JKボイス お客様の声知識の泉へ
ジャパンナレッジを実際にご利用いただいているユーザーの方々に、その魅力や活用法をお聞きしました。
日国を使うにはわけがある!
2007年08月

JKボイス-日国を推挙する理由:ジャパンナレッジ 「日国オンライン」を読む楽しみ

柏木 博さん
デザイン評論家

ひょっとすると、わたしは辞書マニアかもしれない。電子辞書だけでも、すでに5台も購入している。鞄に電子辞書を入れ忘れた時などは、なんとなく落ち着かない。電子辞書がつくられる以前は、書籍の辞書を持ち歩いていた。

しかし、5台程度の電子辞書では、ハードな辞書マニアとは言えないのかもしれない。なにしろ、30年来つきあいのある友人などは、若いときに、本棚を辞書でいっぱいにしようと思っているなどと言っていた。はたしてそれが実現したのかどうか、いまだに確かめたことはないのだが。

原稿を書くときは、もちろん国語辞典を傍らに置いている。原稿の精度を上げるには、やはり辞書が必需品だ。パソコンを使うようになって、10年ほどたって電子辞書が出たように記憶する。そこで、パソコンのそばに電子辞書を置くようになった。そして、ついにオンラインの国語辞典である。原稿の画面とすぐに切り替えて確認することができる。

ところで、国語辞典は、原稿を書くための道具というだけではなく、じつのところそれを読む楽しみを与えてくれる書物でもある。オンラインの『日本国語大辞典』(「日国オンライン」)をあちこち拾い読みしてみた。デザイン史を専門にしているので、まずはその関連項目を検索してみる。

たとえば「図案」を検索してみると、「意匠や考案を表現した図」といった説明とともに、児童文学の『赤い鳥』で知られる鈴木三重吉、あるいは寺田寅彦、安部公房らの文章が紹介されている。短いセンテンスだけれど、これが想像をかき立てて面白い。また、言葉がいわゆるレイヤーとなっている構造も、なるほどと思わせる。

次に、こんな言葉はまさか載せてはいないだろうと思って、「便化(べんか)」という言葉を検索してみる。なんと載っているではないか。「様式化すること」とある。そう、明治期には、図案を様式化する場合、それを「便化」と言ったのである。これは、電子辞書に入っている有名な国語辞典にも収録されてはいない。

では、「装飾」はどうだろうか。「美しくみえるようにさまざまな加工を加えること」いった説明がある。その下に、「装飾音」「装飾家」などの言葉が並ぶ。そこで、「装飾家」をクリックしてみた。正直なところ、少々驚いた。文芸家の辻邦生の文章が紹介されているのはわかるが、なんと、森谷延雄(もりやのぶお)の『これからの室内装飾』からの文章が引用されているのだ。

男性ファッション雑誌などで、デザイン流行の昨今ではあるけれども、森谷延雄の名前を知る人は、男性ファッション雑誌の読者に、はたしてどれほどいるだろうか。日本のモダンデザイン史の研究者くらいにしか、いまだ知られていない名前である。1920年代に「ねむり姫の部屋」といった、とても愛らしく、そして詩的な室内デザインを手がけたデザイナーだ。天才デザイナーだと、わたしは思っている。そんな森谷の文章が出てくるとは想像すらしていなかった。この項目は、誰が書いたのか。少し時間をかけて、この「日国オンライン」のあちこちを読み込んで、この項目を書いた人が誰なのかを推理したいと思っている。こうしたことが、国語辞典を読む楽しみのひとつでもある。