JKボイス お客様の声知識の泉へ
ジャパンナレッジを実際にご利用いただいているユーザーの方々に、その魅力や活用法をお聞きしました。
日国を使うにはわけがある!
2008年06月

JKボイス-日国を推挙する理由:ジャパンナレッジ 我が師我が友、日国オンライン

関根 健一さん
読売新聞東京本社用語委員会幹事

私にとって、日本国語大辞典は二つの顔を持っている。ひとつは、膨大な項目数、豊富な用例をもとに、どんな言葉も詳しく正確に解き明かしてくれる師匠としての顔だ。標準的な表記はどれですか。語釈の変遷を教えてください。いつから用いられているのでしょう――分からないことがあったら、四の五の言わず、とにかく日国先生に聞けばいい。
 ところが、最初の疑問が解決しても、しばしば新たな疑問が生まれる。語釈、用例を読んでいて、そこに登場する言い回しが気になりだす。言葉の森はいったん踏み込んだらなかなか抜け出せない。興味・関心の赴くままに読み進めていくうちに、師匠に教えを請うというよりは、気の置けない友と語り合うような気持ちになってくる。
 敬愛おくあたわざる師匠に無礼千万とは思いつつ、「なるほど、この語釈、最近よく耳にするあの言い方を認めたということだな」「うーん、なぜこの表記を先に出すか」などと、語りかけてしまう。そうこうしているうち、客観的な記述の行間に意外な個性が見えてきて、互いの距離が縮まったような感覚が訪れる。師匠から友の顔へ変わる瞬間だ。
 日国オンラインの配信が決まり、すぐに契約したのは、我が師我が友とより深く濃密なお付き合いをしたいと思ったからだ。師匠に手を引かれ、友と肩を組み、こちらの語からあちらの関連語へ、さらにそこから連想した語へ、散策としゃれこむのは楽しい。とはいえ、一冊厚さ5センチ弱、重さ2500グラムが十三冊だ。とっかえひっかえページを繰るのは少々体力が必要だった。
 「大食漢の女優」という言い方を耳にして、おやと思ったことがある。「○○漢」というときの「漢」は元来、「男」の意だからだ。さっそく引いてみたら、「大食漢」は「おおぐらいの男」、男性限定の語釈だった。「門外漢」になると、「その分野を専門としない人」と性別にはこだわっていない。では、「暴漢」「悪漢」は? 女性の「痴漢」はさすがに違和感があるけど、用例を見てみようか――と調べだしたら、8巻→13巻→11巻→1巻→8巻と、開いて閉じて、息が切れる、場所も取る。オンラインならキー操作だけ。複数画面を並べておいて比べるのも可能だ。後方一致検索を使ったら、ほかにもいろいろな「○○漢」が発見できた。
 「間髪を入れず」は「かん、はつを…」と区切って読むものだったが、「間髪」で一語のように意識され「かんぱつ」と発音する人も多い。オンラインは平仮名入力が原則だが、どの読みで採録しているか分からないので、ここは「間髪」と漢字で検索してみたらうまくヒット。別項に飛んで、「かんぱつ」と書かれた昭和初期の用例にも巡り合った。
 私は新聞で日本語についての小さなコラムを連載している。毎回、一語を取り上げ、「○○漢」や「間髪」のように、用法や意味の変化、揺れなどに注目して解説を加えるものだ。「昔はこんなふうに言わなかった。間違いでは」という読者の疑問にこたえることも多いが、改めて日国を引いて、意外に古くから使われているのが分かり、驚くことも少なくない。「幸先が悪い」は江戸時代の歌舞伎・浄瑠璃に見える。織田作之助は「押しも押されぬ」、小林多喜二は「鳥膚が立つ程興奮」と書いていた。
 見出しだけでなく、全文が検索できるところがオンラインの最大の強みだ。「幸先が悪い」の用例は「幸先」以外の項目でも見つかった。「旗幟鮮明」の用例は徳富蘇峰だが、「旗幟」と「旗色」を混同したと見られる「旗色の鮮明」が別の項目に。こちらは徳富蘆花の文章だった。
 検索の対象は、語釈の文章にも及ぶ。これが興味深い。現在、揺れている語法のひとつに「すべき/するべき」がある。「べき」は文語の助動詞「べし」の連体形だから、本来は「すべき」とすべきなのだろうが、語感の硬い「すべき」よりも、口語調で柔らかい「するべき」も悪くないと感じていた。「すべき事」「するべき事」で全文検索してみたら、用例だけでなく、語釈の文中でも、「するべき事がないこと」といった言い方が使われている個所があった。「するべき」を誤りとするべきではない証拠のひとつと、意を強くした。
 外国語がもとになっている意識が希薄になっているためか、「サボる」は全部を平仮名書きした表記も見かける。用例でも「さぼっていた」というのが採られている。さらに全文検索すると、方言の「ずぼる」「ねれける」の項目の語釈で「さぼる」が使用されていた。
 師匠の言葉尻をとらえて面白がるとはけしからん、としかられるかもしれない。しかし、日本国語大辞典の語釈本文自体、現代日本語の生きた貴重な用例だ。そこは、友としての付き合いに免じて、活用させていただければありがたい、などと勝手なことを言いながら、今日もまた、日国の深い森の中へ入って行くのである。

プロフィール:

群馬県前橋市生まれ。読売新聞東京本社用語委員会幹事。日本新聞協会用語懇談会委員。国立国語研究所「病院の言葉」委員会委員。
読売新聞解説面で「日本語 日めくり」を連載中。CS放送・日テレG+「なるほど日本語」に出演中(映像は読売オンラインにアップされています)
著書に「ちびまる子ちゃんの敬語教室」(集英社)、「笑う敬語術」(勁草書房)など。