安倍晋三首相は9月に動く。2007年9月12日、安倍は体調を理由にわずか1年で政権をほっぽり出してしまった。その5年後の2012年9月26日、総裁選に再び出馬して大方の予想を裏切り、石破茂、石原伸晃(のぶてる)を破り自民党総裁に返り咲いた。

 その後、野田佳彦民主党代表(当時)が突然、解散・総選挙に打って出て自滅し、安倍は再び総理になった

 国民の多くは、運だけは強いが長くは持つまいと思っていたはずだ。だが「アベノミクス」を掲げ、自分の子飼いを日銀のトップに据えて、未曽有の金融緩和政策をとり始めた。

 見せかけだけの好景気を演出し、自分にひれ伏すポチ・メディアを周りに集め、言論支配を強めていった。

 アメリカ追随をより強め、中国への敵対姿勢を鮮明にして、国内の右派勢力の支持を集めた。

 自分の言いなりになる人間を閣僚に据えることで、悪名高い安保法制、特定秘密保護法、共謀罪などを次々強行採決し「独裁」とまでいわれる長期政権をつくりあげたのである。

 総裁の任期を「連続2期6年」から「連続3期9年」とするよう党則改正させ、2020年に開催される予定の東京五輪まで総理でいられるようにした。

 安倍はこう言い放ったことがある。「自分が法律だ」と。呆れ果てるが、野党もメディアも面と向かって批判すらできなかった。

 だが、権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗するの格言通り、閣僚や議員たちの不祥事が相次いだ。なかでも「寵愛する」稲田朋美を防衛大臣に就け、その無能ぶりと危機管理能力のなさを露呈した。

 米朝の緊張が高まり、いつ朝鮮戦争が始まるかといわれていた最中なのに、稲田をなかなか降ろそうとはしなかった。

 幼児に教育勅語を暗唱させる森友学園に入れ込み、小学校設立に格別の便宜供与をした疑惑が持ち上がった。

 続いて、学生時代からの「腹心の友」である加計学園の孝太郎理事長が今治市に獣医学部を新設するにあたって、側近たちを動かし国家戦略特区指定した経緯に問題ありと、野党から激しく追及された。

 野党側が臨時国会を開いて加計学園問題を国民に説明せよと迫ったが、3か月以上逃げ回り、挙句、臨時国会冒頭に解散するという暴挙に出たのである。これが9月28日。

 加計学園問題で疚しいことがあると自ら告白したようなものである。

 野党はバラバラで、共闘を組んだとしても恐れるに足らず。自民党はいささかの目減りで済むだろうという思い上がりからだった。

 だが、安倍の胸算用を打ち砕く事態が出来した。東京都議選で「都民ファーストの会」を率いて、自民党を完膚なきまでに打ち砕いた小池百合子都知事が「希望の党」を立ち上げ、衆院選に出ると発表したのである。

 機を見るに敏な女性だ。私は、小池と安倍は似た者同士だと思う。

 安倍は、アベノミクスがうまくいかないと、集団的自衛権と言い出し、それが賞味期限切れになると女性総活躍時代だと、キャッチフレーズをころころ変える。

 それがだめだとなると、憲法九条を変えると党内で議論もせずに突然ぶち上げる。

 目先を変えれば国民は前のことを忘れてくれるというのが安倍流である。思い付きのキャッチフレーズだけを振りかざして、ここまでやってきたのだ。

 小池も同じである。日本新党、新進党、自由党、保守党、自民党と政党を渡り鳥して生き抜き、安倍第一次政権の時に防衛相に任命されている。

 だが、それ以上はないと見れば、舛添要一(ますぞえ・よういち)都知事問題で混乱している都知事選に目を付け、いち早く名乗りを上げた

 当選後、豊洲移転、情報公開、関東大震災の時の朝鮮人虐殺への考え方などで批判を受けると、今度は国政へと、都民や国民の関心をそらせ、希望などないのにいけしゃあしゃあと「希望の党」などと命名して、自分ファーストと代表に名乗り出る

 キャッチフレーズ好きだが、中身のないこと、今回も全く同じである。

 彼女は新党を「改革保守」と位置付ける。いったい何のことだろう。

 「改革の精神のベースにあるのが、伝統や文化や日本の心を守っていく、そんな保守の精神」と語っているが「なんのこっちゃ」である。めちゃくちゃ保守じゃないか。

 こんな曖昧な言葉で有権者が納得すると考えているのだったら、これほど馬鹿にしたことはない。

 そのうえ、都知事の座を捨てて国政に出るかもしれないという話まで出ている(9月28日時点)。言っておくが、都知事のまま選挙に関与するなら、それなりの影響力は発揮できる。だが、都知事を辞めたら、小池の評価は地に落ちる。自らの権力欲のためには都民を裏切ることも辞さない。そんな女に国政を任せられるわけはないからだ。

 さらに私が危惧するのは、小池と安倍の思想傾向が同じだということだ。憲法改正はもちろんのこと、「靖国参拝に異論はない」と都議会でも言っているように、小池はきわめて安倍的なものを持っている人間である。

 離党する議員が増え続ける前原民進党は、現時点で、小池の党と合流し、公認は希望の党が行なうそうだ。

 前原誠司という男、小沢一郎が言っているように「論理ばかりで、政治的な知恵や物の見方が足りない」(『週刊新潮』(10/5号)。こんな「好中年」を操るのは、百戦錬磨の大年増、小池ならたやすいことであろう。

 では、希望の党・民進党連合が勝てば安倍的な政治に終止符を打てるのだろうか。

 私は疑問である。小池の後ろには小泉純一郎がついていると言われる。小泉流で言えば、今度の選挙のキャッチフレーズは「自民党をぶっ壊す!」になるはずだ。

 そうすればかなりの確率で希民連合が勝てるのではないかと、私は考える。

 だが、小池はそうは言わないだろう。もし負けたら、60~70議席にとどまったらと考えているに違いない。

 そうなれば民進党などうっちゃって自民と連立を組むということも十分に考えられる。

 小池にとっては総理の座を手に入れるためには、何でもありだ。国政は任せると言っていた盟友・若狭勝さえ、ここが勝負と見たら非情に切って捨てる。

 65歳という年齢を考えたら最後の勝負に出たに違いない。自民党がどこまで減らすかによるが、選挙後、安倍が退き、小池にその座を譲ることもあり得る。

 これに公明、維新の会などが結集すれば、巨大な保守勢力が出現し、野党など消えてなくなる

 安倍は去るが、安倍的なものは形を変え、さらに巨大になって現れてくるかもしれない。先日のドイツの選挙でも右派政党が躍進した。アメリカ、フランスなどでは確実に右派政党が力を付けてきてはいるが、共産党を除く「丸ごと右派政権」がこの国に誕生するかもしれないのだ。

 考え出すと夜も眠れない。とりあえず腐敗しきった安倍政権を倒す。その先のことは、選挙が終わってから考えようではないか。

 この連載は今回で終了です。5年間、ご愛読に感謝します。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 私のオフィスから7~8分歩くと、春には桜が美しい神田川に出る。いまも武蔵野の面影を残す関口芭蕉庵から急坂の「胸突き坂」を上がると、細川家の歴史資料や美術品等の文化財を保存している「永青文庫」があり、そのすぐ先が前川製作所の創立者・前川喜作が昭和30年に建てた男子学生寮「和敬塾」である。息を整えて今度は急坂を下る。これを2日に1回、2度やっている。少し懐に余裕のある時はリーガロイヤルホテルのティールームへ寄り、コーヒーを飲む。至福の時である。この連載を終えるにあたって、これだけは言っておきたい。人生で大事なのは「原稿より健康」ですぞ。

第1位 「プロに行くなら『高卒』vs『大卒』どっちが得か」(『週刊ポスト』9/29号)
第2位 「安室奈美恵 去り際の美学」(『週刊朝日』10/6号)/「『安室奈美恵』引退は美談か」(『週刊新潮』10/5号)/「安室奈美恵電撃引退 本誌だけが書ける全真相」(『週刊文春』10/5号)
第3位 「元SMAP稲垣・草彅・香取が船出『セット売り』で映画や舞台か」(『週刊朝日』10/6号)/「1年前から極秘準備していた『SMAPファンへの感謝』『再始動』計画!」(『女性自身』10/10号)

 第3位。元SMAPの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の新しい動きが注目されている。9月22日付の朝日新聞と東京新聞の朝刊に掲載された、見開き広告がそれだ。
 空の写真に方位を示す“NEWS”と“新しい地図”の文字。広告の下には元SMAPメンバー3人の名前が書かれていた。
 また同日、ファンサイト「新しい地図」を開設し、Twitterのフォロワーは23日15時半には21万人を突破したと、『朝日』は報じている。
 新事務所『CULEN』(カレン)の代表は、SMAPの育ての親で元女性マネージャー飯島三智(いいじま・みち)であるという。

 「会社が登記されたのは昨年7月26日、解散が発表されたのが昨年8月でしたので、この流れは既定路線といえます」(ある芸能関係者)

 サイトでは「コンセプトムービー」と称する動画も配信した。世界各国の街ゆく人の後ろ姿の映像に、「逃げよう。自分を縛り付けるものから」などと、どこか意味ありげな文章が重ねられている。
 ジャニーズ事務所から逃げおおせた喜びか、それとも残ったキムタクや中居正広へのメッセージか。
 『女性自身』によると、サイトのドメインを取得した日は5月31日。3人は早く感謝の思いをファンに伝えたかったのだが、9月に事務所を退社し、一段落するまで待ち続けていたというのだ。
 これからの3人はどの道を行くのか。

 「草彅さんはもともと演技の評価が高く、稲垣さんも悪役などで新境地を開いているので、活躍する場面は多いのでは。芸術的な才能を持つ香取さんは、そういった分野での活躍もあるのではないでしょうか」(芸能評論家の三杉武)

 ジャニーズ事務所のくびきから逃れ、独立をようやく果たした3人は新しい地図を片手にどこへ向かおうとしているのか。
 5本の矢で生きてきたから、1本1本は脆いのかもしれない。いつまでも元SMAPではないだろう。真価が問われるのはこれからである。

 第2位。安室奈美恵(40)の電撃引退が大きな話題になっている。誕生日の9月20日、公式サイトで1年後に引退することを発表した。
 『朝日』から経歴を紹介しよう。

 「沖縄出身の安室は1992年にダンスグループ『SUPER MONKEY’S』(スーパーモンキーズ)の一員としてメジャーデビューし、その後ソロになって大ブレイク。『小室サウンド』と呼ばれた小室哲哉プロデュースの音楽のブームにも乗り、ミリオンヒットシングルは5作品を数える」

 コラムニストの中森明夫はこう言う。

 「彼女の大活躍によって、沖縄から多くのスターが生まれました。同じ沖縄アクターズスクールから出たSPEEDはもちろん、仲間由紀恵さんや満島ひかりさんなどの活躍も、安室さんがいなければなかったのではないでしょうか」
 「キャンディーズが人気絶頂時に『普通の女の子に戻りたい』と言って解散し、山口百恵さんが結婚を機にすっぱりと引退した。でも安室さんは20歳で結婚して母親になりましたが、引退せず“アイドル”という枠組みから“アーティスト”へと変貌して帰ってきたんです」

 1年の休業を経て復帰しても人気は衰えなかった。
 だが、私には、安室はアイドルとしての華やかな面よりも、悲劇の女というイメージが強い。
 20歳で15歳年上のダンサーSAMとのできちゃった婚を発表した。
 子どもをもうけたその直後に悲劇が彼女を襲う。母親が再婚した夫の弟の車によって轢き殺されるのだ。

 「当時は安室の収入で、辰信・恵美子夫妻の生活も潤っていた。それを間近で見ていた弟が、逆恨みして、犯行に及んだんです。昼間、車で待ち伏せしていた弟が、道の真ん中にいた恵美子さんに猛スピードでぶつかり、さらに引き返して轢いた。弟はそのまま車で走り去り、間もなく自殺しました」(芸能ジャーナリスト・二田一比古『文春』)

 その後SAMと離婚し、NHKの紅白などにも出演を控えるようになる。
 そして、親代わりだったライジングプロ・平哲夫社長に、「奴隷契約だからやめたい。独立したい」と言い出し、14年には個人事務所を立ち上げる。
 離婚後、1人で子どもを育て、その子どもはもうすぐ20歳になるという。安室の40年の人生は順風満帆ではなかった。
 引退の理由はいろいろ囁かれているが、再婚を考えている、体の衰えが目に見えてきたなどがあるようだ。
 アイドルという仕事は決して素晴らしいものではないと、私は思う。ましてや40までアイドルを続ける苦労は並大抵ではないだろう。
 キャンディーズと同じように、普通のおばさんになりたいのではないか。
 『新潮』、『文春』はともに、10年ほど前から安室のツアーを仕切っている大物プロモーターの存在をあげている。
 安室が買った京都のマンションの近くに、そのプロモーターもマンションを買っているという。
 57歳で結婚しているそうだ。いいではないか。1年間思い切り歌い踊って、その後、第二の人生を楽しんでほしい。

 第1位。プロか大学進学か。去就が注目されていた早稲田実業の清宮幸太郎が、高校通算本塁打111本の史上最多記録を引っ提げてプロ入りを宣言した。
 12球団すべてが指名するという、これまた史上初のドラフトになるかもしれない。
 楽しみだが、絞り切れていない体と守備への不安は、いきなり1軍で大活躍を期待するのは少し酷かもしれない。
 だが、大学進学ではなく、プロを選んだ決断には喝采を送りたい。
 昔から、高校を卒業してすぐプロ入りか、大学で4年間やってからプロ入りしたほうがいいのかという議論はあった。
 だがすでに結果は出ていると言っていいだろう。プロでメシを食う覚悟があるなら、高校から入ったほうがいい。
 立教大学を例にとろう。筆頭は長嶋茂雄だろう。本屋敷錦吾(もとやしき・きんご)(阪急)、杉浦忠(南海)は同期である。錚々たる名選手を産んでいるが、これは六大学がプロ野球より人気のあった時代が長かったためである。
 甲子園→六大学→プロ野球というコースが定着していた。大学側もいい選手を獲るため無試験で特待生として入学させたのである。
 六大学で活躍すれば、プロから引く手数多であった。長島が巨人入りした時の大騒ぎを今でも覚えている。
 だが今の六大学にそんな熱気も実力も残念ながらない。素質のある高卒選手はほとんどプロ入りしてしまうからだ。
 私の記憶では、江川卓(すぐる)がいた時の法政大学と、斎藤佑樹がいた早稲田大学が往時の熱いものを感じさせてくれたが、それも今は昔である。
 私も、江川のいる法政の試合を何度か見に行った。作新学院のエースだった江川は、ドラフトで巨人に入れなかったため、仕方なく大学進学を選んだ。
 プロでもすぐに20勝はできるといわれていた江川にとって、六大学の選手は相手ではなかった。
 塁にランナーが出るまで江川は本気で投げなかった。だが、運良くバットに当たったランナーが塁に出ると、持ち味の快速球を投げ込み、バッターはかすることさえできなかった。法政の4連覇は江川がいたから成し遂げられた。
 だが、念願の巨人のユニフォームを着た江川には、スピードとキレがやや落ちている気がした。巨人で通算9年、135勝を挙げたが、高校から入っていれば、15勝×4=60勝を加え、名投手の称号である200勝投手に手が届いたのではないか。
 もう一人の斎藤佑樹は、高校から入った田中将大(まさひろ)と比較される。田中ほど大成はしなかっただろうが、プロで体を鍛え、もっと速い球を投げられるようにフォームを改造すれば、もう少し活躍できたのではないか。
 言い方は悪いが、レベルの低い六大学で、小手先でバッターを打ち取る投球を覚えたため、4年経ったらただの人になってしまったのである。
 『週刊ポスト』(9/29号、以下『ポスト』)は、高卒、大卒、どちらが得かという特集を組んでいる。
 『プロ野球なんでもランキング』著者・広尾晃は、プロでの成功の目安を、打者では通算1000本安打、投手では100勝と設定している。
 1965年のドラフト制度導入後に入団した選手のうち、1000本安打を達成した選手は183人(外国人を除く、以下同)。
 このうち高卒は81人で、全体の44%、大卒は65人で36%。だが、大学から実業団を経て達成した選手が10人、5%いるから、そう大きな差はないそうだ。
 100勝以上した投手は70人で、高卒は27人で39%、大卒は20人で29%だが、大学→実業団選手が5人、7%だからほぼ同じ。
 1000本安打、あるいは100勝を達成する確率は、高卒で7.2%、大卒(大学→実業団を含める)が8.5%。

 「高卒は4年早くプロ生活をスタートしているにもかかわらず、通算成績でそれがアドバンテージになっているとはいい難い」(広尾)

 選手寿命はどうか。毎年NPB(日本野球機構)が算出しているプロ選手の平均引退年齢は28歳~30歳。
 そこで1987年~89年生まれの選手について、高卒10年目と大卒6年目の28歳でのプロ在籍率、つまり「28歳生存率」を調べると、打者は高卒が60%、大卒は75%と、大卒のほうが高い。
 投手についていえば、大卒の85%が現役なのに、高卒はわずか34%しかいない。高卒選手の3分の2は平均より早くユニフォームを脱いでいるというのである。
 ではずばり、どちらが稼げるのか。
 昨年のドラフトでプロ入りした高卒ルーキー34人の平均年俸は607.9万円、大卒33人の平均年俸は1074万円。初年度からベースが倍近く開いているのだ。
 では、07年ドラフトでプロ入りした選手が28歳までに稼いだ累計年俸を比較してみる。
 高卒43人の10年目までの累計年俸は、平均で1億1536万円。対して、大卒26人の6年目までの平均額は7317万円。
 高卒のほうがキャリアが長くなる分、高くなるのかもしれない。ではメジャーリーグへ行っている選手はどうか。
 これは圧倒的に高卒である。投手では41人中28人、打者では13人中10人。プロ入り後9年経たなければ海外FA権が取得できないにしても、名選手は高卒に多いこと、間違いない。清宮がんばれ!
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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