『図書館に訊け!』は、図書館利用者の立場から書いた本です。本書執筆の際、出版社の編集の方から言われたのが、「図書館を利用して、そこにある情報や資料を点でも線でもなく「面」として立ち上げることを見せてほしい」ということでした。単に資料を読んでその内容や注から次の資料に導かれるだけなら、点から線になっただけです。ところが、複数の資料を組み合わせて新たな知見を得れば、それは面となるといってよいでしょう。これは後ほど辞典を例に説明します。
私は大学事務職員であり、図書館専門職専属の人間ではありませんが、図書館利用歴は長く、小学校2年生の頃から学校図書館に毎日通っていました。いわゆる歴史本、平安時代の『保元・平治物語』や明治の日露戦争と乃木将軍を描いた物語本などを読み耽り、歴史の勉強を志したのもこの頃です。図書館利用とは、最初はあくまで読書を楽しむためでしたが、利用目的が変わったのは、高校生になってからです。私の高校では、現在でいうところの「総合学習」のような授業が多く、この頃から自主的に「調べもの」をするために、図書館を利用するようになりました。先生の指示で、「家永三郎教科書裁判」や当時勃発した「韓国光州事件」について、『世界』を初めとする総合雑誌や新聞の記事等比較調査してレポートさせられていました。これが大きな変化だと思っています。私にとって、図書館は、「読むところ」から「調べるところ」となったのです。私は1991年から4年間レファレンスを担当し、そのシステム構築の仕事に従事して、1998年から最近まで同志社大学の図書館で資料選択に携わる仕事をしてきました。ここ数年、利用者が調べものをするときの姿勢が大きく変わったことを日々痛感している一方で、図書館側のレファレンスの質は低下しているように思います。学生からの質問に対し、職員が的確に答えを導くことができないことが多々あるからです。
ある時、私の元に「美容としてのダイエットが日本に定着したのはいつごろか?」を調査している学生がやって来ました。この学生は大変熱心に勉強していて、歴代『広辞苑』(岩波書店)を調べ、第4版(1991)の「ダイエット」に、初めて「美容」というキーワードがあるということを調べ上げ、「この先の調査をどう進めたらよいのか?」という相談にきたわけです。そこで私は、『日本国語大辞典』(小学館)を薦めました。ちなみに、日本最大の国語辞典である『日本国語大辞典』は、その言葉の使われた用例の探せる限りでの一番古い掲載例が記されており、多くの作家や研究者にとって、なくてはならない存在です。調べてみると、作家・中島梓の著書『にんげん動物園』(1981年)の用例が、「美容としてのダイエット」を示すものとしてあげられていることが分かりました。
このように歴代『広辞苑』と『日本国語辞典』を組み合わせれば、1980年代が「美容としてのダイエット」の定着時期ではないかという仮説が生れてくるでしょう? これは図書館だからこそ可能なのであって、個人の家で同様の調査が可能とは思われません。歴代の『広辞苑』や『日本国語大辞典』の初版・二版を個人的に揃えておられる方はまれでしょうから。
図書館の機能は、
ということが最大の特徴です。単体辞典の情報から複数の辞書を組み合わせて、情報が面となって現れてくるのに気付いていただけるでしょうか。
図書館で調べものをする場合は、実際にその図書館に置いてある数々の資料、そして、近年欠かすことのできないインターネット検索など、様々なメディアを多角的に駆使しながら調査することが必要です。その際、公共的知識の提供の場として、みなさんが典拠として引用できるような、社会性のある情報を使えるように用意しておく、またそれらを見つけ出しやすいように、工夫して整理しているのが「使える図書館」であると私は考えています。
余談になりますが、先ほどお話した『日本国語大辞典』には、「日国友の会」というものがあり、登録した方が発見した用例をオンラインで報告できる仕組みがあります。インターネットを道具として編集作業に役立てているわけです。ちなみにこの中に、「ダイエット」は、『にんげん動物園』よりも以前、1934年にハリウッド女優の痩せるためのダイエットの記事があったとの情報もありました。これは突発的な初期の用例といえましょう。
後編は以下のリンクよりご覧いただけます。
2006年4月のJK Voice:第7回 図書館総合展フォーラム 講演
「ネット時代の図書館 ~『図書館に訊け!』に書けなかったこと」<後編>