自閉症スペクトラム障害や、英語名を略してASDともいわれる。ASDは、自閉症の研究者で臨床家でもある、ローナ・ウィングLorna Wing(1928―2014)が提唱した自閉症とその周辺の発達障害の総称に由来する。ただし、日本では、ASDは広義の自閉症を意味する広汎(こうはん)性発達障害(PDD:Pervasive Developmental Disorder)とほぼ同義語として使われている。
2013年5月に開催されたアメリカ精神医学会で承認されたDSM第5版(DSM-5)においては、用語としてPDDではなく、ASDが採用された。レオ・カナーLeo Kanner(1894―1981)による自閉症の発見(1943)以来、類似の障害を加えてPDD概念が拡大してきたのだが、再度ASDとして一つの障害ととらえ直すことになった。
ASDは、正確にはPDDのなかの、①自閉症、②従来のアスペルガー症候群、③その他の広汎性発達障害(非定型自閉症)の三つの障害が相当する。DSM第4版改訂版(DSM-Ⅳ-TR)と世界保健機関(WHO)の国際疾病分類のICD-10でPDDに含まれていた、④小児期崩壊性障害(生後2年程度の正常範囲と思われる発達の後、多領域の機能に顕著な退行を示す。自閉症類似の障害)と⑤レット症候群(X染色体に存在する遺伝子異常が原因の、女児のみに発症する重篤な神経疾患。1歳前後の発症時期に自閉症様の症状を示す)は除かれる。
PDDとASDの違いは障害のとらえかたにある。PDDは前述の五つの障害をそれぞれカテゴリーとして理解する。たとえば、自閉症という診断は従来のアスペルガー症候群の診断とは重ならない。また、PDDは障害群であり、健常とは異なるが、ASDは自閉症の特性が軽度から重度まで連続的に存在することを前提にしており、いわゆるノン・カテゴリカルな理解がある。この連続性は症状と経過の二つの見方において存在する。つまり、知的発達に遅れのない自閉症と従来のアスペルガー症候群の境界はあいまいで、両者を区別することはできないし、さらにASDと健常を区別することも意味がないと考える。また、個人の経過として、たとえば、幼児期に自閉症の特性を示していても、思春期には従来のアスペルガー症候群へと変化する場合もあるとする。
いわゆる健常者にも、いくぶんかはASDの特性が認められるという観点は、自閉症の原因が解明されていない現段階では、臨床仮説に留まるものではあるが、ウィングの「自閉症はスペクトラム(連続体)を構成する」という理解の仕方が多くの臨床家と研究者の支持を得て、PDDよりもASDが使用されることになった。
DSM第5版のASD診断では、①相互的な社会関係の質的障害および②コミュニケーションの質的障害を不可分(分けられない)とし、社会的コミュニケーションと相互的関係の障害に統合した点と、第三の主要兆候の症状項目に「感覚異常(感覚入力への過剰あるいは寡少な反応)」の項を追加した2点が診断学上の大きな変更である。DSM第5版の診断基準に忠実に診断するならば、ASDは従来の自閉症(ICD-10のF84.0)に重なり、PDDのような広範囲な障害とは異なることは明らかである。もちろんDSMは従来の基準で診断された状態は、経過措置としてASDに含めることは容認している。日本で用いられているASDはこの経過措置に相当したままである。
なお、ASDが提唱された当初は、autistic spectrum disorderという表記も使用されていたが、現在はDSM第5版のように、autism spectrum disorderがより一般的となっている。