『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 16 「夜食と夜飯 」目次

  1. 1. 今野真二:なぜ同時代でも使い方が違うのか? 2021年11月02日
  2. 2. 今野真二:補注「名物六帖」が意味するもの 2021年11月17日

夜食と夜飯
Series16-2

補注「名物六帖」が意味するもの

今野真二より

 『日本国語大辞典』の見出し「やはん」を再びあげておこう。

やはん【夜飯】
〔名〕
ばんめし。夕食。
*読本・南総里見八犬伝〔1814~42〕九・一一〇回「遠侍(とほさむらひ)にて夜飯(ヤハン)を賜り、馬をば厩役人に預けよとて」

補注
「名物六帖‐人事箋」に「夜飯 ヤショク」とある。

 「名物六帖」は「補注」において使われることがある。

あっこん【悪棍】
〔名〕
悪者。悪漢。
*漢語便覧〔1871〕〈横山監〉雑語「悪棍 アクコン アフレモノ」
*吾学録‐初編・刑律一「凡悪棍索詐官民、或張貼掲帖、或揑告各衛門〈略〉此等情罪重大」

補注
 「名物六帖」に「悪棍 アクタレモノ〔仕学大乗〕有一種悪棍」とある。また、「読本・近世説美少年録‐一・六回」に「証拠なければ悪棍(ワルモノ)も、そを非とは争ひかねて」とある。

あつじょう【圧条】
〔名〕
苗木をとる方法の一つ。草や木の、枝または新梢(しんしょう)を押し曲げて、親木についたままで土の中に埋め、その箇所から根が生えた後、親木と切り離して、苗木を得る。とり木。圧枝。取枝。
*牙氏初学須知〔1875〕〈田中耕造訳〉四・二五「無花果樹の一類あり、其枝垂れて地に達し、根を生じ幹と為りて枝を生じ、其枝復垂れて、根を生じ幹と為り、恰も天然の圧条の如く、一樹にして林をなすに至る」

補注
  「名物六帖」に「圧条 トリキヲスル〔花鏡〕分栽圧条」とある。

あんれい【暗令】
〔名〕
合言葉。符牒語。暗話。
*読本・忠臣水滸伝〔1799~1801〕後・一一回「名山兵制記に答号あり、紀効新書に暗令(アンレイ)あり。都(すべて)是夜軍に暗号(あひことば)をもちゐたるためしなり」
*日本外史〔1827〕一七・徳川氏前記「乃揀壮士百余、申暗令、以直次貞安之、出斫阿波営
*紀効新書‐行営野営軍令禁約「即是要暗令

補注
「名物六帖‐人事箋」に「暗令 アイコトバ」とある。

 〈悪者・悪漢〉という語義をもつ漢語「アッコン(悪棍)」がある。現代日本語では使わない語で馴染みがないが、その語が「名物六帖」では「アクタレモノ」と説明されている。そして、やはり滝沢馬琴の作品である「近世説美少年録」においては、「ワルモノ」という語を文字化するのに、漢字列「悪棍」が使われていることがわかる。これらの文献によって、漢語「アッコン」と和語「アクタレモノ」「ワルモノ」の結びつきが確認できる。

 『日本国語大辞典』は見出し「あつじょう(圧条)」の使用例として田中耕造訳「牙氏初学須知(がししょがくすち)」という明治8(1875)年に出版された書物を示している。「牙氏」は原著者が「 J.Garrigues」(ガリグエー)であるので、その「ガ」を漢字化したものである。そして「名物六帖」に「圧条 トリキヲスル」とある。前回示したように、「名物六帖」は正徳4(1714)年頃には成立しているので、「牙氏初学須知」よりも前に成立していることになる。二つのことがらを「単線的・直線的」に結びつけると、「「牙氏初学須知」の翻訳者である田中耕造が「名物六帖」を参照した」という推測をすることになるが、これは少し単線的すぎるだろう。

 ここで一つのお願いとしては、補注欄で使っている「名物六帖」に成立年が添えてあると、項目内であげられている使用例との前後関係がわかる。これは補注の情報を正しくいかすためには必要なことといえよう。言語については時間と空間とが大事な要素であるので、『日本国語大辞典』のような「アーカイブ」的な辞書は「時間」要素については、丁寧に示してあると、『日本国語大辞典』内の情報が、よりいきると考える。

 そしてやはり、これだけの情報がつまっている辞書ということからすると、『日本国語大辞典』の使い方といった「マニュアル」があるといいと思う。特にいろいろな検索が可能であるオンライン版にはそれがあると大学での学びなどにおいても有効だろう。

 上記のことでいえば、漢字列「圧条」で全文検索をかけてみると見出し「とりき(取木)」の使用例として「妻木〔1904~06〕〈松瀬青々〉春「春の雨圧条(トリキ)の泥は丸き哉」」とあることがわかる。そして「とりき」の表記欄によって、江戸時代に成立している『書言字考節用集』において「トリキ」と「圧木」とが結びついていることもわかる。

 〈合言葉〉という語義をもつ漢語「アンレイ(暗令)」があって、「名物六帖」の「人事箋」において「暗令」が和語「アイコトバ」と結びついていることが示されている。なぜそれが補注かといえば、「アイコトバ」「アイズ」とは漢語「アンゴウ(暗号)」が結びついているといういわば「前提」があるからで、『日本国語大辞典』はそれを「前提」として「名物六帖」にはこうありますよ、という「情報」を提供していると思われる。そして「名物六帖」は「近代中国語」を載せることが多い、ということも「前提」になっていると思われる。この「前提」がどこかに明示されていないと、なぜ「名物六帖」の記事が「補注」になっているか、ということがわかりにくいのではないだろうか。このあたりが調整されるといいと思う。ことのついでにもう一ついえば、「名物六帖」に「人事箋」のように箋名が示されている場合と、示されていない場合とがある。あった方が、「名物六帖」を確認する時にわかりやすいので、こうしたところも統一されているといいと思う。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は12月1日(水)、今野真二さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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