小社は、1955年、近代日本に稀有のアンシクロペディスト林達夫氏を編集長に、氏と小社の創業者下中弥三郎とによる基本方針にもとづいて、《世界大百科事典》全32巻の刊行を開始し、1959年、これを完結せしめて、世に問いました。この《世界大百科事典》は、日本における最高の知的体系として、高く評価され、多くの読者の御愛顧を受けることができました。さらに小社では、その後、数次にわたって大改訂を行い、また《世界大百科年鑑》等の追補のシステムを確立して、この知的体系の維持と更新とに努めてまいりました。
しかしながら、元版の基本構想がたてられて以来30数年、この間の学問・文化・社会の全領域にわたる変化は、よくもあしくも実にめざましいものがあり、まさにわれわれは時代の大きな転換を経験しつつあるといっても過言ではありません。この転換に全体としてこたえうる書物は、本格的な百科事典をおいてほかにないと信じます。なぜならば、すぐれた百科事典は、壮大な知的所産であるだけではなく、そこに収められた知識を読者が利用するためのシステムを内蔵するところに、書物としての大きな特質があり、この二重の意味で、百科事典は時代を代弁する知的体系たりうるからであります。
この転換期にあたり、これまでの百科事典の枠組みと視点を、みずから大胆に見直し、いわば20世紀文化を総決算すべき大百科事典を刊行することは、小社に与えられた使命と考え、1971年、創業70周年の記念出版として、この大企画に着手し、以来、10余年の歳月を費やして、1985年、《大百科事典》全16巻を完結せしめました。
大百科事典は、林達夫氏の述べられたごとく、<一国の文化の標識>であり、その刊行は、いわば極限ともいえる多数の協力者と長期にわたる編集期間を要する事業であります。幸いにして、《大百科事典》は、計画立案の当初から、加藤周一編集長をはじめ、学問・文化の各分野の編集委員500余人の方々の全面的な御協力をいただき、さらに7000人にのぼる専門執筆者の方々の御尽力を得ることができました。小社は、この《大百科事典》を基礎として、さらに編集面での充実を図る計画に着手し、このたび、名実ともに旧版《世界大百科事典》を超える最大規模の百科事典として、新《世界大百科事典》全35巻をここに完成せしめることができました。
《世界大百科事典》の刊行を迎え、加藤周一編集長、編集委員をはじめ、御執筆の諸先生方の積年の御助力に改めて感謝いたしますとともに、ここに収められた現代の経験と英知が、読者の生きた好奇心と結びつき、知ることの楽しさをとおして活用され、やがて、21世紀の文化をかたちづくる手がかりとなることを願ってやみません。