JKボイス お客様の声知識の泉へ
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2007年07月

JKボイス-セミナーレポート:ジャパンナレッジ カリスマ図書館員に訊け!
百科事典の使い方~「調べる道具」から「発想するために使う道具」に~

井上 真琴さん
(いのうえまこと)
同志社大学総合情報センター勤務、同大学嘱託講師
同志社大学総合情報センターに勤務するかたわら、同大学で学術情報利用教育論の講師を務める井上真琴さん。その講義の中で、実際にどのように「ジャパンナレッジ」を利用しているのか、「図書新聞」第2826号に掲載されたインタビューから一部を掲載し、百科事典を使った学術情報探索の興味深い方法を紹介します。

──レファレンスの対応は多いのでしょうか?
井上 私の勤務する図書館では、件数は減りつつあります。ついこの間まで年間約二万五千件くらいありましたが、現在は一万五千件ほどです。インターネットで済んでしまうことも増えてきていますから、簡単なものは聞きにこなくてもよくなってきているのでしょう。それだけに、今後は簡単には済まない、より高度な質問が増えていくでしょうね。

──更にプラスアルファが重要になってきます。
井上 入手した情報を、単なる断片情報のまま佇ませるのではなく、利用者が調べたい文脈の中に情報を織り込み、位置づける補助をする。そういったリサーチ・コンサルタント的な仕事に今後はなっていくかもしれません。ですから図書館員は、レファレンスブックが刊行されれば、いったい何がどう使えるのか、他のどのようなレファレンスブックと併用すれば有益かをすごく意識してチェックしています。もちろん、レファレンスブックだけでなく、インターネット情報も目配りしています。巨大で、無秩序な、定義なき百科事典データベース、つまり一つのレファレンスブックだと思って使っているわけです。

──調べるための補助の一つといった捉え方をされているわけですね。
井上 レファレンスブックの利用で大切なことは、“知らないことを調べる”道具から、“発想するために使う”道具にしてしまうことです。知らない事項を確認するためだけにレファレンスブックを使っている方もいらっしゃいますが、もう一歩突っ込んで、ものごとの関係を発見する道具にしたい。「あっ、そうか。この事項とあの事項はこんなふうに結びつけられるんだ」と、関係を紡ぎ出す道具として非常に重要なのです。

 近頃、定評のある百科事典は、契約データベースとしてインターネットで検索できます。私が教える講義では、小学館の『日本大百科全書』を含む「JapanKnowledge」を実習に使ってこのことを説明します。例えば、樋口一葉の調査で、このデータベースを学生に検索させると、多くの受講生は「見出し項目」で樋口一葉を検索し、伝記的概要を知ることで満足して終わってしまう。とにかく知らなかったことが理解できたわけです。しかし、これだけでは学術情報利用の初歩には至っていない。樋口一葉を樋口一葉として知るだけなら、誰にでもできる。
 「『見出し項目』だけを対象にするのではなく、全文検索で検索してみるんだ。百科事典の全記述の中で、〈樋口一葉〉というキーワードが現れる項目を洗い出せ。そうすると違ったものが見えてくる」というのです。データベースの『日本大百科全書』では、〈井原西鶴〉〈貨幣〉〈新派劇〉〈コミックス〉〈手紙〉〈同人雑誌〉など、多くの項目に〈樋口一葉〉という言葉が含まれることがわかります。ここに至って学生さんをこづくわけです。「百科事典の〈貨幣〉の項目に何で樋口一葉がヒットすると思う? 予測がつくだろ?」。しばらくして、「五千円札と関係があるかも」と返答があります。「じゃあ、井原西鶴はどうなんだ!」と別の学生さんに凄みます。「ひょっとして、井原西鶴の文学が樋口一葉に影響しているんでしょうか……」と自信なさげに答えます。〈井原西鶴〉の項をクリックしてデータベース画面を確認すると、「西鶴の文学は近代の作家たちにもさまざまな影響を与え続ける。(略)樋口一葉も『大つごもり』(一八九四)、『たけくらべ』(一八九五)に西鶴調を生かした」とあります。そうすると樋口一葉をテーマにしたレポートの課題が出されても、国文学系雑誌記事などで更に調べて、「一葉における西鶴の影響」という切り口で文章を書くことが可能になってくる。

──レファレンスとレファレンスブックの重要性がよく理解できます。
井上 私なら、新聞社から樋口一葉についてエッセーを何回か連載してみないかと誘われたら、この百科事典の全文検索結果から、すぐに引き受けてしまうなあと豪語します(笑)。実際に大切なのはそういった関係を見ていくことであり、レファレンスブックを関係を紡ぎ出すための道具にすることです。
 学生たちに教えていると、この回の講義が一番どよめきます。百科事典という限定された世界ですが、関連項目を検索したり、全文検索をしてものごとの関係を見ることは、対象を捉えるための重要な方法の一つなんです。
 ピンポイントで調べたいことに辿り着くだけでなく、こうなんだろうか、ああなんだろうかと考えることが関係性を発見する能力の幅をつくります。そのためには何か工夫した装置が必要です。ものごとの間の関係を炙りだし、可視化してくれる装置がレファレンスブックなのではないかと考えています。
 結局それらを利用していて感じることは、索引の重要性です。ものごとを関係づけるために、どんなふうに編集して索引をつけるか。索引による事象の結びつけが、編集する側の世界観や思想を表しているともいえますね。その世界観や思想を読み解きながら利用する、そこが醍醐味でもあります。
 話は逸れますが、検索エンジンの場合でも、インターネット上の情報群に対して機械的に情報の結び目を生成し、索引をつけているわけですね。その意味で、先ごろ来日したグーグルCEOのエリック・シュミット氏がその目指すところを訊かれ、「最終的に目指すのは情報集めの検索ではなく、情報の意味を本当に理解できるようなサービスです」(「朝日新聞」二〇〇七年五月五日)と答えていたのは実に印象的でした。意味を理解するには、索引づけやリンク解析をして、情報間の関係性が見えなければなりませんから。
 私は自宅に索引類をたくさん持っていて、休日は、全集や百科事典、講座やシリーズものの総目次・索引巻などをパラパラと見て楽しんでいます。多くの図書館員は日常に似たようなことをしているはずですよ。

(「図書新聞」第2826号 2007年6月23日 より抜粋)