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日本大百科全書(ニッポニカ)

注意欠如多動症

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注意欠如多動症
ちゅういけつじょたどうしょう
attention-deficit/hyperactivity disorders

不注意、多動、衝動性を主症状とする行動の発達障害。略称ADHD。アメリカ精神医学会が定めた精神疾患の診断と分類の基準(Diagnostic and Statistical Manual of Mental DisordersをDSMと略称)に記載されている。なお、日本児童青年精神医学会は、ADHDの日本語訳として、これまでの注意欠陥多動性障害にかえて注意欠如多動症を推奨している。

 歴史的には、微細脳障害(Minimal Brain Dysfunction、MBDと略称)と総称されていた状態の一部である。これらの軽度脳損傷児が示す症状のうち、行動の側面を整理して診断概念としたもので、いわゆる多動児の医学的診断名に相当する。なお、MBDの学習・認知の側面からの概念は、後の学習障害の領域へと展開していった。

 1980年に発表されたDSM第3版では、いわゆる多動児は、注意欠陥障害(Attention-Deficit Disorders、ADDと略称)として定義されていた。当時、多動の基礎病態は不注意にあると考えられたためである。1987年のDSM第3版改訂版において、診断基準の見直しが実施された際に、ADDにかわって、ADHDが使用されるようになった。1994年のDSM第4版で再度改訂された基準がADHD診断に用いられる。この基準以降、概念としてはほぼ同じで、変更はわずかである。

 その後、2013年5月にDSM第5版が発表された。ADHDの症状項目に大きな変更はないが、症状出現の時期を7歳未満から12歳未満に引き上げたこと、成人(17歳以上)の診断の場合、診断のための基準を9項目中5項目(子どもの場合は6項目)以上としたこと、症状の確認場所を学校、職場、家庭だけでなく、友人関係や地域での活動の場も加えたこと、これまでのDSMでは自閉症に含まれる障害を優先して診断するため、広汎(こうはん)性発達障害とADHDの併存診断は認められていなかったが、DSM第5版では広汎性発達障害が自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)と改められ、ADHDとの併存診断が可能となったことが、変更点としてあげられる。これらは臨床の実態にあわせた変更である。

 ADHDは学童の3~7%に存在し、発達障害としてはもっとも高頻度である。男女比は4対1から9対1と、調査によって異なるが、男性に多い障害である。欧米の成人期の調査では、4%程度の有病率で、男女比は1対1となる。学童期の調査結果との差異の理由は明らかにされていない。

 発症に至る要因はさまざまであるが、前頭葉―大脳基底核―小脳の機能的連携障害が基盤に存在する。結果的に高次脳機能の出力の(自己)制御の問題が生じて、行動、情緒、認知、言語、時間管理などの側面でADHDの症状が形成されると説明されている。その特徴は家族集積性にあり、遺伝的要因がその発症に強い影響を及ぼしている。

 ADHDの症状は就学前から存在している。最近、遅発発症のADHDの存在を示唆する研究が複数あるが、成人期に新たに発症することはないというのが定説である。特定の場面のみで症状を示すことはなく、いくつかの場面(家庭と学校、職場など)でその症状を確認することが診断の前提となる。なお、現状でADHDを診断するための客観的検査は開発されていない。熟練した臨床医の判断がその根拠となる。また、症状の存在と不適応の出現とに時間的ずれが生じることがしばしばである。つまり、ADHDのある子どもは、自己制御がより求められる集団生活が始まる年齢になって、うまくふるまえずに不適応を示すが、家庭や他の環境などで、比較的自由な場面が多い年齢ではそれほどの問題行動を示さず、その存在に気づかれない場合もある。

 学童期前半までは多動が症状の中心であり、その後、多動が減弱していくのが自然の経過である。思春期前にはおおよそ3分の1の例で寛解に至るが、不注意と衝動性はかなりの例で成人期まで残存することが明らかになっている。

 合併障害としては、学習障害(20~30%)、性格の偏りである反抗挑戦性障害(40~50%)、いわゆる不器用の診断名である発達性協調運動障害(40%程度)などがあげられる。

 ADHDの症状を和らげるために薬物治療が用いられる。とくに中枢神経刺激薬(メチルフェニデートやリスデキサンフェタミンなど)の効果が優れており、有効率は60~80%に及ぶ。2019年(令和1)からADHD適正流通管理システムが稼働しており、この二つの薬剤に関しては、患者登録が義務づけられており、処方・調剤できるのは本システムに登録済みの医師・薬剤師に限定されている。新しいタイプのADHD治療薬としてアトモキセチンとグアンファシンが使用されるようになっている。いずれも即効性はないが、終日効果が期待できる薬剤である。しかし、薬物治療のみではADHDの治療は完結せず、行動療法、教育的支援、親へのカウンセリングなどを組み合わせた包括的治療が推奨されている。

[原 仁]2025年9月17日

©SHOGAKUKAN Inc.

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