いつからいつまで
Series7-3
今回は『和英語林集成』の記事を「入口」にして、もう少し「カタリモノ」に「切り込んで」みよう。『和英語林集成』の初版には「index」として「英和の部」が添えられており、再版からは「ENGLISH AND JAPANESE DICTIONARY」と呼ばれるようになる。とにかく、『和英語林集成』は英語を見出しにした「英和の部」を伴っている。「英和の部」に対して「和英の部」という呼び方をするならば、「カタリモノ」は「和英の部」に次のようにある。初版、再版、第3版を並べて示す。
KATARI-MONO, カタリモノ, 騙者, n. An impostor, swindler, knave.(初版)
KATARI-MONO, カタリモノ, 騙者, n. An impostor, pretender, swindler, knave, sharper. Syn.MOGARI.(再版、第3版)
今ここでは初版を中心にして述べていくことにするが、初版では、日本語「カタリモノ」を英語「impostor」「swindler」「knave」の3語で説明している。再版はそこに「pretender」と「sharper」が加わり、それは第3版にも踏襲されている。もう一つ注目したいのは、再版に「Syn.」すなわち類義語として「モガリ」という語があげられ、これも第3版に踏襲されているということだ。
再版の「英和の部」を調べてみると、次のようにある。
IMPOSTOR, n. Katari-mono.
PRETENDER, n. Ikisugi, namaiki, kiitafū.
SWINDLER, n. Katari, mayashi.
KNAVE, n. Katari, ōdō, ōchaku, mogari.
SHARPER, n. Katari-mono, mogari.
見出し「IMPOSTOR」の語釈は「カタリモノ」のみが置かれており、ヘボンの「感覚」では英語「impostor」は日本語「カタリモノ」と対応していたのであろう。見出し「SWINDLER」「KNAVE」の語釈には「カタリ」が置かれている。前者の語釈にみえる「mayashi」は「まやかし」からきた語である。
『和英語林集成』が「和英の部」において「カタリモノ」を見出しにしているという「情報」は明治期の日本語を考えるにあたって、大きな情報となる。また「欲を言えば」であるが、「和英の部」の見出しなのだから、使用例をもう少し先まで示して、どのような英語でその和語が説明されているかを示すと「情報」は飛躍的に大きくなる。つまり、「KATARI-MONO, カタリモノ, 騙者, n. An impostor, swindler, knave.」のようなかたちで示せないだろうか、ということだ。ヘボンが「カタリモノ」の説明に使った英語がなんであるかがわかれば、そこから同時期に刊行されている他の「英和辞書」を調べることができる。当然のことともいえるが、「和英辞書」と「英和辞書」とどちらが多く出版されているかといえば、それは「英和辞書」だ。だから、「カタリモノ」を説明している英語が特定できることは『日本国語大辞典』使用者にとっては非常にありがたい。また、「次」に続けることができる。
試みに明治6(1873)年に刊行されている『附音挿図英和字彙』で「impostor」を調べてみると、「欺騙者(振仮名ダマスヒト)」と説明されている。「pretender」は「佯者、虚託者、要者」、「swindler」は「拐児(振仮名カタリ)」、「knave」は「悪徒(振仮名ワルモノ)、骨牌(振仮名カルタ)ノ名(兵士(振仮名ヘイシ)ヲ画(振仮名ヱガキ)タル者)」と説明されている。
『和英語林集成』の再版が出版されたのが、明治5(1872)年、『[附音挿図]英和字彙』の初版が出版されたのが、明治6年であるから、出版の時期はちかい。しかし、これだけ語釈に違いがある。それは、それぞれの辞書がどのようなことを「背景」にし、先行するどのような辞書とのかかわりの中で編集されているかということと深くかかわるので、これを「語の歴史」という観点からのみ考えることはできない。しかし、案外と重なり合いがない、ようにみえもする。
さて、再版が「Syn.」として示した「モガリ」という語であるが、『日本国語大辞典』にはちゃんと見出しになっている。
もがり【強請・虎落】
〔名〕(動詞「もがる(強請)」の連用形の名詞化)
言いがかりをつけて金品を無理におどし取ろうとすること。また、その人。ゆすり。かたり。
*評判記・色道大鏡〔1678〕一「もがりといふは、非道をもととして言分をこしらへ、理をうるたくみなどする者を、かくいふ也」
*浮世草子・西鶴織留〔1694〕一・一「金銀手にもたせ置(おか)ば、おそろしき虎落(モガリ)どもにかたられ」
*浄瑠璃・山崎与次兵衛寿の門松〔1718〕中「ねだってかねにするもがりとは鏡にかけた事」
『日本国語大辞典』の使用例から、「モガリ」が江戸時代に使われていたことが確認できる。『日本国語大辞典』の見出し「かたりもの」の語釈が、見出し「かたる」の語義(2)に対応しているのは、『和英語林集成』再版が「カタリモノ」の「Syn.」として示した「モガリ」の語義を勘案してのことだろうか。この「モガリ」も現代は使われていない。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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