政府が財政赤字を拡大、悪化させても、発行している国債が自国通貨建て債務であるならば、債務不履行には陥らないと主張する経済理論。アメリカの経済学者ステファニー・ケルトンStephanie Kelton(1969― )らが提唱。英語の頭文字からMMTともいう。
2008年に発生した世界金融危機以降、多くの先進国が量的緩和など非伝統的な金融緩和政策を実施してきたが、個人消費の停滞やインフレ圧力が緩慢な状態が続き、閉塞感が漂うなかで、新しいアプローチとして世界で注目を集めた。
現代貨幣理論によれば、政府の役割とは、財政を健全化させることではなく、完全雇用と適度なインフレを実現するために、財政政策によって経済の需給バランスを図ることにある。需要拡大政策として、歳出拡大政策を金融緩和政策よりも重視し、インフレの調整手段として、金利の調整よりも税金や財政支出の調整のほうがより効果的だとみなしている。金融緩和政策によって利下げをしても、かならずしも需要拡大をもたらさないが、歳出拡大政策は、直接的な雇用拡大により総需要を刺激できるからである。
もし、失業率が高く、かつ低いインフレ状態にあるならば、経済の需給バランスを改善するために政府の歳出を増加し、それをすべてマネー(中央銀行当座預金)の発行で実施して、完全雇用と物価安定を目ざすべきだと主張する。マネーの増加は金利を下押しするので、民間投資のクラウディングアウト(押し出し、大幅な縮小)も起きない。歳出拡大によって景気が過熱し、大幅なインフレになった場合には増税でこれを抑制し、マネーを吸収(中央銀行当座預金を縮小)すればよいとの見解である。
一方、金融緩和政策については、短期金利をゼロ%程度に維持する政策を行い、財政政策の効果を最大限に高めるための黒子役に徹すべきであると主張する。金融緩和政策による利下げには「実効下限制約」があるほか、利下げをしても企業の成長期待や家計の収入期待が低迷していれば、民間による資金需要は増えず、むしろ、利息の減少で債権者・預金者の収入が減ることで消費が減退し、債権者から債務者への不公平な所得移転を伴ってしまうことになる。このため、こうした状況を悪化させるようなマイナス金利政策には否定的である。しかも、利下げで民間債務が膨張すれば、バブル生成や民間債務危機の発生など、金融システムを不安定化させるようなリスクを高めてしまう恐れさえある。つまり、現代貨幣理論は、金融政策は「金利は下げられてもインフレには影響を及ぼせない」という、現代の中央銀行制度に対する挑戦的な結論を導いている。
MMTの課題は、税制や政府の歳出でインフレを調整する仕組みであるため、選挙で選出される国会議員が、国民に不人気な増税(インフレを抑えるため)ができるかにある。金融政策運営の独立性を与えられている中央銀行とは異なり、実践上の課題がある。