日本近代文学館創立10周年、講談社創立70周年の記念出版として企画された、日本近代文学館編『日本近代文学大事典』全6巻は、1977年、1978年に講談社より刊行されました。続いて、全1巻の『日本近代文学大事典 机上版』が、1984年に講談社より刊行されました。この2種類の講談社刊行の『日本近代文学大事典』を元版として、最新の情報を吸収して修訂し、新たな項目を追加したのが、このオンライン版の『日本近代文学大事典』増補改訂版です。日本近代文学館による増補改訂に深いご理解を示され、元版の利用をこころよくお認めくださった講談社に、深甚なる謝意を表します。
歴史ある『日本近代文学大事典』が、新たによみがえる時が来ました。
日本近代文学館創立15周年、講談社創業70周年の記念出版として、1977年から1978年に刊行された、日本近代文学館編・講談社刊行の『日本近代文学大事典』全6巻は、これまでの最大の日本近代文学についての事典として、長年、手に取る多くの人々に親しまれてきました。文壇・学界の総力を結集したこの『日本近代文学大事典』は、執筆者800名、収載人名数5600余の、まさに画期的なものでした。
その後、人名篇3巻分を中心に新稿を追加し再編集した「机上版」1巻を、1984年に講談社より刊行しましたが、それからすでに38年が経過しました。この間、増補版を出してほしいという声をいただいてまいりましたが、長らくご要望にお応えすることができませんでした。
日本近代文学館では、2011年から創立50年記念事業を策定し、その一つに『日本近代文学大事典』の増補改訂を計画しました。講談社のご意向もうかがい、今後日本近代文学館の事業として推進するには、どうしたらよいかの検討を始めました。
日本近代文学館は近年、4名の理事を『大事典』担当理事と定め、検討を重ねてまいりました。その結果、①増補改訂は書物の形で刊行するのではなく、恒常的に増補改訂できるオンライン版とすること、②講談社刊行の元版の記述は、その時期のかけがえのない遺産として、テキストデータとして残すこと、③増補改訂作業は、文学館の継続的事業として受け継いでいくこと、などを確認いたしました。
元版をOCRにかけて、テキストデータにすることから始めましたが、それには多くの費用が必要です。この作業を進める過程で、公益社団法人日本文藝家協会から、このプロジェクトに対して、資金援助のお申し出をいただきました。日本文藝家協会の創立100周年記念事業のための基金の一部を、2020年度から、『日本近代文学大事典』の増補改訂デジタル化のために当ててくださる、というありがたいお話で、当時の日本文藝家協会の出久根達郎理事長が、それを推進してくださいました。最初の刊行以来の45年にわたる文学界の状況、新たな研究の進展を反映させ、文学の振興、明日の文化の形成のために、日本近代文学館と日本文藝家協会が協力して事業を進めることは、たいへん意義深いものと思います。
講談社からはこの事業に対し深いご理解をいただき、元版の使用をお認めいただきました。このたび、増補改訂作業が進み、第1次公開に向けて、最終段階を迎えました。作業に当たってくださった多くの方々に、たいへんお世話になりました。旧版の記述を使用することをご承認くださった執筆者・著作権者の皆様、「編集委員」としてお集まりくださった研究者の皆様、および300項目もの新稿・増補原稿を執筆してくださった皆様に、心より感謝申し上げます。ここまでの日々を思い返し、第1次公開を前に、篤くお礼申し上げます。
日本で初めて開かれた1957年の国際ペン大会の閉会式において、日本ペン・クラブ会長であった川端康成は、「文学というものには閉会式はないのであります」と挨拶しています。同様に、「文学事典にも終わりはない」といえます。オンライン版の特性を生かし、毎年データを修正し、新しい項目を増補し、永久に継続する事業として、日本近代文学館は、この『日本近代文学大事典』を育て、文学の創造と継承に資するよう努めてまいります。
日本近代文学館と日本文藝家協会とのつながりに心を尽くされ、作業を見守ってくださった坂上弘前理事長に、このオンライン版の完成を見ていただけなかったことを、残念に思います。
新しくよみがえった『日本近代文学大事典』が、今後多くの方々に、今まで以上に利用していただけることを、願ってやみません。
明治いらいの日本近代文学は、すでに一世紀をこえる歴史を経てきました。この間に、日本文学は伝統文学を承け継ぎつつ、西欧文化からさまざまな多くのものを摂取・吸収し、紆余曲折をたどりながら、多様、多彩な、日本独自の文学を創り、同時にまた世界に比肩し得る文学ともなったのであります。現代が、日本文学の長い歴史をつうじても、この豊饒の時代から、最も学ぶべきことが多いのは、改めて言うまでもありません。
ところが、早くから学問的な多くの業績がかさねられてきた古典の研究に比して、近代文学のそれは少数の先駆者たちの貴重な労作があったにもかかわらず、いちじるしく立ち遅れ、ほとんど未開拓のままとなっていたと言っても過言ではありません。
戦後、日本と日本人の新たなありかたが改めて問われると、先ず明治いらいの日本の近代の再検討・近代の文化の再評価が、きわめて大きな、重要な課題となり、いらいどの学問の分野においてもすぐれた研究成果が次々に挙げられてきました。とりわけ近代文学にたいする関心は、戦後の日本文学の未曾有の発展もあって高まり、作家・作品・文学史研究の各領域にわたって、おびただしい収穫が相次いで生まれ、戦前の水準とは比較にならぬところへ進みでたのであります。そうした機運のもとで、散逸・湮滅のはなはだしい関連資料を、広く収集し、後世に伝えるべく、昭和37年、文壇・学界の有志240余名によって近代文学館設立の運動がおこり、各界からの援助を得て、世界にも他に類のない近代文学のミュージアム(図書館・博物館)が実現されました。
ここにようやく完成、刊行をみることになった『日本近代文学大事典』全6巻は、近代文学館の設立に大きな寄与をされた講談社社長野間省一氏の熱心な薦めによって、昭和46年、館の創立10周年を記念する事業として着手し、いらい文壇・学界の30名から成る編集委員会が20数次にわたる協議を重ね、歴史・社会・哲学・思想・美術・演劇・映画・出版・新聞など関連領域をふくむ執筆者860名、関係者スタッフの総数あわせて900名に及ぶ多数の方々の協力を得て、今日までの研究成果のすべてをとり入れ、館がこの15年間に収蔵するにいたった貴重な諸資料を生かし、6年をついやして成ったきわめてスケールの大きな文学事典であります。この間に、本事典の企画立案の中心となり、推進力ともなって、重要な役割をはたした塩田良平、舟橋聖一、成瀬正勝、太田三郎の諸氏が編纂なかばにして物故されたことは、私たちの深い悲しみです。
館の創立15周年、講談社の創立70周年を記念する出版として、このような、かつて全く企てられることのなかった並々ならぬ事業が、講談社をはじめ、多くの図書館・資料室、編集委員、執筆者、そのほかの関係者の熱意によって実現されるにいたったことを、深く感謝し、ここにお礼を申し述べるとともに、大事典の完成を見ずに亡くなられた編集委員諸氏に、あらためて哀悼の意を表します。
本書が明日の日本文化の発展に役だてられることを心から願ってやみません。
この事典は先に日本近代文学館の創立15周年、講談社の創立70周年を記念して刊行した『日本近代文学大事典』全6巻中の、第1巻から第3巻までの人名の部3巻分をそのまますべてあわせて収め、それに全6巻版刊行後の日本現代文学の新たな動向を、ジャンルごとに、またティピカルな問題別に約30篇の新稿によって補い、さらにカラーアルバム、文学資料アルバム、便覧・案内、年表などを加えて全1巻に編んだものです。右の『大事典』中の3巻に収載された人名項目数は5,172だったので、今般、新稿の本文中に補充した約460名を併せると、実に5,600余名に及び、本事典のきわだった特色をなしています。これまでの近代文学事典中最も詳細なものが、人名項目数1,700だったことを考えると、この机上版の収載人名数およそ5,600は、特筆さるべきことと言わなければなりません。
また机上版では6巻版の誤り、不備な箇所を正し、参考文献を除いて、昭和59年6月までに出版された個人全集及び著作集など400余りを新たに補い、基本的な文献の書誌としても役だつよう配慮しました。
このような『日本近代文学大事典』6巻版の縮冊ともいうべき机上版の刊行は、昭和53年3月に6巻版が完結する前後から、今日にいたるまで、非常に多くの方たちから要望が寄せられてきたものです。幸い、6巻版はわが国近代文学研究の多年にわたる研究成果を全面的にとりいれ、かつて全くなかったスケールの大きな近代文学事典として圧倒的な好評を得ました。しかし6巻を併せると総ページ数3,332に達する大冊となったため、縮冊版、机上版、学生版を熱望する声が多数寄せられるにいたったのです。いらい館と講談社は慎重な協議と準備をたびかさねた末、ここに右のような形で机上版を編集・刊行することになりました。
なお6巻版は稲垣達郎(委員長)、井上靖、太田三郎、奥野健男、木俣修、楠本憲吉、紅野敏郎(編集長)、塩田良平、瀬沼茂樹、中島健蔵、中村真一郎、中村光夫、成瀬正勝、野口冨士男、平野謙、福田清人、舟橋聖一、保昌正夫、三好行雄、山本健吉、吉田精一、和田芳恵氏をはじめとする館の全理事が編集委員となって編纂されましたが、今般の机上版は稲垣(委員長)、瀬沼、紅野、保昌の諸氏が補訂の作業にあたられたことを記し、感謝の意を表します。
また人名執筆者総数772名にのぼる方々、机上版刊行にさいし新たに寄稿くださった30氏、講談社の関係各位に厚くお礼申し上げます。
これまで『日本近代文学大事典』6巻版ほど多数関係者の協力を必要不可欠とした出版物は、「大百科事典」のような特別なものを除けば、他に類をみないものと言われましたが、今回の机上版の刊行によって、更にいっそう多くの方々にこの画期の大事典を利用していただけることになれば多数関係者の協力が報われることになると思います。