JKボイス お客様の声知識の泉へ
ジャパンナレッジを実際にご利用いただいているユーザーの方々に、その魅力や活用法をお聞きしました。
日国を使うにはわけがある!
2008年04月

JKボイス-日国を推挙する理由:ジャパンナレッジ ウェブを使った知識表現の理想形を見る

高野明彦さん
国立情報学研究所教授

文学者でなく、日本語の専門家でもない私だが、一応、紙の『日本国語大辞典』(以下、『日国』)は書棚の飾りとして並べている。しかし、仕事で使うことはほとんどない。私は大学で数学を学び、その後は長くプログラミング言語という計算機のための人工言語を研究してきたが、12年ほど前から「連想の情報学」を追究している。ウェブの登場を目の当たりにして、これからは計算機で文章の文脈を扱うことが最も重要な応用になると直感して、以来ずっとこのテーマを追いかけている。そんな私が、なぜか「日国オンライン」に魅せられて、毎日のように使っている。

ウェブの登場から15年が経ち、グーグルやヤフーなどのウェブ検索は我々の知的生活に欠かせないツールになった感がある。どんな言葉や言葉の欠片を投げ入れても、それを含む何千何万何百万というページを世界中から瞬時に集めてくる。その量とスピードの魅力は圧倒的で、自分が急に博覧強記のインテリに変身したと錯覚するほどであるが、もちろん、そんな奇跡は起きていない。私の頭の中は相変わらずお粗末で、集められたページ群もまとまりのないゴミ山のような情報であることが多い。このままでは、逆に毎日使っている我々の頭の中にゴミの山ができそうな気分にすらなる。ウェブによって世界中の知識が引用参照関係のハイパーリンクで相互に結合され、数百万冊の書物を媒介として伝えられてきた知識全体が、1巻の電子的な書物として再生するという夢は叶いそうにない。

そんなウェブの現状に失望し始めていた私にとって、 「日国オンライン」の登場は大きな衝撃だった。日本語の誕生から現代までを網羅する50万語を抽出し、個々の言葉の使用の歴史を100万件の用例を示して証拠付けるという方法は、まさにウェブが目指して未だ果たせていない理想的な知識表現の形である。逆にいえば、上代以来の日本語の歴史をバランスよく映す100万件の用例を対象に、意味をもつすべての言葉50万語でキーワード検索した結果を集めて整理したものが『日国』だと考えることもできる。40年前の初版企画以来、生き生きとした用例を吟味して収集しつづけてきた『日国』の編集哲学は、日本語という現象を文脈とともに記録して、世代や時代を超えて伝えるために実に有効である。そんなウェブの理想的なモデルともいうべき『日国』が、丸ごとウェブ上で利用できるようになった意義は大きい。

我々が今取り組んでいる「想・IMAGINE」というシステムは、特徴のある信頼できる情報源を並べて、それらを言葉の重なりで関連づけて、互いに他を分類するのだが、これは『日国』の思想を他の情報源へと一歩ずつ拡げようとしていることなのだと気づかされる。今日も「日国オンライン」を「連想」で全文検索して、夏目漱石や石川啄木、谷崎潤一郎や辻邦生の連想を眺めてみる。ウェブ全体がこれほど清澄な知識空間に生まれ変わる日は当分来ないだろうが、それでも夢を捨てずにいたいと思う。