五節供に関連するサンプルページ一覧
おせち料理(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
おせちはお節(せち)、すなわち五節供(ごせっく)の意で、中国渡来の年中行事であるが、その代表的なものは正月の節供なので、節供料理すなわちおせち料理は正月料理の意になっている。五節供は人日(じんじつ)(1月7日)、上巳(じょうし)(3月3日)
菊の節句(重陽の節句)(日本国語大辞典・平成ニッポン生活便利帳)
五節供の一つ。陰暦九月九日の節供。重陽の節。菊の日。菊節供(きくぜっく)。菊花節(きっかせつ)。《季・秋》*浮世草子・好色五人女〔1686〕二「菊(キク)の節句(セック)より前にあはし申すべしといへば」*浄瑠璃・用明天皇職人鑑〔1705〕
五節供(日本大百科全書(ニッポニカ))
1月7日の七草、3月3日の雛祭、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽の五つの節供をいう。これらの節日はいずれも中国伝来の要素がみられる。1月7日は中国で人日という。これは東方朔の占書に、正月1日に鶏を占い、2日には狗を占い、3日には羊を占い、4日には猪を占い、5日には牛を占い、6日には馬を占い
節供(句)(改訂新版・世界大百科事典)
年中行事を構成する日。年に何回かある重要な折りめのことで,基本的には神祭をする日である。迎えた神に神饌を供して侍座し,あとで神人共食することによってその霊力を身につけようとするもので,氏神祭や正月,盆も重要な節供といえよう。小豆粥を食べる正月15日を粥節供,あとで神人共食することによって
雛祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
毎年3月3日に雛人形を飾り、桃花や雛菓子を供えて、白酒で祝う習俗で、「桃の節供」ともいう。婦女子主体の祭りで、男子の五月節供と対置されてもいるが、雛人形主体の節供習俗の歴史は案外に新しい。江戸時代初頭(1630ころ)に宮廷や幕府で三月節供に雛人形にかかわる行事があった記録が現れ、やがて寛文年間(1661~73)以降に
端午(改訂新版・世界大百科事典)
中国にはじまり,朝鮮,日本でも行われる旧暦5月5日の節供。中国 蒲節,端節,浴蘭節などともいう。〈端〉は〈初〉の意味で,元来は月の最初の午の日をいった。十二支の寅を正月とする夏暦では,5月は午の月にあたり,〈午〉が〈五〉に通じることや陽数の重なりを重んじたことなどから,3世紀,魏・晋以後
重陽(改訂新版・世界大百科事典)
9月9日の節供。陽数(奇数)の極である9が月と日に重なることからいい,重九(ちようきゆう)ともいう。中国行事の渡来したもので,邪気を避け,寒さに向かっての無病息災,防寒の意味もあった。菊花宴ともいい,685年(天武14)を起源とするが,嵯峨天皇のときには,神泉苑に文人を召して詩を作り,宴が行われていることが見え
七草(改訂新版・世界大百科事典)
七種とも書き,春の七草と秋の七草がある。春の七草〈せり,なずな,ごぎょう,はこべら,ほとけのざ,すずな,すずしろ,これや七草〉とうたわれたように,これらを春の七草と称し,この,ごぎょうはハハコグサ,はこべらはハコベ,ほとけのざはタビラコ,すずなはカブ,すずしろは大根とされる。後世これらを七草粥にして正月7日に食べ
七夕(日本大百科全書(ニッポニカ))
7月7日あるいはその前夜の行事。本来は陰暦で行っていたが、現在は陽暦の7月7日に行う所が多い。東北地方などでは月遅れの8月7日に行っている。七夕は織女祭、星祭などともいい、中国伝来の行事と、日本古来の伝承、さらに盆行事の一環としての行事など、さまざまな要素が入り混じって今日に伝承されている
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