企業のサステナビリティ(持続可能性)情報の開示に関する国際基準を開発する機関。略称、ISSB。
ISSBは、国際財務報告基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)財団(IFRS財団)のもと、国際会計基準審議会(IASB:International Accounting Standards Board)の姉妹組織として2021年に設立された。企業が気候変動などのサステナビリティ課題に伴うリスクや機会を、投資家向けに適切に開示できるよう、グローバルな基準を開発することを目的とする。ここで「機会」とは、資源の有効活用や省エネルギーなど、環境問題に対する企業の積極的な取組みが、企業価値を高める可能性をさす。ISSBが策定するISSB基準は、サステナビリティ要素を会計に組み込み、企業や投資家の意思決定に影響を与えることで、持続可能な経済社会の構築を目ざす。
気候変動や生物多様性の危機的状況を受けて、企業はこれまでのビジネス・モデルを見直し、持続可能な産業・社会構造への転換を進めることが急務とされている。その鍵(かぎ)となるのが、資金の流れを変えるサステナブルファイナンスと、投資判断に必要な情報を提供するサステナビリティ開示である。
2006年の国際連合(国連)による「責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)」の提唱以降、環境environment、社会social、企業統治governanceの要素を投資に組み込むESG投資や、環境保全を目的として発行するグリーンボンド(環境債)などを含むサステナブルファイナンスが拡大した。また、気候変動などのサステナビリティ課題への対応が企業経営のリスクに直結するようになったことで、リスク調整後のリターンの向上を追求する投資家にとっても、企業のサステナビリティ情報に対するニーズが高まった。
こうした背景を受けて、2015年に、主要国の中央銀行・金融当局などで構成される金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)のもとに「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」が設置され、2017年にはTCFD提言が公表された。当時は多くの任意の開示ガイドラインが乱立していたことから、2020年に主要5団体であった国際統合報告評議会(IIRC:International Integrated Reporting Council)、サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards Board)、気候変動開示基準委員会(CDSB:Climate Disclosure Standards Board)、CDP、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI:Global Reporting Initiative)が連携して、TCFD提言を基にした試案(プロトタイプ)を発表した。2021年11月の気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)において、IFRS財団のもとにISSBを設立することが表明され、初代議長にはダノン社(フランスの乳製品、飲料、菓子製品の世界的企業)の元CEOのエマニュエル・ファベールEmmanuel Faber(1964― )が就任した。
ISSBは2023年6月、最初の基準として、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」と、S2号「気候関連開示」を公表した。この基準は、TCFD提言などの既存の枠組みを踏まえ、投資家の意思決定に有用な「サステナビリティ関連財務情報」に焦点をあてている。
ISSB基準は、企業に影響を与える重要なサステナビリティ関連のリスクと機会に関するコア・コンテンツ(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)の開示を求めている。これらの情報は、財務諸表の補足情報として財務報告において開示され、財務情報とのつながり(コネクティビティ)なども重視される。
ISSB基準公表の1か月後の2023年7月には、証券監督者国際機構(IOSCO(イオスコ):International Organization of Securities Commissions)が、ISSB基準(S1号・S2号)を承認したことで、グローバルな資本市場が用いるのに適した基準と証明された。
今後は、気候に次ぐテーマ別基準が開発される予定であり、2024年時点でISSBでは、「生物多様性、生態系及び生態系サービス」と「人的資本」に関連するリスクと機会に関する研究プロジェクトが進められている。
ISSB基準は、各国が自国の事情にあわせて必要な追加事項の開示要求をすることで、各国の法令と両立可能なビルディング・ブロック・アプローチを採用している。このためISSB基準によって、サステナビリティ開示が、任意開示から各国による法定開示へと進む新たな流れができた。
日本の動きは早く、2021年11月のISSB設立表明を受け、2022年(令和4)7月にはサステナビリティ基準委員会(SSBJ:Sustainability Standards Board of Japan)が発足した。SSBJは、ISSB基準との整合性を保ちつつ日本基準(SSBJ基準)を開発し、2025年3月には、日本版のサステナビリティ開示基準である、サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」、サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」、サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」を公表した。SSBJ基準は、2023年3月期から有価証券報告書において開示が始まった「サステナビリティに関する考え方及び取組」の基準として位置づけられ、2027年3月期からはプライム上場企業の一部から段階的に適用が義務化される予定である。