「栽培品種」というメタ言語
Series11-3
『日本国語大辞典』の語釈中には「栽培品種」の他に「園芸品種」という語が使われている。「園芸品種」を「全文(見出し+本文)」の範囲で検索すると、253件のヒットがある。「栽培品種」が233件だから、同じぐらい、使われていることになる。「園芸品種」も見出しになっていない。
アメリカおだまき【─苧環・─小田巻】
〔名〕
キンポウゲ科の多年草。ヨーロッパ原産の栽培種。高さ約六〇センチメートル。茎、葉ともに細毛が密生する。初夏、紫、青または白色の花が下向きに咲く。園芸品種には赤、淡紅色、絞りなどがある。 学名はAquilegia vulgaris
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「アメリカヲダマキ」
せいようおだまき【西洋苧環】
〔名〕
植物「アメリカおだまき(─苧環)」の異名。
「アメリカおだまき」「せいようおだまき」があるのだから、言語の上からみても、当然「オダマキ」があるはずだ。
おだまき【苧環】
〔名〕
(1)~(6)は略。
(7)キンポウゲ科の多年草。古くから観賞用に栽培され、野生のものは知られていない。全体に粉白緑色を帯び、茎は直立して高さ二〇~四〇センチメートルになり、なめらか。葉は、長い柄のある掌状の三小葉に分かれて、互生する。初夏、枝の先端に碧紫色あるいは白色の花をつけ、下向きに咲く。いとくり。いとくりそう。むらさきおだまき。学名はAquilegia flabellata ▼おだまきの花《季・春》
*和漢三才図会〔1712〕九四「糸繰草 いとくりさう オダマキ 緒手巻 ヲダマキ 共 此俗称本名未レ詳」
*随筆・本朝世事談綺〔1733〕二・生植門「緒手巻(ヲダマキ) 三月に花開く。白に黄を帯ぶと紫色と二種あり。〈略〉畿内にあり。未だ関東には見ず」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ヲダマキ ムラサキヲダマキ 斗菜」
*竹の里歌〔1904〕〈正岡子規〉明治三三年「鳥籠のかたへに置ける鉢に咲く薄紫のをだまきの花」
*或る女〔1919〕〈有島武郎〉後・四八「ダリア、小田巻、などの色とりどりの花がばらばらに乱れて」
みやまおだまき【深山苧環】
〔名〕
キンポウゲ科の多年草。オダマキの原種といわれ、北海道・本州中部以北の高山に生え、観賞用に栽培もされる。高さ一五~三〇センチメートル。葉は一回または二回三出の複葉で、小葉はさらに三裂する。初夏、茎頂に径三センチメートルぐらいの青紫色の美しい花を二~三個つける。学名はAquilegia flabellata var. pumila
「みやまおだまき」「おだまき」「アメリカおだまき」にはそれぞれ学名が示されており、かつそれが異なる。つまり違うモノであることが明白だ。「みやまおだまき」の語釈中に「といわれ」とあるが、「ミヤマオダマキ」という植物があり、それが「観賞用に栽培された」モノが「オダマキ」のようだ。「ヨーロッパ原産の栽培種」として「アメリカオダマキ」があり、それの「園芸品種には赤、淡紅色、絞りなどがある」とのことだ。ここでは「栽培種」と「園芸品種」とが語釈内に「同居」している。筆者はまたまた勝手に「栽培品種」と「園芸品種」とは、後者が花卉で、前者が農作物だろうか、などと想像していた。しかしそれがまた違いそうなことがわかる。「アメリカおだまき」の語釈からすれば、「栽培種」の中に「園芸品種」が位置するようによめる。やはり難しい。その「難しさ」は語釈に使われている「用語」に起因している。『日本国語大辞典』のような多巻大型辞書の語釈を統一することが難しいことはよくわかる。統一はほどほどでいいとも思う。そう思いながら、しかし「用語」「メタ言語」の類は、可能な限り統一してあってほしいとも思う。今、筆者がこの原稿を書いている時には、ジャパンナレッジの検索機能をいわばフルに使っている。
2020年度の大学の授業ははからずも「遠隔授業」で行なうことになった。授業開始後一か月ぐらいは、授業を提供する教員も、その授業を受講する学生も、いわば「手探り」状態であった。しかし一か月を経過する頃から、「遠隔授業」には「遠隔授業」の良さがあるということが教員にも学生にも実感できた(と感じた)。筆者は、大学が契約しているジャパンナレッジのコンテンツをフル活用するようにした。特に、「日本国語大辞典」については動画を使って、このようにするとこういうことができるということを示した。前期終了時に学生が、今まででもっとも頻繁にジャパンナレッジ版を使ったが、いろいろな機能があることがよくわかった、と「ふりかえり」のレポートで書いていた。
今後の辞書がオンライン版とかかわりなく展開するとは思えない。となれば、電子化されている第二版の語釈に検索をかけ、「用語」の使用をより統一するということは可能であるように思う。その時に、できれば生物分類学の専門家によって、記述体系そのものが整えられ、それと語釈がきれいに対応しているといい。難しいことをただ勝手に述べているかもしれない。おそらくそうだろう。しかし、「来たるべき辞書のために」というコラムなのだから、理想を語ることにも意義があると思いたい。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は2月17日(水)、佐藤宏さんの担当です。
ジャパンナレッジの「日国」の使い方を今野ゼミの学生たちが【動画】で配信中!
“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
『日国』に未収録の用例・新項目を募集中!
会員登録をしてぜひ投稿してみてください。
辞書・日本語のすぐれた著書を刊行する著者が、日本最大の国語辞典『日本国語大辞典第二版』全13巻を巻頭から巻末まで精読。この巨大辞典の解剖学的な分析、辞書や日本語の様々な話題や批評を展開。