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「弥生時代」カテゴリの記事一覧

オンライン辞書・事典サービス「ジャパンナレッジ」の「弥生時代」のカテゴリ別サンプルページです。
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弥生時代(国史大辞典)
弥生時代は、一般的には、狩猟採集社会である縄文時代に次ぐ時代、つまり水稲農耕が始まり、金属器をもつようになってから、古墳を標識とする古墳時代に入るまでの間とされている。弥生時代は、前期・中期・後期、または第I~V期に区分されている。かつてこの前期・中期・後期という区分に
口酒井遺跡(日本歴史地名大系)
[現]伊丹市口酒井 穴森ほか猪名川東岸の標高六―七メートルの自然堤防上に立地する遺跡。一〇ヘクタール以上の広がりをもち、一部は尼崎市に及ぶ。縄文時代晩期後半以降の各時代の遺構が重複している。昭和五三年(一九七八)に発見されて以降同六〇年までに一六次の発掘調査が行われた。
菜畑遺跡(日本大百科全書(ニッポニカ))
佐賀県唐津市菜畑字松円寺の衣干山の東麓に派生する丘陵の先端部に営まれた縄文晩期の水田を伴う集落跡。1980年唐津市教育委員会が都市計画道路建設の事前の発掘調査を行った。住居跡、水田跡、貝塚を主体とする遺跡でなかでも縄文晩期後半の水田、炭化米、農工具の発見により
金石併用時代(日本大百科全書(ニッポニカ))
利器の材料に金属が用いられてはいても、石製の利器がまだ併用されている時代をいう。ヨーロッパの考古学者は19世紀の末に、こうした時代を表す語としてeneolithic(ラテン語の銅・青銅aeneus+ギリシア語の新石器neo-lithos)――つまり銅・新石器時代――の語を用いたが、
板付遺跡(改訂新版・世界大百科事典)
福岡市博多区板付にある弥生時代の集落,墓地,水田などの総合遺跡。遺跡は御笠川左岸に近接した低段丘とその周囲の沖積地にある。1916年に弥生時代中期初頭甕棺墓数基から,細形銅剣,銅矛各3本が出土して,初めてこの遺跡が紹介され,51年の試掘以後,日本考古学協会の4次にわたる
邪馬台国(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・Encyclopedia of Japan)
二、三世紀の日本列島内にあった小国の一つで、対馬国(のちの対馬島上県・下県郡、現在の長崎県上県・下県郡)以下二十八の小国を統属していた倭国連合の盟主国。二世紀末から三世紀前半まで女王卑弥呼が都としていた国。この国への道程は『魏志』倭人伝によれば諸
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