医薬品や食中毒、感染症、飲料水、その他なんらかの原因により生じる国民の生命および健康の安全を脅かす事態(健康危機)に対して行われる、健康被害の発生予防、拡大防止、治療などに関する管理業務の総称。
代表的な健康危機としては、新興感染症(例、新型コロナウイルス感染症〈COVID(コビッド)-19〉、エボラ出血熱など)の発生、自然災害や感染症の蔓延(まんえん)、化学物質やバイオテロによる健康被害、さらにはワクチンや治療薬の供給不足などが例としてあげられる。これらの危機は、国境を越えて広がる可能性があり、その対応には、医療機関や行政機関、研究機関、企業、国際機関などの幅広い連携が不可欠である。
健康危機管理は発生前、発生時、収束後の3段階に分かれ、それぞれに異なる役割がある。
①予防と備え(preparedness):危機の発生前(平時)においては、計画、リスク評価、サーベイランス(監視)、ワクチンや薬剤の備蓄、訓練、専門人材の育成などを行う。
②対応(response):危機が発生した際には、迅速な情報収集・分析に基づき、的確な対策(検査体制の整備、医療提供体制の強化、広報・リスクコミュニケーション)を講じる。
③回復と教訓の共有(recovery and learning):危機の収束後は、被害状況の評価や制度の見直し、次への備えとしての知見の蓄積と共有を図る。
健康危機管理は、単なる医療対応にとどまらず、行政、研究、公衆衛生、臨床現場、教育、物流、メディアなど多領域との連携を前提とする「総合的かつ科学的な危機管理」体制である。とくに近年は、平時からの科学的根拠に基づく準備と、緊急時の迅速な意思決定・行動の重要性が強調されている。
また、健康危機管理業務に従事する者は、国民の生命および健康にかかわる者であるとの危機意識をつねにもち、予断をもって判断することなく、健康被害が生じているなどの事実を真摯(しんし)に受け止め、科学的・客観的な評価に努めることが求められる。
なお、諸外国においてもヘルスセキュリティhealth securityと称して同様の取組みがなされている。ヘルスセキュリティは、日本語に置き換えると「健康危機管理」の概念と近しいものである。