軍事制度の略語で、一国の軍隊に関する制度全般をさす。軍隊の建設、編制、維持、管理、指揮および作戦・運用にかかわるすべての制度が含まれる。兵役、兵備に関する制度を意味する兵制という術語が軍制と同義語として用いられる場合もある。英語では普通ミリタリー・システムmilitary systemまたはミリタリー・オーガニゼーションmilitary organization(ともに軍事組織または軍事機構を意味する)と称される。以下で述べる軍政とは同音異義語であることに注意。本項では現代の軍事制度を取り扱い、歴史的なものは「兵制」の項で記述する。なお、「軍隊」の項もあわせて参照されたい。
軍制はほとんどの国において、法律、命令などの法形式で定められている。軍制を組織や機能の点からみると、一般に次の三つにより構成される。
(1)軍政military administration:軍隊における行政機能。軍隊の編制、維持、管理に関する行政事項で、予算、人事、給与、会計、物資調達、教育、施設の管理など一般の行政官庁と同様の行政事務に関する事項をつかさどる。軍隊が占領地を統治するために行う軍政military governmentとは区別される。
(2)軍令 military command:軍隊の指揮、作戦・運用に関する機能。軍隊の各部隊に実際の作戦行動をとらせるために必要な作戦計画の立案、作戦命令を発するなどの軍隊に特有の機能。
(3)軍事司法制度 military justice:軍隊における司法機能。軍隊の規律や秩序の維持を目的としており、軍人・軍属の犯罪や規律違反を取り締まり、一般の裁判所とは別に設けられた軍事裁判所で審理し処罰する。戦前の日本では軍法会議とよばれた。命令への絶対服従や厳しい規律を求められるなど、軍隊の特殊な事情から生まれた特別裁判所。かならずしもすべての国の軍隊に設置されているわけではなく、軍隊における犯罪も一般の裁判所で裁かれる国もある。日本においては特別裁判所である軍事裁判所は日本国憲法第76条により禁止されている。
各国の軍制は、その国の歴史と伝統、政治体制、国際環境を色濃く反映し多岐にわたる。王政が一般的であった時代には、軍制に関する権能は国王などの権力者に一元的に集中していた。軍隊を維持するための予算は議会の承認を必要とせず、軍隊の作戦・運用に関する権限は国王の大権の一部としていかなる干渉も許さなかった。しかし、イギリスにおいて、1688年の名誉革命、翌1689年の権利章典によって、重要な軍政事項である陸軍の兵力量が、議会による毎年の承認を必要とするようになった。これが近代的文民統制(シビリアン・コントロール)の始まりであり、議会、すなわち国民の代表による軍隊の統制が始まることとなった。この後、19世紀、20世紀を通して各国で民主化が進むにつれて、軍政事項に加えて軍令事項もシビリアン・コントロールのもとに置かれるようになっていく。一国の軍制を形づくるうえでもっとも影響を与えるのが政治体制である。政治体制が独裁的な国の軍制は、あらゆる権限が権力者に集中し、軍隊に対する国民やその代表による民主的な統制を許さない。一方、大統領制、議院内閣制の違いにかかわらず、民主主義が徹底された政治体制の国においては、議会と文民の政府による軍隊に対する文民統制もまた徹底されている。国際環境も軍制のあり方に大きな影響を与える。イスラエル、北朝鮮といったつねに厳しい軍事的緊張状態に置かれている国においては、男子のみならず女子も徴兵の対象とするなど社会への負担が大きい軍制の採用を余儀なくされる。一方で、国の防衛という観点からは合理的と思われない要素が、しばしば軍制のあり方に影響を及ぼす。独裁的な権力者の多くは、国防のためというよりも自らの権力維持のために軍隊を重視する。このような国における軍制は、対外的な「脅威」よりも国内政治における権力者にとっての「脅威」を主要な対象として構成される。軍制は治安機能が重視され内向的な性格を強める。軍隊を国防のため、もっぱら対外的脅威に対して指向する国は北大西洋条約機構(NATO(ナトー))、ヨーロッパ連合(EU)諸国や日本など先進的な民主主義国に多くみられ、その他の国々においては、一般的に治安機能が重視される。現在の世界においても、軍隊が、自国民に銃を向けない国のほうが少数派である。
各国が実際の軍制を設計するうえで、もっとも重視しているのは軍隊をいかに統制するか、すなわち文民統制をどうやって確保するかという問題である。政治体制の違いにかかわらず、軍隊は政治指導者の意思に従いその統制に服すべきとする点においては共通している。むしろ独裁的な政治体制ほど軍隊を潜在的な脅威とみなし、より強く統制を求める傾向にある。では、なぜ、軍隊に対する統制が必要なのか。軍隊は一国の社会において最大の物理的強制力をもつ最強の実力組織である。かりに軍隊が自律的な意思をもち、その意思を貫徹しようとした場合、社会はそれを止める術(すべ)をもたず軍事独裁となる。ゆえに政治体制にかかわらず、政治指導者は、軍隊に対する統制を軍制の最重要事項とみなしている。軍隊の上級士官の人事は大統領、首相、閣僚である国防大臣などによって決定され、予算は毎年の議会の承認を必要とする。作戦行動も軍隊の最高指揮官である大統領や首相の命令として発せられる。加えて、ソ連邦時代のソ連軍、中国の人民解放軍においては、一党独裁である共産党の政治的意思を軍隊の隅々まで徹底させるため、政治将校・政治委員とよばれる共産党の代表が、軍隊のさまざまなレベルに配属される。彼らは、あらゆる軍隊の行動を「監視」「指導」し、作戦行動、政治教育など、多くの場面において大きな権限を振るう。
同じく軍制の設計において重要なのは、軍隊の編成である。各国の軍隊の編成は、その国の地理的条件、軍事環境、経済構造、財政力などによって決まる。日本やイギリスのような島国で貿易への依存度が高い国は海軍重視となり、ロシア、中国、ドイツといったいわゆる「大陸国家」は圧倒的に陸軍の割合が高くなる。アメリカは、世界規模で軍事介入可能な能力を重視しており、そのため強力な海兵隊を維持している。また、高度な軍事技術と財政力を背景に他国の追随を許さない空軍力を保持している。一方で空からの脅威を想定できないニュージーランドは、空軍は存在するものの防空を担当する戦闘機部隊をもたない。一般的な陸海空の3軍種のほかに、ロシアと中国には、核ミサイル攻撃を専門とするロシア戦略ロケット軍、人民解放軍ロケット軍が独立した軍種としてそれぞれ設置されている。2001年の「アメリカ9・11同時多発テロ」以降は、各国で対テロを目的とした特殊部隊を強化する動きが顕著にみられる。
アルカイダによるテロ攻撃に触発され、多くのイスラム系テロ組織が生まれた。これらはイスラム教の伝統的・原理主義的戒律を重んじながらも最新のテクノロジーを利用したテロ攻撃を行う。また、民間軍事会社(PMSC:private military and security company)とよばれる、軍事サービスを会社組織で請け負う企業も多く生まれている。民間軍事会社は、紛争地域などで軍隊の訓練、警備、要人警護といった軍事活動を各国政府より請け負い活動している。こうした非国家の新たな軍事組織が多く生まれたのが「アメリカ同時多発テロ」以降の特徴でもあり、これら組織のなかには洗練された軍事制度をもつものもある。
冷戦の終結以降、各国の軍制には共通した変化がみられる。「平和の配当」を求めた軍縮の結果、各国で軍隊の規模が大きく縮小された。軍当局は、残された兵力を最大限に有効活用するための改革を開始した。多くの国で冷戦時代に基本的な戦略単位であった1万~1万5000人規模の師団が、3000~6000人規模の旅団へとダウンサイジング(縮小)された。これによって部隊としての機動性が高まり、迅速な軍事行動が可能になった。次に、陸軍、海軍、空軍といった軍種の垣根を越えて部隊を有機的に機能させることで兵力減を補おうとした。これが統合運用である。部隊のダウンサイジングによる機動性の向上と他軍種との統合運用は、冷戦後の各国の軍制改革に共通した特徴となっている。こうした軍制改革と国際環境の変化の結果、冷戦時代の「抑止」のための軍隊は、「活動」する軍隊へと大きく変容してきている。軍隊は、冷戦時代の領土・領海・領空の防衛から、海外における活動も含め、対テロ活動、人道支援、平和維持活動といった「戦争以外の軍事作戦」を迅速に行えるよう軍制を変化させてきている。冷戦時代の軍隊は、つねに訓練を行い、練度を高めることによって抑止力を維持することが最大の任務であり日常の姿であったが、21世紀の軍隊は、国内外を問わず、つねにどこかで、対テロ活動、同盟国の支援、平和構築、平和維持、海賊対処、人道支援、災害救助といった多様な任務を行うのが日常の姿となっている。
2019年1月21日
自衛隊は、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊によって構成されている。文民である内閣総理大臣を最高指揮官とし、同じく文民でありかつ国務大臣である防衛大臣が防衛省および自衛隊を統括する。国会と文民の政府による文民統制のもとに置かれており、防衛予算は国会の承認を必要とする。自衛隊は、一貫して志願兵制を採用している。集団的自衛権を行使する法的根拠としてアメリカ合衆国との間に日米安全保障条約を結んでいる。非核三原則を国是とし、核抑止力として頼っているアメリカの核兵器でさえ日本の領域への配備を拒んでいる。島国という性質を反映し海空戦力を重視した編成となっている。2003年(平成15)以降、有事法制の整備や集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更など、冷戦時代には先送りにされた自衛隊が活動するための法的基盤の整備を進めてきた。冷戦の終結以降、自衛隊の縮小が続いてきたが、中華人民共和国の海洋進出に警戒感を強めており、2010年代に入り、東シナ海方面へ防衛の重心を移しつつある。
日本では第二次世界大戦の終戦に至るまで、陸軍省および海軍省が軍制を統轄した。1872年(明治5)に陸軍・海軍双方が属する兵部(ひょうぶ)省が解体され、陸軍省および海軍省が設置された。両省とも当初は軍政事項と軍令事項を一元的に処理していた。軍令は、明治憲法第11条の天皇の大権としての統帥権を主たる内容とする軍の統帥に関する事務および命令をいい、1878年に陸軍省から天皇直属の参謀本部が独立して陸海軍共通の軍令機関となった(いわゆる統帥権独立)。1893年には、これも天皇に直属する海軍軍令部が設置され、軍政機関としての陸海軍省と、軍令(統帥)機関としての参謀本部、海軍軍令部の並立という図式ができあがった(海軍軍令部は1933年〈昭和8〉に軍令部となった)。
このように、旧陸海軍においては、軍政事項および軍令事項を統轄する機関が制度上は別個に設けられていたが、両事項はかならずしも明確に区別されてはいない。むしろ密接不可分であると考えられ、軍部大臣に、軍政担当の国務大臣の機能と統帥・軍令担当の機能とをあわせもたせるという側面がみられた。また、陸軍と海軍では、両事項の区別について解釈・運用の違いもあった。
軍事司法については、陸軍刑法、海軍刑法、軍法会議法、および指揮権に基づく行政処分である懲罰を規定する懲罰令が制定されていた。軍法会議は陸海軍にそれぞれ常設のものと戦時に特設されるものがあった。
明治憲法第20条は日本臣民に兵役義務を課したが、1873年(明治6)の徴兵令は満18歳から満40歳までのすべての男子が兵役(常備兵役、後備兵役、補充兵役および国民兵役)に服するものとした。徴兵令は1927年(昭和2)に廃止され、新たに兵役法が制定された。両者の内容は基本的には同じである。
1945年(昭和20)の敗戦によってすべての軍事制度が廃止された。1947年施行の日本国憲法第9条は、戦争の放棄、戦力の不保持および交戦権の否認を規定した。しかし、1950年、朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)に伴い警察予備隊が創設され、1954年には陸海空自衛隊と防衛庁(現、防衛省)が発足した。その後、自衛隊は着々と増強され、冷戦後は国連平和維持活動(PKO)に参加するなど、組織の規模と行動範囲を広げながら今日に至っている。しかし、自衛隊の合憲性については、現在もなお論争が続いており、いまだ決着をみていない。憲法には軍隊の保有を定めた規定がなく、自衛隊の組織および行動と防衛省の組織を律するのは、自衛隊法と防衛省設置法である。2007年、防衛庁設置法が防衛省設置法へと改題され、防衛庁は防衛省に昇格した。
文民統制については、自衛隊は国会と文民の政府による厳格な文民統制のもとに置かれている。自衛隊の最高指揮官は国会の多数によって選ばれた内閣を代表する総理大臣であり、総理大臣による指揮監督のもと、国務大臣である防衛大臣が自衛隊の行動を統括する。自衛隊における軍政と軍令は、内閣総理大臣と防衛大臣のもとで統合されており、旧日本軍のように軍令が内閣総理大臣の管轄外に置かれる(統帥権の独立)といった体制にはない。また、防衛予算については、毎年の国会による承認を必要とし、防衛出動や治安出動など自衛隊のおもな行動に対しても国会の承認を必要とする。
防衛大臣に対する補佐は、政治任命による副大臣1人と大臣政務官2人のほか、統合幕僚長、陸海空自衛隊幕僚長、事務次官などによって行われる。2006年、防衛庁(2007年、防衛省となる)・自衛隊は、陸海空自衛隊を有機的・一体的に運用(統合運用)するため組織改編を行った。統合運用を推進するため、統合幕僚会議を廃止し新たに統合幕僚監部を設置し、その長として統合幕僚長を置いた。機能的には、内局、陸海空自衛隊幕僚監部にあった指揮、作戦・運用機能が、一括して統合幕僚監部に移された。これにより自衛隊の軍令機能は統合幕僚長が指揮する統合幕僚監部に集約された。陸海空自衛隊幕僚長と各幕僚監部は、人事、防衛力整備、教育訓練などの軍政機能を引き続き担当することとなった。これにより防衛大臣に対する補佐機能も、軍令に関しては統合幕僚長が、軍政に対しては陸海空自衛隊幕僚長がそれぞれ行う体制が確立された。
現在、日本には旧日本軍における軍法会議のような特別裁判所は設置されていない。したがって自衛隊の隊員が犯した犯罪は、すべて一般の司法的手続に従って審理され、処罰される。また、憲法第18条は「意に反する苦役」を禁止し、徴兵制は違憲とされているため、自衛隊は志願兵制を採用している。
2019年1月21日
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