(すみよしものがたり)
作者未詳
継母の執拗な妨害をかいくぐって掴み取る女の幸せ
『枕草子』や『源氏物語』の中でも、名がふれられている有名な物語で、原型は平安時代に成立か。原作は散逸し、現在残っているものは、鎌倉時代初期の改作と言われる。主人公は、中納言の姫君。継母は継子である中納言の姫君に求婚した四位少将を、自分の娘の夫にしようと企み、姫君の結婚を執拗に妨害する。最後は、長谷寺観音の霊験のおかげでハッピーエンド。
[平安時代~鎌倉時代初期][物語]
《校注・訳者/注解》 三角洋一
(まつらのみやものがたり)
藤原定家
日本と中国を舞台にした藤原定家の構想広大な実験的小説
主人公の弁少将氏忠は、皇女との恋に破れ、失意の中、遣唐副使として唐に渡る。そこで、2人の貴女(皇帝の妹や后)と恋に落ち、さらには内乱に巻き込まれ、后の頼みで合戦に討って出ることに……。合戦シーンは、軍記物が流布する前に描かれたもので、当時としては珍しい。『無名草子』の記事により、作者は藤原定家と言われている。鎌倉時代初期に成立か。
[鎌倉時代初期][物語]
《校注・訳者/注解》 樋口芳麻呂
(むみょうぞうし)
藤原俊成女
当時の美意識や志向がよくわかる日本最古の文芸評論集
老尼が、女房たちの語りあう話を聞いて記したという構成。『源氏物語』を中心に『狭衣物語』や『夜の寝覚』、『浜松中納言物語』などの物語、歌集、小野小町や清少納言、和泉式部、紫式部、皇后定子、上東門院などの女性論が語られる。散逸物語類を知る資料としても貴重。「建久物語」「無名物語」などの別名がある。作者は藤原俊成女(むすめ)と言われている。
[鎌倉時代(1198~02年ごろ成立)][文芸評論]
《校注・訳者/注解》 久保木哲夫
(ほうげんものがたり)
作者未詳
保元の乱の悲劇のヒーロー、強弓・鎮西八郎為朝の活躍が光る
保元元年(1156)に京都で起きた保元の乱を題材に、和漢混交文で書かれた全3巻の軍記物。皇位継承権問題をきっかけに、崇徳上皇と後白河天皇が対立し、崇徳側には藤原頼長、源為義、平忠正らが、後白河側には源義朝(よしとも)・平清盛らがつき、親子・兄弟が敵味方に分かれて闘った。敗軍・崇徳側の源為朝(ためとも)の活躍や、敗者の悲劇が克明に描かれる。琵琶法師たちによって流布した。
[鎌倉時代(1219~22年ごろ成立)][軍記]
《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽
(へいじものがたり)
作者未詳
義経の母・常葉(ときわ)の悲しい運命も描かれる
勢力を拡大していた平清盛に対し、源義朝(よしとも)らが挙兵。清盛側が勝利し、源氏は衰退、平氏政権が興る――。保元の乱の3年後に京都で起きた内乱、平治の乱だ。この乱での源平の戦闘を中心に、和漢混交文で描く軍記物。琵琶法師たちによって語られた。「保元物語」「平家物語」「承久記」とあわせ、「四部合戦状」(四部之合戦書)とも称される。作者、成立年ともに未詳。
[鎌倉時代初期~中期][軍記]
《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽
(かんぎんしゅう)
作者未詳
小歌や猿楽など鎌倉・室町の恋の歌を集めた歌謡集
鎌倉、室町時代の代表的な小歌(こうた)226首と、猿楽の謡(大和節)、田楽(でんがく)節、放下(ほうか)歌、早歌(そうが)、狂言小歌など合わせて311首を収める。内容は、恋の歌が大半を占める。狂言歌謡に着目し、日本最古の狂言歌謡集という見方もある。仮名序に〈ここに一人の桑門(よすてびと)あり、富士の遠望をたよりに庵をむすびて、十余歳の雪を窓に積む〉とあるが、編者未詳。
[室町時代(1518年成立)][歌謡]
《校注・訳者/注解》 徳江元正
(しんこきんわかしゅう)
源通具、藤原定家、寂蓮ほか編
繊細で優雅な調べ――源平の争乱のさなかに編まれた勅撰集
後鳥羽院の命によって編まれた、第八番目の勅撰和歌集。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮(じゃくれん)。優雅で繊細な調べ、耽美的な歌風は「新古今調」といわれ、万葉調・古今調と並ぶ「三大歌風」のひとつとして尊重された。歌数約2000首。代表歌人は西行や慈円、藤原良経など。
[鎌倉時代(1205年成立)][歌集(和歌)]
《校注・訳者/注解》 峯村文人
(ほうじょうき)
鴨長明
人の世の無常を流麗な文体で記す、中世を代表する随筆
〈ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉の書き出しで有名な、鎌倉時代の仏教的随筆。50歳のころに出家した鴨長明が都(京都)の郊外(日野山)の庵に隠棲し、そこで体験したことをつづったもの。世の無常さ、庵での日常、天災(大火、辻風、大地震など)や飢饉、遷都などが、和漢混交文で簡明に書かれている。一丈四方(方丈)の狭い庵を結んだことから、「方丈記」という。
[鎌倉時代(1212年成立)][随筆]
《校注・訳者/注解》 神田秀夫
(つれづれぐさ)
卜部兼好(吉田兼好)
心に浮かぶままを簡潔につづった鎌倉時代末期の名随筆
〈つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を〉思いつくまま書き記したという卜部兼好(うらべかねよし)による随筆。江戸時代になって広く読まれるようになり、吉田兼好という俗称が一般的になった。全244段で構成され、無常観に基づく人生観、世相観、趣味などが、切れのいい和漢混交文と和文で記される。『枕草子』、『方丈記』と並び、「日本三大随筆」のひとつ。
[鎌倉時代(1330~31年ごろ成立か)][随筆]
《校注・訳者/注解》 永積安明
(しょうぼうげんぞうずいもんき)
孤雲懐奘
鎌倉仏教のひとつ、曹洞宗の開祖・道元の法語を平易にまとめる
中国(宋)での修業を終え、悟りを開いた道元は、最初の曹洞禅の道場を京都深草の興聖寺に開く。そこで語られた法語を、弟子の孤雲懐奘(こうんえじょう)が聞くに随(したが)って筆録したもので(ゆえに「随聞記」)、仏道修行についての心構えや覚悟が、平易に説かれている。懐奘はのちに道元のあとを受け、曹洞宗の本山・永平寺の二世となった。
[鎌倉時代(1235~38年ごろ成立)][法語集(仏書)]
《校注・訳者/注解》 安良岡康作