「古くは」の意味するところ
Series13-1
『日本国語大辞典』をみていると、見出しの後に「古くは~」と記されていることがあることに気づく。見出し「かがやく」を示す。
かがやく【輝・耀】
【一】〔自カ五(四)〕
(古くは「かかやく」)
(1)まぶしいほど四方に光を発する。きらきらと美しく光る。また、つややかな美しさを発する。
*西大寺本金光明最勝王経平安初期点〔830頃〕二「妙頗黎の網のごとくして暎(カカヤケ)る金の躯をば」
*新撰字鏡〔898~901頃〕「灼々 花盛之㒵 光明也 弖留 又加々也久」
*源氏物語〔1001~14頃〕浮舟「山は鏡をかけたるやうにきらきらと夕日にかかやきたるに」
*元亀本運歩色葉集〔1571〕「赫奕 カガヤク 光明」
*天草本伊曾保物語〔1593〕烏と狐の事「スグレテ ケタカイ カラスドノ ゴヘンノ ツバサノ クロウ cacayaquua (カカヤクワ)」
*仮名草子・尤双紙〔1632〕上・三「高きもののしなじな 日本にては、雲ゐにかかやく高き屋」
*書言字考節用集〔1717〕八「熠燿 カカヤク〈略〉暉 同 輝。煇並同 耀 同」
*和英語林集成(初版)〔1867〕「ヒガkagayaku (カガヤク)」(略)
(4)(希望などがあって)明るさがあふれる。(名誉や地位などを得て)はなばなしく感じられる。
*浮雲〔1887~89〕〈二葉亭四迷〉三・一九「よし思ったところで、華やかな、耀(カガヤ)いた未来の外は夢にも想像に浮ぶまい」
*早稲田大学校歌〔1907〕〈相馬御風〉「現世を忘れぬ久遠の理想 かがやくわれらが行手を見よや」
*妄想〔1911〕〈森鴎外〉「これまでの洋行帰りは、希望に耀(カガヤ)く顔をして」(略)
*連環記〔1940〕〈幸田露伴〉「此の定基が三十歳、〈略〉耀(カガヤ)ける家柄をも離れ、木の端、竹の片(きれ)のやうな青道心になって、寂心の許に走り」(略)
カヤク〈音史〉近世初期頃までは「かかやく」と第二拍清音。
『日本国語大辞典』が示している使用例からすれば、1593年に出版されている「天草本伊曾保物語」に第2拍が清音である「カカヤク」が使われ、「元亀本運歩色葉集」に第2拍が濁音である「カガヤク」が使われている。語義(4)の上に示した使用例はいずれも「カガヤク」で、これらからすれば、16世紀以降は「カガヤク」が使われるようになっていったことが推測される。「音史」も「近世初期頃まで」「カカヤク」であったと推測している。つまり、江戸時代の初め頃まで「カカヤク」であった。それを「古くはカカヤク」と表現していることになる。
さて、見出し「あえぐ」の「語誌」、「音史」欄にはそれぞれ次のように記されている。
語誌
「新撰字鏡」に「喘 気急也 阿波支」、「十巻本和名抄」に「喘息 阿傍岐」とあるところから、アハクとの関係が考えられるが、その先後は明らかでない。また、「金刀比羅本保元物語」にアヘヅクの例があり、中世前期にはアヘグのほかアヘヅクも行なわれたようであるが、一般には、古代から現代に至るまで、アヘク(グ)がおもに用いられてきた。中世後期には、サワク→サワグ、ソソク→ソソグなどと同様に、アヘクもガ行に活用するようになった。なお、近代では生活苦や困難、重圧に耐えるという比喩表現の例が多くなる。
発音
〈音史〉院政頃までは「あへく」と清音。
「語誌」欄には「中世後期に」「アエクもガ行に活用するようになった」とあり、一方「音史」欄には「院政頃まで」「あへく」であったという記述は時代区分の説明として一貫しているのだろうか。「凡例」の「発音」の「語音について」「[2]語音史」の2には「現代語を除いては文献に記載された資料をもとに解説するが、文献の名をいちいち記さず、それらの推定される時代を次のように表記する」とあり、「上代 平安 中世(あるいは、鎌倉、室町のようにも)近世 現代」と示し、それに続けて「資料からはっきり時代を推定できないものについては、「古くは」「後世」という表現を使うこともある」とある。
さて、見出し「あえぐ」も見出しの後に「(古くは「あえく」)」と記されている。まず「音史」欄には「院政頃まで」とあり、この「院政頃」が語音史に示された「平安 中世」と並べた中にない。「次のように表記する」と述べたことと一致していないということは、辞書の使用者を迷わせないか。『日本国語大辞典』は見出し「いんせい(院政)」の語義に「狭義には、平安末期から鎌倉初期に至る白河、鳥羽、後白河、後鳥羽の四上皇による政治をさす」と記している。この認識は狭義にはあるだろうということかもしれないが、「平安末期から鎌倉初期」を一つの時期とみるとなると、「平安/中世」というとらえかたと(齟齬とまではいえないであろうが)合わないのではないか。また「あえぐに」の語誌欄には「中世前期」ともある。一般的には「中世前期」は鎌倉時代、「中世後期」は室町時代を指すが、いわばまた「違う時代区分(及びその呼称)」が使われているともいえよう。
こんなところから疑問符?を付すということになるかもしれないが、今後のことを考えると、一貫した時代区分と呼称とを使うというような、基本的なことが重要になってくるように思う。思い切って、世紀を使うということも考えてもいいのではないだろうか。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は5月19日(水)、今野真二さんの担当です。
ジャパンナレッジの「日国」の使い方を今野ゼミの学生たちが【動画】で配信中!
“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
『日国』に未収録の用例・新項目を募集中!
会員登録をしてぜひ投稿してみてください。
辞書・日本語のすぐれた著書を刊行する著者が、日本最大の国語辞典『日本国語大辞典第二版』全13巻を巻頭から巻末まで精読。この巨大辞典の解剖学的な分析、辞書や日本語の様々な話題や批評を展開。