和歌は、日本文学はもとよりのこと、広くは日本文化の基盤であり、源泉であり、日本人の心と言葉のふるさとである。したがって、日本人の心と言葉の本質をさぐり、その人情と美のありようを確かめるためには、かつて古人が深く分け入った和歌の林に、われわれもまた必ず分け入る用意がなければならない。
そういう意味において、松下大三郎氏の編纂によって、明治三十四年から刊行された『国歌大観』の役割は甚大であった。いうまでもなく、同書は万葉集・勅撰二十一代集をはじめ主要な私撰集・私家集等多数の作品の通行本文を収録して、文字どおり古典和歌の大観であり、かつ句索引によってそれらすべての一首一首を簡便正確に検索しうる、画期的な和歌索引であった。爾来八十有余年、ただに和歌の研究者のみならず、広く日本文学・日本文化に関心を持つ人びとの間に、座右の書として親しまれ、活用されてきた。
しかしながら、その長年月の間には、古典和歌の本文に関する研究の面でも、当然また長足の進歩がもたらされた。すなわち、未知の世界に長くうずもれていた作品もつぎつぎに新しく発見され紹介され、あるいは周知の作品についても、それぞれのよりすぐれた本文が改めて数多く確認されるなど、今日の精緻な研究の諸成果は、すでに資料面でも昔日の観を一新するものがある。よって、われわれは従来の『国歌大観』が果たしてきた歴史的役割を高く評価し、その形態的機能的特徴の多くを継承しながらも、今ここに改めて新しい『国歌大観』を編まねばならない時が到来したことを痛感せずにはいられない。
『新編国歌大観』は、まず旧『国歌大観』(正・続)所収の全作品を収めたうえに、私撰集・私家集・歌合・定数歌・朗詠集・物語歌等にわたり、広範大量の増補を行ない、それら全作品の各句索引を完備する。また所収各作品の底本にはおおよそ長い歴史の試練に堪えてきた流布本中の最善本を選び、かつそれぞれの専門の研究者が責任をもって校訂を担当し、現時点においてもっとも信頼しうる本文を提供するものである。
かくて、本書は質量ともに新しい世紀の要請に応える、古典和歌の新しい大観であり、手堅い流布本であり、日本人の心と言葉の伝統を新しい創造につなぎとめるために、欠くことのできない基礎資料となるであろう。