従来は、話しことばの発達に遅れのない自閉症近似の発達障害とみなされていたが、2013年にアメリカ精神医学会が発表した新たな診断基準(DSM第5版)以降、アスペルガー症候群は公式診断名としては用いられないことになった。そのおもな理由としては、アスペルガー症候群と高機能自閉症(正常知能を示す自閉症)の質的差異に関する研究が多く行われたが、明確な結論は得られず、あるとしても程度の差とみなされるようになったためである。
ただし、いまでもアスペルガー的、アスペルガータイプなどと非公式には用いられることがある。
自閉症では、意味理解障害を主として、言語発達に遅れを示すのが特徴であるが、アスペルガー症候群とは、社会性の質的障害と行動、興味、活動の限定的で反復的、かつ常同的な様式は自閉症のそれらと同等だが、話しことばの習得には遅れがない状態を意味する。遅れがないとは、2歳までに単語を発話し、3歳までには二語文を獲得することと定義されていた。
オーストリアの小児科医、ハンス・アスペルガーHans Asperger(1906―1980)は1944年、小児期より自閉的精神病質(性格異常の一種)を示す4例の症例を報告した。このドイツ語で書かれた論文の存在とアスペルガーの名前を世界的にしたのが、イギリスの自閉症研究者であり臨床医であったローナ・ウィングLorna Wing(1928―2014)である。1981年の彼女の論文で、アスペルガー症候群の用語が初めて用いられた。発達障害としてのアスペルガー症候群の再発見である。
従来のアスペルガー症候群の原因は明らかになっていない。自閉症と同様に、家族的・遺伝的要因の関与を示唆する研究があり、また男性に多く発症することがわかっている。スウェーデンを中心に実施された疫学調査では、0.2~0.4%の有病率が示されたが、調査基準が一定でないため、正確な頻度は不明である。しかし、自閉症およびその近縁の発達障害のなかではかなりの割合を占めるのは確かである。
自閉症の約半数は知的障害を合併するが、従来のアスペルガー症候群では知能はほとんど正常範囲にある。話しことばの習得に遅れを示さず、特定の事物に極端な興味と知識をもつだけのため、自閉症と比べて障害に気づかれるのが遅い傾向にある。逆に、ユニークで早熟な子どもと認識している親もまれではない。ただし、家庭生活では困難がなくても、同年齢集団での仲間関係が成立しない、手先が不器用だったりすると運動と生活動作の両面で差し障りを示す、周囲の人々の言動を誤解して不適切な対応をしてしまうなどの社会生活上適応しにくい面がみられる。なお、これまでアスペルガー症候群と犯罪行為を結びつけるような新聞報道などもあったが、それらは誤りで、かつてもいまもそれらを示唆する研究はない。