日本大百科全書(ニッポニカ)

ハンドボール
はんどぼーる
handball 英語

2チームによりボールをパスとドリブルでつないで相手のゴールに投げ入れ、得点を競う競技。日本では第二次世界大戦後までは「送球」とよばれた。7人制(インドア)と11人制(フィールド)があるが、1960年代に入って11人制は衰微し、世界選手権においても1966年以来休止され、国内外とも現在では、ハンドボールといえば室内球技の7人制をさす。夏季にアウトドアで7人制を楽しむ大会がヨーロッパや日本でも開かれる。
 日本が11人制を全廃したのは1963年(昭和38)で、女子と中学生は1957年からすでに7人制に一本化されていた。
 ゴムボールを平手で壁に打ち当てて得点を争う個人競技もハンドボールとよばれるが、日本では愛好者が少ない。アメリカなどではこの「ウォール(アイリッシュ)・ハンドボール」のほうが盛んで、団体球技のハンドボールは「チーム・ハンドボール」「オリンピック・ハンドボール」などと名づけられている。
 このほか、1980年代後半から、イタリアのアドリア海沿岸で始められた1チーム4人による「ビーチ・ハンドボール」Beach Handballが各大陸で急速に普及、世界選手権が2年に一度開かれているほか、2013年からワールドゲームズ(オリンピックに参加していない種目の競技大会。夏季オリンピックの翌年に実施される)の公式競技に加えられ、2018年にはユースオリンピックの実施競技となった。日本では1997年(平成9)、初の試合が行われている。
[杉山 茂]2019年10月18日

歴史

起源は、古代ギリシアで行われていた「ハルパストム」harpasturmといわれる。羽根を詰めた皮袋を大ぜいの人が決められた場所へ投げ込む競技で、中世にフランスで盛んとなった「スール」も同様な競技である。
 近代ハンドボールの発祥については、デンマーク発祥説とドイツ発祥説があったが、国際ハンドボール連盟(IHF:International Handball Federation)は、1990年にデンマークを「近代ハンドボール発祥の国」と認定した。デンマークは1898年夏、「ハンドボルト」handboldの名で初の公式試合を、フュン島東端の町、ニュボーで行ったとされる。考案者の一人である体育教師ホルガー・ニールセンHolger Nielsen(1866―1955)などによって編まれた、1906年刊行のルール・ブックも現存する。しかし国際的にはドイツが普及と発展に努め、大きな力を示した。1919年ドイツのカール・シュレンツKarl Schlenz(1890―1956)が、各国で行われていた類似球技を一つにまとめて「ハンドボール競技規則」を制定、1920年にベルリン体操連盟の名で刊行した。ドイツにおけるハンドボールは1915年ごろ、「ラッフバル」Raff ballの名で親しまれていた球技と、女子用の球技「トーアバル」Tor ballなどを基に考案された。
 1921年、この規則による最初の競技会として、ハノーバーで第1回ドイツ選手権が開かれ、ヨーロッパ各国へ普及、1928年の第9回オリンピック・アムステルダム大会時に国際陸上競技連盟により、19か国で国際アマチュア・ハンドボール連盟(International Amateur Handball Federation。略称IAHF)が結成された。日本は陸上競技連盟によって加盟手続きが行われた。
 1936年の第11回オリンピック・ベルリン大会では正式競技として男子の11人制ハンドボールが採用されたが、その後のオリンピックでは実施されず、1972年の第20回ミュンヘン大会で36年ぶりに競技種目として復活し、男子の7人制(インドア)ハンドボールが行われ、1976年の第21回モントリオール大会からは女子の7人制も加わり、定着した。7人制のルールは1934年に制定された歴史がある。
 世界選手権は男女とも2年に一度行われる。ヨーロッパ勢が上位を独占する時代は続いているが、男子はアフリカ勢、女子は韓国、ブラジルが台頭してきている。
 国際アマチュア・ハンドボール連盟は第二次世界大戦後の1946年に国際ハンドボール連盟に改組された。加盟国は2019年7月時点で準加盟国8を含め209の国と地域となった。
[杉山 茂]2019年10月18日

日本のハンドボール

1922年(大正11)8月、日本体育学会夏季講習会で、東京高等師範学校(後の東京教育大学。現、筑波(つくば)大学)教授の大谷武一(ぶいち)(1887―1966)が紹介したのが、日本での端緒とされる。大谷はヨーロッパ留学中にハンドボールを知り、体育的効果の大きさに注目して導入した。1926年と1936年(昭和11)の学校体操教授要目に高等女学校、中等学校や高等小学校の教材として採用され、普及していったが、競技スポーツとして関心が高まったのは1930年代の後半である。1940年東京で予定された第12回オリンピックの実施競技に加わったことで急速な伸びをみせ、1937年最初の競技会として東京で第1回関東選手権が開かれ、1938年2月、日本送球協会(現在の公益財団法人日本ハンドボール協会〈JHA:Japan Handball Association〉の前身)が設立された。オリンピック東京大会の返上で、その後の発展は細々としたものになったが、1946年(昭和21)国民体育大会競技に含まれたことから国内各地での活動が盛んとなり、1950年代後半から国際交流も積極的に行われた。7人制の初公開は1953年で、ヨーロッパなどの流れの影響を受け、11人制は衰退していった。
 7人制世界選手権への参加は、男子が1961年の第4回、女子が1962年の第2回大会からである。2019年には男子の第26回大会をドイツ・デンマークで、女子の第24回大会を熊本で開催する。
 オリンピックには、男子はミュンヘン(1972)、モントリオール(1976)、ロサンゼルス(1984)、ソウル(1988)の4回、女子はモントリオールにそれぞれアジア地域代表として出場、男子はモントリオールの9位、女子は同5位が最高の成績である。男女とも2020年の東京オリンピックで久々の出場を果たす。2019年(令和1)5月末時点で、日本ハンドボール協会への登録チーム数(高等学校、高等専門学校以上)は男女あわせて約2900、登録競技者は約6万1000人、その70%近くが高等学校チームと高校生である。日本ハンドボール協会は小学生、中学生の愛好者を含め、総数を約10万人と称している。
[杉山 茂]2019年10月18日

競技法と施設・用具(7人制)

競技はJHAの競技規則に基づいて行われる。1チームの編成は交代要員を含め14人(国際的には16人まで認められ、2020年以降は18人に増えることが確定している)である。最大で同時に7人の選手(うち1人はゴールキーパー)がコートに出場できる。ゴールキーパーを除く6人を一括してフィールドプレーヤーあるいはコートプレーヤーとよぶ。
 相対する2チームは、センターラインで2分された長方形の競技場(40メートル×20メートル。小学生の標準は36メートル×20メートル)の一方を自陣とする。
 一方のチームが中央からスロー・オフすることで競技が開始され、手によるパスやドリブルによってボールを運び、相手ゴール(高さ2メートル、幅3メートル)に投げ入れて(シュート)、得点を争う。シュートは、ゴールから6メートル離れたゴールエリアの外側から行う。投げ入れに成功(ゴール)した場合は1点が与えられ、規定時間内にゴール数の多い側が勝ちとなる。
 規定時間は、男女とも高校生以上は70分(前半・後半各30分で、間に10分の休憩。オリンピックなどの大会によっては15分の休憩)、中学生男女は60分(前半・後半各25分で、間に10分の休憩)、「Jクイックハンドボール」とよばれる小学生男女は40分(前半・後半各15分で、間に10分の休憩が標準)である。時間内に勝負がつかない場合は、5分間の休憩のあと、延長(5分×2回、休憩1分)を行う。それでも同点の場合は第2延長を、最初の延長と同じ方法で行う。さらに同点の場合は大会ごとの規定で勝者を決める。競技の運営は、2人の審判員が務める。
 使用ボールは球形で天然の皮革あるいは合成の材質で包まれたゴムでできており、テレビ時代に即したカラフルなボールも認められている。男子が重さ425~475グラム、外周58~60センチメートル、女子と少年(中学生男子)は重さ325~375グラム、外周54~56センチメートル、小学生は重さ255~280グラム、外周49.5~50.5センチメートルである。
[杉山 茂]2019年10月18日

競技のおもな規則

(1)ボールの扱い ボールを手に持ち3歩まで走ったり歩いたりできるが、それ以上は反則(オーバー・ステップoversteps)。また、ボールを3秒までは手に持ったままでよいが、それ以上は反則(オーバー・タイムovertime)。片手で連続してドリブルdribbleするのはよいが、弾ませたボールを両手でとらえたあと、ふたたびドリブルする(ダブルドリブル)のは許されない。ボールを蹴ってパスしてはいけない。また、ボールに下腿(かたい)、足で触れてはいけない。
(2)相手に対する動作 ボールを得るために腕や手を使うことや、開いた片手で相手の持つボールをたたき落とすことはよい(こぶしは反則)。また、相手を自分の身体で阻止することは許されるが、押す(プッシング)、つかまえる(ホールディング)、突き当たる(チャージング)、相手の前に身体を投げ出す(トリッピング)のは反則である。
(3)ゴールエリアの規則 ゴールエリアはゴールキーパーだけが入れる。ただし、フィールドプレーヤーがボールを投げたあとに踏み入った場合、それが相手側へなんの不利益も与えないときは許される。また、ゴールエリア上の空間に制限はない。
(4)ゴールキーパーの規則 ゴールキーパーは全身であらゆる防御ができ、シュートされた場合には足や下腿を使ってもよい。ゴールエリア内においては、ボールを制限なく持って動くことができる。しかし、ボールを持ったままゴールエリア外に出てはならないし、エリア外のボールをエリア内に持ち込んでもいけない。ゴールキーパーはゴールエリアの外でもプレーできるが、その場合はフィールドプレーヤーと同じ規則が適用される。選手の交代は自由で、規定された場所(交代ライン)から、いつでも何回でも行える。
[杉山 茂]2019年10月18日

ウォール・ハンドボール

wall handball 布または皮革製のグラブをはめた手で、ボール(ゴムまたは合成素材で直径約5.4センチメートル)を壁に交互に打ち返して、得点を争うゲーム。競技は日本ウォールハンドボール協会(JWHA:Japan Wall-Handball Association)の競技規則に基づいて行われる。二人が競い合うシングルスと、二人一組で対戦するダブルスがあり、21点を先取したほうが勝ちとなる。発祥地はアイルランドといわれ、19世紀後半にアメリカに伝わり盛んになった。
 競技は、一般的にフォア・ウォール・ゲームfour-walls gameと、ワン・ウォール・ゲームone-wall gameの2種類で、フォアの場合は、前後左右に四つの壁をもったコートで行われる。得点はサーブ権をもった選手がラリーで勝った場合のみカウントされ、サーブ権をもたない側がラリーに勝った場合はサーブ権を得る(サーブ権が移る)だけで得点とはならない。
 コートの広さは20フィート(約6.1メートル)×40フィート(約12.2メートル)。フロント・ウォールとよばれる前面の壁は20フィートの高さ。バック・ウォールという後面の壁は少なくとも14フィート(4.3メートル)の高さであることが推奨されている。
[杉山 茂]2019年10月18日