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広説佛教語大辞典

はしがき

 現代の問題として、われわれが仏教語を理解し、平明に表現するための辞典編纂の必要を感じて、着手から三十年かかって『佛教語大辞典』を刊行したのが、昭和五十年(一九七五年)であるから、それからはやくも二十五年が経過しようとしている。

 当時、世間では仏教語はなかなか難しくわかりにくいものであったが、『佛教語大辞典』刊行後、多少なりとも仏教語が日本人一般の共通理解の域内に入ったのではないだろうか。わたくしも、その後求めに応じて、一般の人々向けに『仏教語源散策』シリーズを編んで出版したが、ある程度好意を持って受け入れられたようである。

 この二十五年の間、『佛教語大辞典』については、各方面の方々からいろいろな教示、叱正、質問をいただいた。概して好意的なものが多かったが、大変ありがたく思っている。これらの方々よりの反響も含め、わたくしは、刊行後ほどない時期から、大規模な増補にそなえて辞典のためのカード作りをすすめてきた。

 日本人と関わりの深いことばや出典をさらにひろって、解説ももっと平明なものにしようということで、出版社とも相談して『広説佛教語大辞典』と名付け、五十音配列の全面的な改訂版とすることを決めたのは、平成に入ったころであった。

 それ以後の詳しい経緯は別に譲るが、前回と同じように、多くの方々の手をわずらわせて集めた膨大な資料から、結果として約八千項目を選んで新項目としてたて、また従来の四万五千項目のうちの約二万項目に語釈や出典の追加・修正を入れることになった。新たな原稿づくりと校正に関しては、堀内伸二主事を中心に東方研究会のメンバーに協力していただいた。

 こうして『広説佛教語大辞典』は、固有名詞をのぞく普通名詞の仏教語の辞典としては、収録語数も、明示した出典数も、まちがいなく内外のどの辞典よりもはるかに多いものとなった。わかりやすい語釈ということも、できうる限りこころがけたつもりである。出典に関しては別巻の「略号出典一覧表」および「出典総覧」を新たに整理して作ったので参照していただきたい。一般の人が経典にあることばを引く際には、「漢字見出し語索引」が便利なこともあるだろう。また、研究者にとっては不可欠である、本文中に明示したパーリ語、サンスクリット語等の原語と、チベット訳の相当語は、すべて別巻の索引に入っている。

 多くの方に協力をいただいて、いろいろと新しい読者のための工夫もし、わたくしとしては一つの大きな仕事をやり遂げたという気持ちが強い。この辞典が出たあとの反響を生かして、さらに良いものとすることは、次代の諸君にゆだねたいと思う。

中村 元

『佛教語大辞典』 はしがき

 仏教語はなかなか難しくわかりにくいという歎きを耳にする。専門家でもなかなかわからないので、だからこそ研究が必要とされるわけである。

 仏教語を日本における万人共通のことばで表現できないものであろうか、――この疑問に答えるために、わたくしは第二次世界大戦直後に、研究室の若い学徒諸君の協力を得て、平安時代から江戸時代末期に至るまでの日本の典籍において、仏教語を平明に表現しようとした先人の努力のあとを集録・検討してみた。その成果は、昭和二十三年に謄写印刷のかたちで「佛教語邦譯辞典」として刊行し、いまこの「佛教語大辞典」のうちに解釈例として収録されている。

 続いて、現代の問題として、われわれが仏教語を理解し、平明に表現するためには、右の成果を発展させて新たな辞典を編纂する必要を感じ、ただちにその仕事に取りかかった。そして、昭和四十二年には、一応原稿をまとめたが、不慮の事件により、原稿が紛失・消滅してしまった。

 その後、再編集を決意し、仕事に取りかかったが、途中で学園紛争その他の事件に出会って、なかなか進まず、ようやく八年目に完成し刊行されることになった。最初に着手したときから数えると、三十年たって日の目を見たのであるから、著者として深き感懐なきを得ない。

 これはまったく多くの人々の協力・援助に成ったものである。その好意に対してこたえ得るものができたかどうか自信はないが、固有名詞をのぞく普通名詞に関する限り、内外の従前のどの辞典よりはるかに語数の多いものになったことだけは確かである。それは、原典及び実地踏査に基づいて語を新たに直接に採録したからである。また、できるだけ平明な、理解しやすい説明をしているという点では世間の期待に一応はこたえ得るかと思う。

 この辞典に記した解釈については、わかりやすくしたために、異論もおこり得るかと思う。そこで将来これを是正するためには立論の根拠を示しておく必要があると考え、出典は気づいた限りなるべく多く明示した。また、サンスクリットやパーリ語の原語やチベット訳の相当語も原典における典拠とともに明示しておいた。これは研究者にとっては不可欠のものであるとともに、将来よりよいものができ上がるための準備ともなろう。

 著者にとってはずいぶん苦しい仕事であったが、これによって祖先から伝わった仏教語が日本人一般の共通の理解の域内にもちこまれることを期待する。

昭和四十九年八月

中村 元

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