による。公有制のなかでも国有制が集団所有制よりも「格の高い」所有形態とみなされる。したがって、たとえ経済全体に占める国有企業の比重が低下したとしても、国有企業の格やその背景にある政治的、イデオロギー的意味は変わらない。
さらに、社会主義になれば市場が消滅していくというマルクスの想定とは反対に、社会主義のなかに市場経済を大々的に持ち込んだ中国は、国有企業を市場と共存させる政策をとることになった。市場には国有企業による独占・寡占市場もあるが、競争的市場には民営企業をはじめとしてさまざまな企業が参入してくるため、「混合市場」体制という特殊な体制が生まれる。そのなかで国有企業が民営企業などに対して優位な地位を占めることができるのも、煎(せん)じ詰めれば社会主義という政治的、イデオロギー的体制のためである。
中国のとくに超大型の中央国有企業は経済的にも重要な地位を占めているため、そのリーダーたちは政治的背景と役割をもって任命される。さらにそうしたリーダーたちは政治的に大きな影響をもつことができる。たとえば、不正蓄財をしたとして2013年に逮捕され、失脚した周永康(しゅうえいこう)(1942― )の経歴をみると、石油工業部副部長(次官)から代表的国有企業である中国石油天然気集団(CNPC)の副総経理(副社長)、総経理(社長)を経て、国土資源部長(大臣)に、その後四川(しせん)省の党書記に昇進したのち、中央政治局員、さらには政治局常務委員にまで上り詰めた。つまり、政府の役人から国有大企業の指導幹部へ、次に党の最高幹部へと出世していった。こうしたケースは日本や多くの先進国では考えられないもので、そこに中国国有企業のもつ特殊な政治的性格が見て取れる。
[中兼和津次]
中国において国有企業がこのように重視されてきたことの経済的背景には、毛沢東(もうたくとう)時代における工業化戦略がある。当時、計画経済の先輩でもあったソ連の影響もあって、重工業優先発展の工業化は「歴史法則」とまでいわれていた。この工業化戦略は計画経済体制のもとで国家が推進するものであり、当然その主要部分を国有企業が担うものと理解されていた。さらに、国家は重工業など重要産業(ほかに貿易や金融部門)を支配することで、経済全体をコントロールできるという「管制高地」思想が、計画経済から市場経済への転換を図る今日にも思想的遺産として生きている。もちろん、それに加えて重要産業は外国資本に支配されたくないという、国内産業保護論も影響している。なぜなら民営企業は外資に買収されかねないからである。
そのことを如実に表したのが、2006年に打ち出された「産業のガイドライン」である。そこでは政府は国有企業が関与すべき産業を、(1)国有企業が独占すべき分野、(2)国有企業が絶対的に支配的地位を占めるべき分野、(3)同じく、相対的に支配的地位を占めるべき分野、の三つに分け、戦略的に重要な産業に対して非国有企業の参入を規制することになった。
[中兼和津次]
そもそも中国において国有企業はなぜ存在し、また必要とされてきたのかについては、イデオロギー的、政治的理由のほかに、「すでにあるから」、ないしは「大きすぎて潰(つぶ)せないから」といった消極的理由に加え、次のような積極的存在理由が指摘されてきた。
(1)「市場の失敗」論 一般化していえば、市場の失敗を政府(国家)が補う必要がある、という議論に通じる。市場の失敗とは、市場や価格メカニズムを通じては社会的に望ましくない資源配分がなされることをさし、それはおもに外部性、公共財、自然独占、情報の非対称性によって生ずる。そうした産業や分野においては市場や民間が適切に資源配分できないのだから、政府にかわって国有企業・事業が責任を負う、とみなされる。これに近いのが公益性論で、非国有企業は私的利益だけを目的にするが、国有企業は公共の福祉のために行動すると考えられている。たとえば、地域の雇用を確保するために政府が国有企業を維持したり、国家機密保持のために国防産業を国有にしたりするのも、この議論に関係している。
(2)規模の経済論 規模の経済が求められる産業や分野では企業規模はますます大きくなり、また市場の失敗が起こりうる。それゆえ、少数の大型国有企業が多数の、また規模の小さな民間企業にかわってその産業や分野を支配するのは当然であると考える。それは企業活動のグローバル化が求められ、国際競争力をつけるには企業は大規模でなければならず、そうした大規模企業はすなわち国有企業である、という議論にも結び付いている。
(3)キャッチアップ工業化=国家主導の(重)工業化論 貧しい途上国であった中国が先進国に早く追いつこうとすると、国家が主導する工業化戦略が必要であり、そのためには民間企業ではなく国家の政策をより直接に実施できる国有企業が必要であるとされる。とりわけ、インフラや鉄鋼、化学など、重工業は国家が直接投資したいという強い意欲を途上国の指導者たちは抱いている。したがって、キャッチアップ段階においては国有企業が不可欠という主張にもなる。
(4)国有企業(高)収益説 以上の理由とは性格を異にし、国有企業が赤字であるならともかく、黒字を計上しているならばあえて民営化する必要はないとする考え方である。中国の場合、1990年代における国有企業の全体的な不振と、それに対処するために朱鎔基(しゅようき)内閣がとった改革政策の効果もあり、2002年以降国有企業は復活を遂げた。全体としてみると、国有企業は黒字企業であって、むしろのちに述べる「国進民退」(国有企業が民営企業を抑える)現象さえ指摘されている。
以上四つの国有企業の必要性の根拠・存在理由は、はたして正しいのか、諸外国の例をみてもどうも疑わしい。すなわち、
(1)市場が失敗する領域は技術革新によって大きく狭まってきた。たとえば、電力や通信といった事業はかつて国家が独占的に営んできたが、いまや多くの民間企業が参入できるようになり、宇宙開発でさえその例外ではない。防衛産業においても、欧米や日本では民営企業が担っており、機密保護の制約を国が企業に課す必要があるだけで、国有企業である必要はない。
(2)規模の経済をもって国有企業の必要性を説明することはできない。それは、単にいまある大規模国有企業を擁護するための口実でしかない。同じく、グローバル化してもそれに耐えうる、あるいはそれを利用する民営企業は数多く存在しており、民営企業を大きく育てていけば十分である。
(3)おそらくもっとも説得力をもつ理由は、キャッチアップ段階には国有企業が必要であるという発展段階論であろう。事実、韓国や台湾ではキャッチアップ段階にあたる開発独裁時期には数多くの国有企業を抱えていた。しかし明治期以降の日本の例を引くまでもなく、国有企業でなければ途上国の急速な工業化という政策課題を達成できないわけではない。
(4)最後の、とくに国有企業(高)収益説については、次の点に注意しておくべきであろう。まず大型国有企業は独占的、寡占的市場を形成している場合が多く、独占・寡占利潤をあげていること、次に非国有企業ならば得られない政府による優遇措置を受けている場合があること(たとえば、商業銀行のほとんどを占める国有銀行による融資は国有企業に有利になっている)、さらに、以下で述べるように中国の国有企業は非国有企業よりも経営・生産効率が低いため、たとえ収益を上げていても、非国有企業なら得られたはずの収益を捨てていることになることである。
[中兼和津次]
(略)
『フォーチュン』誌のグローバル500社(2016)のうち、中国の国有企業上位15社を取り上げた。すべての企業が中央企業である。なお、設立年は各社資料による。
1国家電網公司
〔順位〕2位
〔営業収入〕3296億ドル
〔業種〕送電
〔所在地〕北京
〔設立〕2002年
2中国石油天然気股
有限公司(ペトロチャイナ)
〔順位〕3位
〔営業収入〕2993億ドル
〔業種〕エネルギー
〔所在地〕北京
〔設立〕1988年
*国有企業である中国石油天然気集団が株式の大半を所有。
3中国石油化工股
有限公司(シノペック)
〔順位〕4位
〔営業収入〕2943億ドル
〔業種〕エネルギー
〔所在地〕北京
〔設立〕1998年
4中国工商銀行股
有限公司(ICBC)
〔順位〕15位
〔営業収入〕1672億ドル
〔業種〕金融
〔所在地〕北京
〔設立〕1984年
5中国建設銀行
〔順位〕22位
〔営業収入〕1479億ドル
〔業種〕金融
〔所在地〕北京
〔設立〕1954年
6中国建築股
有限公司
〔順位〕27位
〔営業収入〕1402億ドル
〔業種〕建設
〔所在地〕北京
〔設立〕2007年
7中国銀行股
有限公司(BOC)
〔順位〕35位
〔営業収入〕1223億ドル
〔業種〕金融
〔所在地〕北京
〔設立〕1912年
8中国平安保険(集団)股
有限公司
〔順位〕41位
〔営業収入〕1103億ドル
〔業種〕保険
〔所在地〕深
〔設立〕1988年
9中国移動通信集団公司(チャイナモバイル)
〔順位〕45位
〔営業収入〕1068億ドル
〔業種〕通信
〔所在地〕北京
〔設立〕2000年
10上海汽車集団股
有限公司
〔順位〕46位
〔営業収入〕1067億ドル
〔業種〕自動車
〔所在地〕上海
〔設立〕1958年
11中国人寿保険(集団)公司
〔順位〕54位
〔営業収入〕1013億ドル
〔業種〕保険
〔所在地〕北京
〔設立〕2003年
12中国中鉄股
有限公司
〔順位〕57位
〔営業収入〕994億ドル
〔業種〕建設
〔所在地〕北京
〔設立〕2007年
13中国鉄道建築総公司(CRCC)
〔順位〕62位
〔営業収入〕957億ドル
〔業種〕建設
〔所在地〕北京
〔設立〕1948年
14東風汽車公司
〔順位〕81位
〔営業収入〕828億ドル
〔業種〕自動車
〔所在地〕武漢
〔設立〕1969年
15華潤集団有限公司
〔順位〕91位
〔営業収入〕766億ドル
〔業種〕総合
〔所在地〕香港
〔設立〕1983年