『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 4 「「相槌」について 」目次

  1. 1. 今野真二:清音と濁音の問題 2019年09月04日
  2. 2. 今野真二:「アイツチ」は見出しにならないのか? 2019年09月18日
  3. 3. 今野真二:『塵袋』あれこれ 2019年10月02日
  4. 4. 佐藤宏:『日本国語大辞典』の見出しと用例の形式 2019年10月16日

「相槌」について
Series4-4

『日本国語大辞典』の見出しと用例の形式

佐藤宏より

『日本国語大辞典』で「あいづち(相槌)」という言葉を引くと、一番早い例として、鎌倉時代に成立したとされる書物『塵袋』から、「鍛冶があひつちと云ふは、二人むかひてうつゆへ歟」という一文が引かれている。この情報から得られるのは、「あいづち」という言葉が少なくとも鎌倉時代の中期には使われていたということ。もう一つは、その語形が「あいつち」となっており、「づ」ではなく「つ」と書かれていることによって、連濁する前の形を保存しているかのように見えることです。ところが、語音の清濁に関しては、濁音がほぼ100パーセント明示されるようになるのが近代しかも大正ごろと考えられており、それ以前は、濁音表記されていないからといって、それが全て清音であるとは言えないことも確かです。

『日本古典全集』『塵袋』より(国会図書館デジタルコレクション)

『塵袋』から『日本国語大辞典』に引かれている用例は244件あります。そのうち、見出しに1拍でも濁音を含むものが114件あり、用例でその見出し語が仮名表記されたり振り仮名を施されていたりする例は77件に上ります。その中で、用例が清音になっている例は56件になりますが、内訳を見ると、「あいづち(相槌)」「あまぎぬ(雨衣)」「くるまざき(車裂)」「たわごと(戯事)」「ふくびき(福引)」など連濁と考えられるもののほかにも、「かぶと(兜)」「へがれる(剥)」「ほぞ(臍)」「めにじ(雌虹)」などの語も『塵袋』では清音表記されています。それに対して、「おにじ(雄虹)」「かぶる(被)」「つなぐ(繋)」「ばけもの(化物)」「ひがよみ(僻読)」などは『塵袋』でも濁音表記されており、その例は21件になります [1]

清音表記約7割に対して濁音表記が約3割と、『日本国語大辞典』の濁音を含む見出し語に採録された『塵袋』の用例は、清音表記されることが多いとは言えます。特に、「あいづち(相槌)」など見出し語形が連濁と思われるものについては、清音表記される傾向がうかがえますが、それ以外のものについては、たとえば、同じ「虹」でも「おにじ(雄虹)」では「オニジ」と濁音になり、「めにじ(雌虹)」では「メニシ」と清音になりと一定せず、清濁がきちんと書き分けられているようには見えません。もちろん、『日本国語大辞典』の用例だけで特定の文献の傾向をあげつらうこと自体、そもそも無理がありますが、いずれにしても手がかりは文献にしかないというわけで、とりあえず書かれているままに表記するというのが『日本国語大辞典』の用例の示し方です。

それでは、『塵袋』に「アヒツチ」とあるのに、なぜ『日本国語大辞典』の見出しは「あいづち」なのかといいますと、用例はできるだけ資料に忠実な情報を伝えることを旨とし、見出しはインデックスとして引きやすさを優先するというのがその理由です。凡例の「編集方針」の四に、「見出しのかたち、および解説文は現代仮名遣いによるなど、現代の視点に立って引きやすく読みやすいように配慮する」とある通り、現在でも普通に使われている言葉であれば、現代の一般的な語形で見出しを立てるということになります。今野先生は「相槌」について②「「アイツチ」は見出しにならないのか?」で次のように述べられています。

〈『日本国語大辞典』の見出しは「あいづち」という第3拍濁音形が採用されている。これは、当初から「アヒヅチ」という第3拍濁音形であったはずだが、濁点が施されていないだけなのだ、という編集側の積極的な「判断」を反映したものなのか、それとも、ある時点(1603年の時点)では確実に第3拍濁音形の存在が確認でき、現在もその濁音形を使っているのだから、濁音形を見出しとしたということなのか、そこが『日本国語大辞典』の使用者にはわからないのではないか。〉

この場合、見出し語形が「あいづち」であるからといって、当初から「アヒヅチ」という第3拍濁音形であったはずだという積極的な判断が編集側にあったわけではありません。見出し語形は引く便宜を優先し、用例は底本の形を優先したということで、それ以上でも以下でもありません [2] 。これは他の項目についても言えるかと思います。たとえば、「すづくる(巣造)」という項目を引いてみますと、『観智院本類聚名義抄』(1241)と『塵袋』からそれぞれ「スツクル」「すつくり」と清音の例が引かれていますが、見出し語形は「すづくる」です。「くちがみのさけ(口噛酒)」に至っては『塵袋』の清音例「クチカミノ酒」1例のみですが、見出し語形は「か」が濁音になっています。また、連濁とは言えない「へがれる(剥・折)」でも、用例は『源氏物語』『塵袋』の2例とも「へかる」と清音形ですが、見出し語形は濁音になっているという次第です。

次に、そもそも『塵袋』には片仮名で「アヒツチ」とある部分を、『日本国語大辞典』の引用では「あひつち」と平仮名にしています。この点については確かに底本通りとは言えないのですが、現代の視点に立って読みやすくする工夫の一環として和文の用例を「漢字ひらがな混り文」にしていることによるものです。しかし、「凡例」の「用例文について」を見ると、片仮名を平仮名に翻字することについては、「1 見出しに当たる部分の扱い」では触れられておらず、「2 見出しに当たる部分以外の扱い」で初めて言及されていて分かりにくいことも確かです [3] 。そこで、「用例文について」の前置きに、「用例文は「 」でくくり、適宜句読点を加えるなど、できるだけ読みやすくする。ただし、見出しに当たる部分は、なるべく原本のかたちに従う」とありますが、たとえば、ここで「適宜句読点を加えるなど」の前に、「和文は原則として漢字ひらがな混り文にし、」などと補えば、その原則は細則の1にも2にも及び整合性は取れるかと思います。

それにしても、抄物資料や古い法律文などの「漢字片仮名交じり文」の場合は、三省堂の『時代別国語大辞典』のように片仮名のままで示すという方法も考えられます。一つには、もちろん原文に忠実であることがその理由で、もう一つには、ひと目でその文献の位相(書体・文体・文字社会など)が分かることなどが考えられますが、現代の一般の目から見ると、「片仮名」主体の文章は読みにくいという判断はあったと思います。とは言え、用例文は「漢字ひらがな混り文」にしつつも、見出しにあたる部分だけを片仮名表示すれば、むしろハイライトされて分かりやすくなるという効果はあるかもしれません。もちろん、片仮名をそのまま示すとは言っても、翻字することに違いはなく、それだけで原文に忠実とは言えないことも確かです。そういう意味では、用例文から「e国宝」や「国会図書館デジタルコレクション」のような現物資料の画像を直接参照できるような仕組みを取り入れていくのも、オンライン版『日本国語大辞典』が今後目指していく方向の一つではないかと考えます。

  • [1] 『塵袋』の用例が引かれている『日本国語大辞典』の濁音を含む見出し語一覧。 『塵袋』の用例がある項目で、見出し語形に濁音があるもの一覧

    画像をクリックすると拡大で表示されます。

  • [2] だからと言って、裏庭の畑から採ってきたジャガイモを洗いもせずにそのまま並べるように素材を提供するだけかと言えば、そうではなく、その確かな用例を取捨選択して読みやすく整え、語釈や意味分岐を工夫するのが編集の仕事であると考えます。
  • [3] 「2 見出しに当たる部分以外の扱い」の中の〈表記〉(イ)に「和文は、原則として漢字ひらがな混り文とする。ただし、ローマ字資料や辞書については、かたかなを使う場合がある」とあります。このただし書きの部分における「辞書」とは、主に古辞書、節用集の類を指します。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回(11/6)は今野真二さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『日日是日本語』(岩波書店)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂
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