文語と口語
Series14-1
谷崎潤一郎『女人神聖』(1920年、春陽堂)は小村雪岱(せったい)の装幀した美しい本である。読んでいて次のような行りがあった。振仮名・傍点を省いて引用する。
年が上だけに、稍肉附きが緊まつて居る由太郎の方は、大人びた鼻の形が、横顔で見ると二枚目役者の家橘の其れに生き写しで、やゝ受け口の、につと結んだ下唇の阿娜つぽさ、肌理の細かい色白の皮膚は薄化粧をしたやうに艶冶を極め、つきづきしく伸びた項に、青山の霞の如く棚引く襟足は水際立つて、豊国が錦絵の大首にでも画かせたらばと思はれる、眸の涼しい、眉毛の強い、面長の輪廓である。(3頁)
話題として採りあげたいのは「つきづきしく」である。今ここでは「つきづきしく」と表示したが、実際は「つき」に続いて二字以上の繰り返し記号として使われる、「く」を縦に伸ばしたような形状の濁点付きのものが印刷されている。
さて、この「つきづきしく」について『日本国語大辞典』で調べる場合には、「凡例」「見出しについて」「4 活用語の見出し」「2 形容詞」の(イ)「文語形と口語形とが存在するものは、口語形を本見出しとする」を思い出さなければならない。すなわち、「たのしい(楽)」のように「文語形」「タノシ」と「口語形」「タノシイ」とが存在する場合は、「タノシイ」が本見出しになっているということだ。
実は「文語形と口語形とが存在する」の「存在する」には思いのほか含みがある。そして「存在する」について厳密に考えようとすると、「文語形/口語形」ということについてもよくよく考える必要があることに気づく。
「ツキヅキシ」を「文語形」とみると、「口語形」は「ツキヅキシイ」であろう。この語の場合、『日本国語大辞典』は「つきづきし」を見出しにしている。ということは、「つきづきしい」が見出しになっていないということだ。それは上記の(イ)からすれば、「文語形と口語形とが存在」しないから、ということになる。『日本国語大辞典』は「ツキヅキシイ」という「口語形」の存在を認めていない。だから「文語形」「ツキヅキシ」を見出しにしている。
さて、この「口語形の存在を認めていない」ということを、きわめて具体的に表現すれば、『日本国語大辞典』の編集作業過程において「ツキヅキシイ」という「口語形」を見出すことができなかった、ということになるだろう。それを「存在する/存在しない」と表現するのが適切だろうか、ということを思う。そうではなくて、「ツキヅキシイ」という「口語形」は存在するはずがない、もしくは存在する可能性がきわめて低いということを「存在しない」とみているということであるならば、「凡例」はそのような意味合いがわかるようになっているとよい。『日本国語大辞典』の「つきづきし」には次のようにある。
つきづきし【付付】
〔形シク〕
いかにも似つかわしい。ふさわしい。好ましい。調和がとれている。
*宇津保物語〔970~999頃〕嵯峨院「仲忠の侍従の、時々いますなるを、若きをのこども、つきづきしくもてなしてあらせよや」
*源氏物語〔1001~14頃〕若紫「舞人など、やむ事なき家の子ども、上達部・殿上人共なども、その方に、つきづきしきは、皆、えらせ給へれば」
*観智院本類聚名義抄〔1241〕「方便 ツキツキシ」
*徒然草〔1331頃〕二三一「いみじくつきづきしく、興ありて人ども思へりける」
あげられている使用例は『徒然草』までで、だからといって14世紀以降使われていないということではないであろうが、江戸時代、明治時代とずっと使われていた形容詞ではないようにみえる。示されている例から、観智院本『類聚名義抄』において漢字列「方便」に「ツキツキシ」と和訓が配されていることがわかる。正宗敦夫編『類聚名義抄(仮名索引/漢字索引)』(1955年、風間書房)によって調べてみると、漢字列「挙止」「着便」にも和訓「ツキツキシ」が配されていることがわかる。これは見出し「つきづきし」の「辞書」欄にある他の辞書によってもわかる。しかし、単漢字には和訓「ツキツキシ」が配されていない。このことからそのようにみるのはいささか粗いかもしれないが、和語「ツキツキシ」は漢字と結びついて和訓として使われていく、という「歴史」をもっていないのではないだろうか。この見出しの「辞書」欄にあげられているのは、上記『類聚名義抄』と『書言字考節用集』と『言海』のみである。『節用集』諸本はあげられていないし、『和玉篇』もあげられていない。漢字が和語と結びつく、すなわち(固定的な)和訓をもつことによって、日本語の中で安定した位置を確保した、とみてよいのであれば、和語は和訓として漢字と結びつくことによって安定した位置を確保し続けるという「みかた」も成り立つのではないだろうか。
上記のようなことがらを総合的に考えると、「ツキヅキシイ」という「口語形」が「存在する可能性がきわめて低い」と判断することができそうだ。『日本国語大辞典』の編集作業においては、おそらくはそうした「判断」をしているのではないかと推測するが、そうであれば、先に述べたように、もう少しそのあたりがわかるような「凡例」であるといいように思う。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は7月21日(水)、今野真二さんの担当です。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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