体重減少、炎症状態、食欲不振に関連した慢性疾患に伴う代謝不均衡。2023年(令和5)に、アジアのカヘキシアのワーキンググループであるAsian Working Group for Cachexia(AWGC)が発表したコンセンサス論文で上記のように定義された。代謝不均衡とは、筋肉や体脂肪の合成より分解のほうが多い状態である。
cachexiaはギリシア語のkakosとhexisに由来し、悪い状態(bad condition)を意味する言葉である。日本語では「悪液質(あくえきしつ)」ともいう。悪液質ということばは、がん終末期のイメージが強い。しかし実際には、がん以外の疾患や、終末期ではない時期にも悪液質は生じうるため、英語のcachexiaをそのまま片仮名で表記したカヘキシアを用いるようになっている。
AWGCでは、カヘキシアの病因を、がん、うっ血性心不全、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)、慢性腎(じん)不全、慢性呼吸不全、慢性肝不全、関節リウマチ、膠原(こうげん)病、制御できていない慢性感染症としている。これらの疾患を認めない場合には、カヘキシアとは診断されない。
2016年(平成28)のフォン・ヘーリングStephan von Haehlingらの推計によると、日本のカヘキシア患者は、慢性閉塞性肺疾患で23万人、慢性心不全で20万人、がんで17万人、関節リウマチで2万人、慢性腎臓病で3万人とされている。しかし、AWGC基準を用いた場合、進行がんの76%、慢性心不全の74%、慢性腎臓病による人工透析の35%、肝硬変の28%、サルコペニア(筋肉減少症)の摂食嚥下(えんげ)障害の36%にカヘキシアを認めたという報告がある。そのため、AWGC基準でのカヘキシアの患者数は、2016年の推計より多い可能性が高い。
がんカヘキシアには、「前カヘキシア」「カヘキシア」「不応性カヘキシア」というステージ分類がある。また、「カヘキシアのリスクあり(at risk of cachexia)」という概念の検討もなされている。
おもな症状・症候は、意図しない体重減少(意図的な減量目的以外での体重減少)、食欲不振、筋肉量減少、筋力低下、全身の倦怠(けんたい)感・疲労感である。カヘキシアだけに特有の症状・症候はない。
AWGCによるカヘキシアの診断基準を示す。カヘキシアの原因疾患の存在(がん、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎不全、慢性呼吸不全、慢性肝不全、関節リウマチ、膠原病、制御できていない慢性感染症)と、3~6か月で2%超の体重減少もしくはBMI(体格指数)21kg/m2未満が必要条件である。そのうえで次の三つのうち一つ以上に該当する場合に、カヘキシアと診断する。①主観的症状:食欲不振、②客観的指標:握力低下(男性28kg未満、女性18kg未満)、③バイオマーカー:血中C反応性タンパク(CRP)0.5mg/dL(デシリットル)超。CRPとは、炎症や組織の破壊があると血液中に増加するタンパク質であり、カヘキシアでは慢性炎症に伴い上昇することが多い。CRPの正常値は0.15mg/dLもしくは0.30mg/dL未満とすることが多く、カヘキシアでは軽度の炎症状態を診断基準に含めている。
カヘキシアを根本的に治療する方法は、病因となっている疾患(原因疾患)の完治以外にはない。しかし、カヘキシアの原因疾患には、根治がむずかしい疾患が多い。そのため現状では、患者の生活の質(QOL:quality of life)維持や改善を目的に運動面、栄養面、薬剤面、心理・社会面の多方面から同時に対応する包括的治療を行う。
運動療法は、筋肉に中等度の負荷をかけて行うレジスタンストレーニングと持久性トレーニングを含む複合運動を行う。栄養療法としては、エネルギーとタンパク質の摂取不足による低栄養を合併しないよう、十分なエネルギーとタンパク質を摂取する。そのうえで、意図的な体重増加を目ざして、1日のエネルギー摂取量を200~750kcal(キロカロリー)程度付加する積極的な栄養療法を検討する。
薬物療法は、胃がん、大腸がん、膵(すい)臓がん、非小細胞肺がんが原因のカヘキシアで食欲不振を認める場合、アナモレリン塩酸塩(商品名:エドルミズ)の使用を検討する。アナモレリン塩酸塩は、カヘキシアによる食欲不振や体重減少の改善のために用いられる。副作用には、高血糖、肝機能異常、心電図異常、吐き気、下痢などがある。それ以外のがんや他疾患によるカヘキシアの場合、漢方薬の補剤(六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう))の使用を検討する。
心理面では、抑うつ状態を認める場合、抗うつ薬による薬物療法、認知行動療法やマインドフルネスなどの心理療法、運動療法、栄養療法、補完代替療法(音楽療法、芸術療法、園芸療法、ラフターヨガ〈笑いヨガ〉など)の併用を検討する。社会面では、社会的孤立や孤独、経済的問題を認める場合、社会福祉士などによるソーシャルワークを検討する。人とのつながりや社会参加の場をつくることが重要である。
AWGCでは、カヘキシアの臨床上のアウトカム(患者にもたらされる状態)指標として、「死亡」「QOL」「機能」の三つをあげている。つまり、カヘキシアでは死亡リスクが高く、QOLや機能が低下しやすい。がんカヘキシアの場合、1年間の死亡率は20~80%とされている。
サルコペニアとは、転倒、骨折、身体機能障害および死亡など、不良の転帰の増加に関連しうる進行性および全身性の骨格筋疾患である。カヘキシアはサルコペニアの原因の一つであり、サルコペニアは骨格筋量低下と筋力低下で診断される。
低栄養とは、体組成の変化(除脂肪量の減少)および体細胞量の減少につながる栄養の欠乏または摂取不足に起因する状態をさす。それにより身体的および精神的機能が低下して、病態によるアウトカムに影響が及ぶ。カヘキシアは低栄養の原因の一つである。
サルコペニアや低栄養、また食欲不振や体重減少を認めた場合、その原因としてカヘキシアの有無を確認することが重要である。