2004年(平成16)12月に成立、2005年4月に施行された発達障害者に対する支援(自立と社会参加)を定めた法律(平成16年法律第167号、以下支援法)。この法律は、発達障害を早期に発見し、発達支援を行うことに関して国、地方公共団体、国民の責務を明らかにするとともに、発達障害者への学校教育における支援や就労の支援、発達障害者支援センターの設置や発達障害者を支援する民間団体への支援などを図ることにより、発達障害者の自立および社会参加に資することを目的としている。超党派の「発達障害の支援を考える議員連盟」(初代会長・橋本龍太郎)によって提案された3年後の見直しを含む時限立法であったが、後述のように、2016年に改正された。
この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎(こうはん)性発達障害、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものとなっており、「発達障害者」とは、発達障害を有するために日常生活または社会生活に制限を受ける者をいう。政令で定める発達障害として、発達性言語障害と発達性協調運動障害が示され、さらに厚生労働省令で定める発達障害として、WHO(世界保健機関)が作成している国際疾病分類第10回改訂(ICD-10)の「心理的発達の障害(F8)並びに行動及び情緒の障害(F9)」に列挙されている障害群が含まれることになっている。
2016年、本法の改正(5月成立、8月施行)が行われた。その背景として、2011年に障害者基本法の改正があり、さらに2014年に障害者の権利に関する条約の批准が行われた。本法の改正の際、法律全般にわたって改正が行われたが、もっとも注目すべきは発達障害の定義(第2条)に「社会的障壁」という概念が導入された点である。いわゆる障害を社会の仕組みや環境がつくりだす障壁ととらえ、そのうえで共生社会の実現に向けた社会モデルとして理解しようとの提案である。
法律上の障害者の定義は、それまで障害者基本法で定められた3障害、つまり知的障害、身体障害、精神障害に限定されていたが、本法によって新たに発達障害が加えられた意義は大きい。福祉制度の大変革である障害者自立支援法(2006年4月施行。現、障害者総合支援法)では、支援の対象として発達障害が明記されたわけではなかったが、2010年12月の同法の一部改正(平成22年法律第71号)において、障害者の範囲の見直しがあり、発達障害は精神障害に含まれるものとして明記された(4条1項)。また、本文にはないが、高次脳機能障害も発達障害と同等とすることが厚生労働省の通知で示されている。このことで、法的に発達障害者・発達障害児(18歳未満の発達障害者)は、精神障害者と同様のサービスの利用が可能となった。
しかし現実には、法的な定義と一般的な概念とが乖離(かいり)しているため、発達障害とは何かについての理解を深めていくことが課題である。支援法の定義は前述のとおりであるのに対して、一般には、発達障害とは、知的障害(精神遅滞)と同様の支援が必要であるが、生得的な障害であるので、その支援のあり方において中途障害とは質・量ともに違いがあり、かつ支援は一生涯続けられねばならない状態と理解されている。発達障害とされるものは具体的には、知的発達障害、脳性麻痺(まひ)などによる生得的な運動障害(身体障害)、自閉症やアスペルガー症候群を含む広汎性発達障害、注意欠如多動症およびその関連障害、学習障害、発達性協調運動障害、発達性言語障害、てんかんなどを主体とするものである。視覚障害、聴覚障害および種々の健康障害(慢性疾患)を含む場合もある。つまり、発達障害は広範囲で包括的な概念である。
以上、従来の発達障害の概念と支援法の発達障害の定義を比較するなら、従来の概念の一部が支援法の定義であり、前者が後者を包含する。歴史的にみれば、発達障害は「重度な」あるいは「重篤な」という形容詞がつく状態を意味していた。しかし、発達障害には、いわゆる軽度(知的発達に遅れのない)とみなされる状態もあり、それらの人々に対しても従来の発達障害と同様の支援が必要であることが強調されるようになった。そのような考え方からすると、支援法の発達障害のとらえ方はいわゆる軽度発達障害と重なる。
支援法の成立に至るまでには、厚生労働省と文部科学省による二つの流れがあった。
厚生労働省は、2002年4月より自閉症・発達障害支援センター運営事業を開始し、都道府県あるいは政令指定都市にそれぞれ1か所の支援センターの設置を目ざして、自閉症とその周辺の発達障害を支援するネットワークを構築しようとした。広汎性発達障害の支援を想定したシステムである。
文部科学省では、学習障害の対応を検討するなかで、障害のある子どもの学びの場についての条件を整備し、その制度を特殊教育から特別支援教育という枠組みへ移行することになった。それまで特殊教育の対象ではなかった、高機能自閉症、注意欠如多動症、そして学習障害などの軽度発達障害児も、特別支援教育の対象に加えようというものである。
従来の障害者の枠組みでは対応が不十分であった広汎性発達障害と特別支援教育の対象となる障害とを新たに支援の対象としようとするのが、支援法の意図である。省庁の枠組みを超えて、施行通知は文部科学事務次官と厚生労働事務次官の連名でなされた。自閉症・発達障害支援センターは発達障害者支援センターとなり、支援法でいう発達障害者・発達障害児の支援を行う機関と位置づけられた。