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2007年12月

JKボイス-セミナーレポート:ジャパンナレッジ 「どうなるこれからの図書館」
~生き残りのカギは“想像力”と“編集力”~PART2

井上 真琴さん
(いのうえまこと)
同志社大学図書館員
去る2007年11月7日、第9回図書館総合展にて行われたネットアドバンス主催のパネルディスカッション。そのアフターレポート第2弾をお送りいたします。
JK Voiceでも、すでに常連とも言うべき、井上真琴さんの登場です。現代の大学図書館が抱える問題に対して実例を挙げて解説していただくと共に、司書に必要な3つの能力についても言及されています。
2007年11月7日(水)
会場:パシフィコ横浜(神奈川県)
講師:大串夏身(昭和女子大学教授)
       井上真琴(同志社大学職員・講師)
       登紀子Yバゼル(ハワイ大学マノア校日本研究専門司書)
主催:株式会社ネットアドバンス
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変わる授業 変わるレファレンス

 私の勤める同志社大学には、学生が約2万5000人在籍しており、そのうち約10%が大学院生です。この規模の大学図書館は現在どのようなことで悩んでいるのか、そして、どのように変わりつつあるのかを紹介させていただきます。
 今まで大学図書館は、資料・情報の提供を中心に学生の学習支援をしてきましたが、これからは課題解決のための方法を提案するような形でも支援していかねばならない、との実感があります。これは、授業内容がコミュニケーション・スキルやコラボレーション・スキル、マネジメント・スキルを重視したものになってきていることに起因します。学生のレファレンス質問も「○○はありますか?」から「これはいったい、どうしたらいいでしょうか?」という風に変わりつつあるのです。
 この状況下で図書館司書は、どのような「力」を培っていかねばならないのか、日ごろ感じていることなど、順を追ってお話ししましょう。

 本学では、従来の「教え込み型」授業から「プロジェクト型」授業へとシフトを移しつつあります。数年前から文部科学省から現代GP(Good Practice)(脚注)の仕組みと採択が提示されていますが、個性的な教育には補助金が支給されることもあり、各校で先を争っていろいろな教育改革を試みています。
 同志社大学でも多くの教育プログラムがGPに採択されていますが、そのなかに「プロジェクト主義教育による人材育成」があります。特定の課題を解決するために、目標を設定して、自分たちでプロジェクトを遂行していく。議論を重ねるなかで、プレゼンテーションをしたり仕様書を書いたりして、コミュニケーション能力やコラボレーション能力、マネジメント能力を培う。こうした実践型の講義が設置されています。
 例えば、株式会社ニコンの方に嘱託講師として科目を担当いただき、「次世代モバイルプレーヤーの商品企画及び商品具現化」というプロジェクトを立ち上げ、商品開発に挑戦する科目もあります。
 また、「誰にもやさしい喫茶店をいっしょに作ろう!」という科目では、福祉の先生をお招きして、引きこもりや子育てなど様々な問題を抱える方々が集まれる喫茶店を立ち上げる企画を通じて、地域コミュニティの可能性を探っています。

 こうした科目では当然、グループワークも多くなります。そこで、学生たちの能力をもっと活かすために、プロジェクト科目群では教育用に独自開発したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の提供を来春から始める予定です(2007年11月7日現在)。このSNSでは、それぞれのコミュニティを科目担当者が管理し、適切な情報流通が行われるようにするとともに、登録学生に議論と連携の場を提供するものです。mixiの学生への浸透ぶりは凄いものがありますから、きっと驚くような展開が生じるでしょう。企業やNPOからこられる嘱託講師の先生方もSNSの中で指導や意見交換をすることになります。図書館も今後このSNSのメンバーに登録し、各コミュニティのメンバーが必要とする資料を紹介したり、プロジェクトの遂行に適った資料・情報の利用法を提案するといった情報発信が求められるはずです。
 このように、ただ単に授業を聴いて、ノートに書き取って、記憶して、という従来の受講型教育からの離陸が始まっているのです。

 以上のような変化があれば、当然レファレンス質問の内容も変わってきます。
 レファレンス質問の件数自体は年々減っております。私の勤務するキャンパスでは、2003年度には2万5000件であったものが、2007年度は1万件に届かないであろうと予測しています。特に所蔵調査は激減しています。これに対して、事項調査は決して減ってはいない。そして内容的にはむしろ、即答できるような簡易なものではなく、時間をかけて相談に乗らねばならない高度な質問が増えていることを実感します。

 このあたりをご理解いただくための実例をご紹介しましょう。
 ある学生が、北陸地方で妙見菩薩の信仰がどの程度浸透していたかを調べたい、と相談をしてきました。そもそも北陸圏に妙見信仰があったのかもわからない。もし信仰の存在と概要が確認できれば、自分のレポート作成に活かしたいという話でした。
 早速、部下が文献を調べたのですが、そのことに言及した文献が見つからないという報告が戻ってきました。そして、先にも述べました「文献がありますか」から「ないなら、どうしたらいいでしょうか?」の領域に入り込んだわけです。
 私にいわせれば、該当する文献がないなら自力で分布や浸透度を調査すればよいだけの話です。「あるもの探し」から「ないもの造り」をすればよい。だから、地蔵信仰や羅漢信仰など「類似の主題を扱った文献」を分析して、先行文献でどのような“方法”を使って調査しているのかを調べるように指示を出しました。方法がわかれば、自分で資料や情報を探して、組み立てていけるはずです。
 例えば「日本歴史地名大系」に代表されるような地名事典データベースを検索し、北陸圏に絞って分布図やグラフにまとめる。神仏が合祀されている場合もあるので、「全国神社名鑑」もチェックする。また地元の教育委員会や文化財保護課が、妙見菩薩の仏像の悉皆調査をしてリストアップしている可能性もある。お守り札に刷り込まれた妙見菩薩があれば、その分布を調査する、といった発想ができるはずです。
 このように情報源の紹介だけでなく、段階的に調査方法の紹介指導も含めて対応しなければならない事例が多くなってきました。以前は情報源紹介が中心でしたが、最近はインターネットなどを使って容易に情報が見つけられますから、複数の情報を如何に組み合わせ、どのように関係づければ新しい事実を発見できるかを指導することが重要です。

 専門的領域になりますと、私たちの覚えた図書館スキルとそこからの発想だけではレファレンスに対応できなくなってきました。そこで昨年からは、民間のマーケティング調査機関の方々や、インターネット検索エンジンの専門家を講師にお迎えして、「プロが教える」シリーズという講習会を学生と図書館員を対象に開催しております。

 例えば、土用の丑の日に、どれだけウナギが売れているか?という学生の質問に対して、普通ですと「日本養殖新聞」や養殖協会の情報を調べ、出荷量などがわかればいいなと、私などは短絡的に発想してしまいます。
 これを民間調査機関から呼んだ講師に相談してみると、家計調査を調べてみることを推奨してくれます。生産者側からだけでなく、消費者側からも見ていく視点を紹介いただけました。家計調査は各世帯の収入・支出などを1日単位に調査した統計ですね。総務省統計局が行っているものですが、調べてみると土用の丑の日には平日よりも十倍以上の金額がウナギに支出されている事実が分かりました。このように、多分野のプロフェッショナルが持っているスキルと、図書館で培ってきたスキルを融合させながら、レファレンスを行っているのです。

3つの司書力

 ではこうした状況下で、私たちはどのような能力を身につけていけばいいのでしょう。「司書力」とでも言うべきものかもしれませんが、3つに大別できるかと思います。

1つ目は「ツールを使う基本的能力」。
ツールは知っているのだが、本当にそれを上手に使いこなせているか?

2つ目は「情報評価能力」。
どのようにすれば、その情報が正しい、あるいは蓋然性が高いとの評価できるか? 評価の根拠をどこにおくのか?

3つ目は「情報関連づけ能力」。
数多ある情報を結びつけて、関係性を認識することができるか?

 以上は、司書力の核心ともいえるものですが、まだまだ身についていないというのを日頃から実感しております。
 その実例を挙げていきましょう。

 まず「ツールを使う基本能力」です。 2007年9月に日本資料専門家欧州協会(EAJRS)の年大会がローマで開催されましたが、そこで「日国オンライン」が紹介されました。「甘い」という単語を実際に検索し、いつ頃から「甘い」という言葉が使われているのか、用例を調べるデモでした。その結果、(日本)書紀〔720〕景行四〇年(北野本訓)「甘(アマク)味はひを食(みをしし)たまはじ」と出てきました。
 この時、周囲の司書の方々からは、「ああ、奈良時代から『あまい』って言ってるんだ」という声が漏れ聴こえました。しかしこれは、大きな認識違いなのです。『日本書紀』の720年という年代だけを見て奈良時代と判断し、その傍らにある「北野本訓」に注目していない。これは平安時代に貴族を対象にした『日本書紀』の購読会があった際につけられた訓読なのです。少なくとも、北野本が書写された(と思われる)11世紀以降の訓み、つまり平安時代の訓読としか言えないでしょう。会場で私の隣に座られていた古代史専攻の先生からは、「図書館員って、これで大丈夫なのですか?」と囁くように指摘を受けてしまいました。
 「日国オンライン」は、たしかに用例は簡単に検索できて便利です。しかし用例の典拠に戻ることを意識しているか、またツールの仕組みを理解して使いこなせる能力が備わっているのか。日本研究の「サブジェクト・ライブラリアン」ですら、問われているのです。

 次に「情報評価能力」です。
 夏目漱石が正岡子規に宛てた明治30年4月23日の書簡を読んでおりますと、漱石が司書を志したことがあったらしいことが分かりました。
 漱石夫人の父である中根さんという人を通じて、「帝国図書館というものができるらしいが、私をそちらに斡旋してくれないか」と相談していたらしいのです。中根さんが、大久保利通の息子で、当時文部次官だった牧野伸顕に依頼したところ、「帝国図書館をつくるのは夢のような話だ」と返答があったらしい。当時は日露戦争の戦費調達準備などで余分な資金が無く、帝国図書館など簡単にできそうもない状況だったのでしょう。
 非常に面白いエピソードですので、私は論文に引用しようと思いました。そこで、書簡だけではなく、当時の牧野伸顕の動きも部下に調査してもらいました。「複数資料を調べる」のが鉄則ですので、部下はいくつかの資料にあたったようです。最も信頼できそうな「牧野伸顕日記」「国史大辞典」を調べた結果、「牧野伸顕日記」の年譜には明治29年5月29日にイタリア公使に着任しているとあり、「国史大辞典」には、明治30年となっている。どちらの事実を採るべきかとの話になりました。もし明治29年であれば、漱石は1年前のことを「近頃依頼したがダメだった」と正岡子規に書き送っていることになります。
 これは、どちらが正しい、どちらを選ぶ、といった次元の問題ではありません。どちらのツールも間違っている可能性もある。では、どうすればよいか。牧野伸顕がイタリア公使になったというのならば、必ず公文書があるはずです。その公文書こそが、この時の事実を証明する最大の根拠であり、それと符合しない限り証明できません。
 部下は「はっ」と気づき、今度は国立公文書館のアーカイブデータベースを調べ、公使就任が30年であったことを突き止めました。しかし、実はデータベースも信じてはいけないのです(笑)。データベースには入力ミスが多いですからね。見つけてはベンダーさんに送付するのですが。ですからその公文書の原本である、この場合だったら「公文雑纂」のマイクロフィルムから出力したコピーを届けてもらわなければ、最終証明にはならないでしょう。事実を証明する典拠は何かを見極める能力がないと何も始まりません。

 最後に「情報関連づけ能力」です。
 この例は私が担当している授業の課題にしているものですが、「JapanKnowledge」の『日本大百科全書』を使って、「樋口一葉」を調べさせてみるのです。すると学生は、見出し検索だけで済ませてしまう。樋口一葉はこういう人であったかと。しかし、樋口一葉を樋口一葉として調べるだけなら誰にでもできることです。
 ここで、学生には全文検索をさせることになります。「樋口一葉」で全文検索してみると、「貨幣」、「井原西鶴」、「コミックス」、「手紙」という項目でも記述されていることがわかります。「貨幣」は五千円札に関係があるのか。樋口一葉は「手紙」の名手であったのか。想像は膨らみますよね。「井原西鶴」の項目記述を見ますと、「樋口一葉も『大つごもり』(1894)、『たけくらべ』(1895)に西鶴調を生かした」という一文が発見できるわけです。これを手がかりに関係論文を探せば、「樋口一葉の文体における西鶴の影響」といった4000字のレポートなどすぐに書けてしまうぞ、と説明します。
 つまり、「情報そのものの発見」よりも他の情報との「関係の発見」がなければ何も展開できない。複数の項目同士の間にいかにして関係を透視し、構造化していくのかを知っていることが大切なのです。

 様々な実例を挙げて、お話しさせていただきましたが、図書館スキルの範囲だけで全ての調べが完了するというものではありません。実際の図書館の資料にプラスして、外部の資料も視野に入れ、図書館外の専門家の方法も参照して融合して使っていく。そうして、現前の利用者の抱える課題に対し、このように使えば解決できませんかと提案する。今後のレファレンスはコンサルテーション型の仕事に移行していくのではないかと日々感じているのです。

>>次回へつづく

脚注:現代GP(Good Practice)

「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」。2003 年(平成 15)に文部科学省が導入した大学教育改革支援。各種審議会からの提言など、社会的要請の強い政策課題に対応したテーマを掲げ、それに対して各大学機関から応募されてきた教育プロジェクトの中から優れたものを選定し、財政支援を行うことで、高等教育の活性化促進を目的とする。


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