アメリカ国籍の地球科学者、気候学者。愛媛県新立(しんりつ)村(現、四国中央市新宮(しんぐう)町)生まれ。1953年(昭和28)東京大学理学部地球物理学科卒業、1958年東京大学大学院理学研究科修了、同年理学博士号取得。1958年からアメリカ国立気象局大循環研究部門研究員、1963年からアメリカ国立海洋大気庁(NOAA)地球物理流体力学研究所上級研究員を1997年(平成9)まで務める。1968年から1997年までプリンストン大学大気海洋科学プログラム客員教授を兼務。1967年にアメリカ地球物理学連合のフェロー。1983年東京大学特別招聘(しょうへい)教授、1997年アメリカ科学振興協会(AAAS)フェロー、1997年に日本へ帰国し、2001年(平成13)まで、宇宙開発事業団(現、宇宙航空研究開発機構:JAXA(ジャクサ))と海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構:JAMSTEC(ジャムステック))との共同プロジェクト「地球フロンティア研究システム地球温暖化予測研究領域」の領域長を務める。2002年からJAMSTEC非常勤顧問、プリンストン大学大気海洋科学プログラム客員研究協力者(2003年まで)、2005年上級気象研究者となり現在に至る。2008年にJAMSTECフェロー、2007~2014年に名古屋大学特別招聘教授。1990年アメリカ科学アカデミー会員、1994年ヨーロッパアカデミー外国人会員、1995年カナダ王立学会外国人会員、2009年日本学士院客員。1975年にアメリカ国籍を取得。
平均気温の変化など長期間の気候変動は、太陽からの放射、降水、蒸発などの大気循環、水の循環などさまざまな要素が絡む複雑な現象で、真鍋はこの解析をコンピュータで再現するモデルを世界に先駆けて構築し、今日の地球温暖化研究の礎(いしずえ)を築いた。東京大学で気象学を修めた後、気候変動のモデルを構築しようとしていたが、大型の計算機(コンピュータ)が使えるアメリカ気象局の招きもあり、1958年に渡米。当時のコンピュータの計算速度は遅く、真鍋は、三次元で広がる大気をモデル化する準備段階として、1964年、地上から上空までを一本の柱に見立てて、上下方向だけのデータの相互作用を考慮する「一次元放射対流平衡モデル」を構築した。このモデルでは、太陽放射、赤外線の放射、大気の対流、熱交換などの扱うデータ量を少なくできる。そのため、地上からの高度10キロメートルまでの、大気が活発に交じりあう対流圏では、上空に行くほど気温が低下し、さらに上空の成層圏に入ると低層(高度20キロメートルあたりまで)では温度が一定となり、それより上層(高度20キロメートルから50キロメートルあたり)では高度とともに温度が上昇する、という大気の構造をうまく再現できた。
この一次元モデルは、対流圏で大気の熱交換にかかわる二酸化炭素、オゾン、水蒸気などの温室効果ガスの役割をシミュレーションするのにも適していた。この一次元モデルを使い、二酸化炭素(CO2)濃度を当時の平均値300ppmの2倍、逆に半減させた場合の気温の変化を調べるシミュレーションを行い、「大気中のCO2濃度が2倍に増えると地表の気温は2.36℃上昇、逆にCO2濃度が半減すると地表付近の気温は2.28℃下がる」と1967年に発表。この論文が地球温暖化予測の先駆的な論文となった。
その後も気候モデルを進化させ、大気を一本の柱から500キロメートル単位の箱とする三次元モデルを考案。1969年にはNOAA地球物理流体力学研究所の同僚で海洋学者のカーク・ブライアンKirk Bryan(1929― )と、それまで別々に確立されていた大気と海洋のモデルを一体化し、大気と海が熱や水蒸気を交換する過程を組み込んだ計算手法「大気海洋結合モデル」を開発。1975年、さらにこれを地球全体に適用できるモデル「全球気候モデル」(大循環モデル)に発展させた。この大気海洋結合モデルを駆使し、CO2を増加させたときの気温上昇の予測や、温暖化に伴う降水量変化などの研究成果を、次々に発表した。このモデルは各国の研究者にも気候シミュレーション研究として使われた。真鍋らの研究チームは、さらに海洋循環、大気循環を結合したモデル(結合気候モデル)を進化させ、1989年、地球温暖化をコンピュータで予測する本格的な論文、いわゆる「真鍋モデル」を発表した。1988年に国連が発足させた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第1次評価報告書は1990年に完成したが、ここにも真鍋らの研究は生かされ、大きな反響をよんだ。
真鍋が開発した気候モデルは、日本の気象庁が長期予報などに使うモデルなどにも応用されている。IPCCは、2021年8月、「温室効果ガスを排出し続けると世界の気温は、産業革命前と比べて今後20年間(2021~2041年)に1.5℃以上上昇する可能性が非常に高く、各国が温暖化対策を講じても1.5℃を超える可能性がある」との第6次評価報告書を公表した。これにより、「人間が地球温暖化を引き起こしていることは疑う余地がない」と世界に警鐘を鳴らした。真鍋は、こうした地球温暖化問題を地球規模の問題として認識させる重要な役割を果たしたのである。
1966年日本気象学会の藤原賞、アメリカ気象学会からは1967年にマイジンガー賞、1992年にカール・グスタフ・ロスビー・メダルを受賞。1992年ブループラネット賞(旭硝子(あさひがらす)財団)、1993年ロジャー・レベル・メダル(アメリカ地球物理学連合)、1995年朝日賞、1997年ボルボ環境賞、2004年カナダのマクギル大学名誉博士号、2015年ベンジャミン・フランクリン・メダル、2016年スペインの金融グループBBVA財団と科学研究高等会議によって顕彰されるBBVA財団フロンティアーズ・オブ・ナレッジ賞、2018年クラフォード賞(イギリス王立協会)を受賞した。
2021年、「気候変動モデルの構築と信頼できる温暖化予測」の功績で、ドイツ・マックス・プランク気象学研究所名誉教授のクラウス・ハッセルマンとともにノーベル物理学賞を受賞した。「原子から惑星までの物理システムにおける無秩序とゆらぎの相互作用の発見」に貢献し、複雑な物理現象の理論化に成果をあげたイタリアのローマ・ラ・サピエンツァ大学教授ジョルジョ・パリージとの同時受賞であった。なお、気候学の分野でノーベル物理学賞が贈られるのは初めてである。また、同年日本の文化功労者・文化勲章に同時に選出された。