──レファレンスの対応は多いのでしょうか?
井上 私の勤務する図書館では、件数は減りつつあります。ついこの間まで年間約二万五千件くらいありましたが、現在は一万五千件ほどです。インターネットで済んでしまうことも増えてきていますから、簡単なものは聞きにこなくてもよくなってきているのでしょう。それだけに、今後は簡単には済まない、より高度な質問が増えていくでしょうね。
──更にプラスアルファが重要になってきます。
井上 入手した情報を、単なる断片情報のまま佇ませるのではなく、利用者が調べたい文脈の中に情報を織り込み、位置づける補助をする。そういったリサーチ・コンサルタント的な仕事に今後はなっていくかもしれません。ですから図書館員は、レファレンスブックが刊行されれば、いったい何がどう使えるのか、他のどのようなレファレンスブックと併用すれば有益かをすごく意識してチェックしています。もちろん、レファレンスブックだけでなく、インターネット情報も目配りしています。巨大で、無秩序な、定義なき百科事典データベース、つまり一つのレファレンスブックだと思って使っているわけです。
──調べるための補助の一つといった捉え方をされているわけですね。
井上 レファレンスブックの利用で大切なことは、“知らないことを調べる”道具から、“発想するために使う”道具にしてしまうことです。知らない事項を確認するためだけにレファレンスブックを使っている方もいらっしゃいますが、もう一歩突っ込んで、ものごとの関係を発見する道具にしたい。「あっ、そうか。この事項とあの事項はこんなふうに結びつけられるんだ」と、関係を紡ぎ出す道具として非常に重要なのです。
──レファレンスとレファレンスブックの重要性がよく理解できます。
井上 私なら、新聞社から樋口一葉についてエッセーを何回か連載してみないかと誘われたら、この百科事典の全文検索結果から、すぐに引き受けてしまうなあと豪語します(笑)。実際に大切なのはそういった関係を見ていくことであり、レファレンスブックを関係を紡ぎ出すための道具にすることです。
学生たちに教えていると、この回の講義が一番どよめきます。百科事典という限定された世界ですが、関連項目を検索したり、全文検索をしてものごとの関係を見ることは、対象を捉えるための重要な方法の一つなんです。
ピンポイントで調べたいことに辿り着くだけでなく、こうなんだろうか、ああなんだろうかと考えることが関係性を発見する能力の幅をつくります。そのためには何か工夫した装置が必要です。ものごとの間の関係を炙りだし、可視化してくれる装置がレファレンスブックなのではないかと考えています。
結局それらを利用していて感じることは、索引の重要性です。ものごとを関係づけるために、どんなふうに編集して索引をつけるか。索引による事象の結びつけが、編集する側の世界観や思想を表しているともいえますね。その世界観や思想を読み解きながら利用する、そこが醍醐味でもあります。
話は逸れますが、検索エンジンの場合でも、インターネット上の情報群に対して機械的に情報の結び目を生成し、索引をつけているわけですね。その意味で、先ごろ来日したグーグルCEOのエリック・シュミット氏がその目指すところを訊かれ、「最終的に目指すのは情報集めの検索ではなく、情報の意味を本当に理解できるようなサービスです」(「朝日新聞」二〇〇七年五月五日)と答えていたのは実に印象的でした。意味を理解するには、索引づけやリンク解析をして、情報間の関係性が見えなければなりませんから。
私は自宅に索引類をたくさん持っていて、休日は、全集や百科事典、講座やシリーズものの総目次・索引巻などをパラパラと見て楽しんでいます。多くの図書館員は日常に似たようなことをしているはずですよ。