病原性を有する細菌、ウイルスなどに適当な処置を施し病原性をなくした、または病原性を弱めた製剤。投与することで病気に対する免疫をつけたり、免疫を高めることで病気にかかったり重症化したりするのを防ぎ、また、ほかの人への感染を予防することを目的としている。ワクチンの成分としては、該当疾患の原因病原体の主成分(抗原物質)以外に、おもにホルマリンなどの殺菌剤、水酸化アルミニウムなどのアジュバント(免疫強化補助剤)、ゼラチンなどの安定化剤、チメロサールなどの殺菌作用のある防腐剤、エリスロマイシンなどの抗菌薬、鶏卵などの培養物質が含まれていることがある。
日本においてワクチンは、公衆衛生の観点から感染伝播(でんぱ)(流行)のおそれがある病気の発生・蔓延(まんえん)を予防するために、予防接種の実施その他の必要な措置を講ずることを定めた予防接種法に基づいて使用される。予防接種には、予防接種法に基づいて実施される「定期接種」「臨時接種」、予防接種法に基づかない「任意接種」、特別措置法に基づく「特定接種」「住民接種」がある(詳細は別項目「予防接種」を参照)。
1798年、イギリスの医師エドワード・ジェンナーが、世界で初めて牛痘ウイルスを人に接種して天然痘の発症予防を報告したことがワクチンの始まりである。その後、1880年代にフランスの化学者、微生物学者ルイ・パスツール、ドイツの細菌学者ロベルト・コッホにより病原体に対するワクチンの基礎がつくられた。また近年では、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)ワクチンとして、遺伝子組換え技術などによりさまざまな種類のワクチンが開発されている(詳細は後述「新しいワクチンの開発」の項を参照)。
病原性を有する細菌、ウイルスそのもの、または病原体を構成する物質などをもとに作製されたワクチンがある。
(1)生ワクチン
病原性を弱めた病原体から構成されたワクチンで、弱毒化ワクチンともよばれる。接種することで、該当疾患に自然にかかった場合とほぼ同じ免疫が得られる。多少なりとも病原性を有する病原体を使用することから、副反応(副作用)として該当疾患と似た症状が発現することがあるが、軽症で推移する場合が多い。麻疹(ましん)、風疹(ふうしん)、ロタウイルス、水痘、おたふくかぜ、結核に対するワクチンがある。
(2)不活化ワクチン(トキソイド、組換えタンパクワクチンを含む)
季節性インフルエンザなどに対して使用される不活化ワクチンは、ホルマリンなどを用いて感染力(毒性)をなくした病原体から構成されている。破傷風に対して使用されるトキソイドは、病原体からつくられる毒素(トキシン)を取り出し、毒性をなくして免疫をつける力だけを残したものである。B型肝炎などに対して使用される組換えタンパクワクチンは、病原体を構成するタンパク質から作製されたワクチンであり、これらは広い観点から不活化ワクチンに分類される。不活化ワクチンは、病原性をなくした病原体を使用することから当該疾患を引き起こすことはなく、種類も多い。
①明らかに発熱している場合(37.5℃以上):発熱は多くの疾患の前駆症状である。個人差はあるものの通常37.5℃以上が「発熱」とされている。なお、普段から平熱が高い場合には、接種する医師と被接種者またはその保護者で体調を見極めて判断する。
②重い急性疾患に罹患(りかん)している場合:病気の進行状況が不明であり、このような状況下ではワクチンを接種することはできない。
③ワクチンの成分に対して、アナフィラキシー(急性のアレルギー反応)など重度の過敏症の既往歴がある場合:ワクチン接種により同様の症状を呈する可能性がある。
④全身衰弱など、医師の判断でワクチンの接種を受けることが不適当な状態の場合
⑤妊娠中および妊娠の可能性がある場合:病原性を有する生ワクチンを妊婦に接種することはできない。胎児へ移行して悪影響を及ぼす可能性がある。
ワクチンは生体にとって異物であることから、ときに有害な反応(副反応)が生じるおそれがある。ワクチンによってもたらされる有用な免疫反応以外、たとえば発熱、局所の痛みなどは有害な反応(副反応)である。また、まれにワクチンに含まれる成分や添加物により重篤なアナフィラキシーをおこすことがあるので、異常が認められた場合はただちに医療機関を受診する必要がある。
予防接種法に基づく定期接種の対象であるA類疾病(集団感染予防に重点を置き、接種の努力義務あり)およびB類疾病(個人感染予防に重点を置き、接種の努力義務なし)は、ワクチンの定期接種により病気の発症予防・症状軽減が可能である。
(1)A類疾病
①百日咳(ぜき)
百日咳菌によって発症し、激しい咳を伴う感染症で、乳幼児では呼吸ができなくなり死亡することもある。ワクチン接種により罹患リスクを80~85%程度減らすことができると報告されている。
ワクチン(百日咳菌を含む不活化混合ワクチン):初回接種を生後2か月から行い、一定期間を経て追加接種を行う。
②ジフテリア
ジフテリア菌がおもに気道分泌物の飛沫(ひまつ)感染によって喉(のど)などに感染し毒素を放出する。この毒素が心臓の筋肉や神経に作用することで、呼吸に必要な筋肉の麻痺(まひ)、心不全などをきたす。
ワクチン(ジフテリア菌を含む不活化混合ワクチン):初回接種を生後2か月から行い、一定期間を経て追加接種を行う。
③破傷風
破傷風菌によって発症し、無治療の場合は致命率が高い感染症である。おもに傷口に菌が入り込んで感染し、破傷風菌の産生する毒素がさまざまな神経に作用して全身の筋肉が硬くなり、呼吸ができなくなる。
ワクチン(破傷風菌を含む不活化混合ワクチン):初回接種を生後2か月から行い、一定期間を経て追加接種を行う。
④急性灰白髄炎(ポリオ)
ポリオウイルスが口から入り、腸に感染して発症する感染症。乳幼児の罹患が多いが、感染しても多くは発症せずに、免疫ができることが報告されている。しかし、腸内に入ったウイルスが脊髄(せきずい)の一部に入り込むと手足に麻痺がおこり、生涯麻痺が残ってしまうことがある。
ワクチン(ポリオウイルスを含む不活化混合ワクチン):初回接種を生後2か月から行い、一定期間を経て追加接種を行う。
⑤麻疹
麻疹ウイルスによって発症し、発熱や咳などのかぜ症状を示す。重症の場合には肺炎、脳炎などを合併する急性の全身感染症である。空気感染、飛沫感染、接触感染によりヒトからヒトへ感染が広がる。免疫をもたないヒトが感染すると100%発症し、一度感染すると生涯免疫が持続する。ワクチン接種で麻疹による肺炎などの重篤な疾患の予防が可能である。
ワクチン(麻疹ウイルスまたは麻疹ウイルスを含む生混合ワクチン):1歳時と就学前の合計2回接種する。
⑥風疹
風疹ウイルスによって発症し、発熱や発疹(ほっしん)、リンパ節腫脹(しゅちょう)を特徴とするウイルス性発疹症である。飛沫感染によりヒトからヒトへ感染が広がる。免疫が不十分な妊娠20週ごろまでの女性が感染すると、風疹ウイルスが胎児にも感染して、出生児の眼(め)や心臓、耳などに障害が現れる先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome:CRS)を生じるおそれがある。ワクチン接種で風疹による肺炎などの重篤な疾患の予防が可能である。また、生殖年齢にある女性は、妊娠前のワクチン接種によりCRSを予防することができる。
ワクチン(風疹ウイルスまたは風疹ウイルスを含む生混合ワクチン):1歳時と就学前の合計2回接種する。
⑦日本脳炎
日本脳炎ウイルスによって発症し、突然の高熱、頭痛、嘔吐(おうと)などを特徴として意識障害や麻痺などの神経系障害を引き起こす感染症。死に至る場合や後遺症を残すことがある。ワクチン接種により、日本脳炎の感染リスクを軽減することが可能である。
ワクチン(日本脳炎ウイルスの不活化ワクチン):3歳になったら1期の接種を行い、9歳になったら2期の接種を行う。
⑧結核
結核菌によっておもに肺に発症し、咳、痰(たん)、発熱、呼吸困難などの呼吸器症状を呈する。肺以外の腎臓(じんぞう)、リンパ節、骨など全身の臓器にも影響を及ぼすことがある。ワクチン接種により比較的高い確率で発症を予防することができる。
ワクチン(結核菌の生ワクチン=BCGワクチン):生後5か月になったら1回接種する。
⑨Hib(ヒブ)感染症
ヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)に気道分泌物を通して感染し、発症する。感染症状を示さず、菌を保有して日常生活を過ごすことも多い。しかし、なんらかの原因で菌が活発化すると、肺炎、敗血症、髄膜炎、化膿(かのう)性の関節炎などの重篤な疾患を引き起こす。ほとんどが5歳未満で発症し、とくに乳幼児での発症に注意が必要である。
ワクチン(ヘモフィルスインフルエンザ菌b型の不活化ワクチン):生後2か月から初回の接種を行い、一定期間を経て追加接種を行う。
⑩肺炎球菌感染症(小児)
肺炎球菌に気道分泌物を通して感染し、発症する。集団生活などでおもに飛沫感染により感染が拡大する。小さい子どもほど感染しやすく、とくに0歳児でのリスクが高いとされている。肺炎や中耳炎、髄膜炎など重篤な合併症を引き起こすことがある。ワクチン接種によりこれら重篤な合併症の予防が可能である。
ワクチン(肺炎球菌の不活化ワクチン):生後2か月から初回の接種を行い、一定期間を経て追加接種を行う。
⑪ヒトパピローマウイルス感染症
ヒトパピローマウイルス(HPV)により引き起こされる感染症。性経験のある女性の50%以上が生涯で一度はHPVに感染するとされている。子宮頸(けい)がんや肛門(こうもん)がん、尖圭(せんけい)コンジローマなど多くの疾患の発症に関係している。ワクチン接種によりこれら疾患の予防が可能である。
ワクチン(HPVの不活化ワクチン):小学校6年から高校1年相当の期間に2回または3回接種する(定期接種の対象は女子のみ)。
⑫水痘
いわゆる「みずぼうそう」のことで、水痘・帯状疱疹(ほうしん)ウイルスによって引き起こされる。空気感染、飛沫感染、接触感染によりヒトからヒトへ感染が広がる。水痘はおもに小児の病気で、発疹から始まり、水疱(すいほう)、膿疱(のうほう)を経て痂皮(かひ)(かさぶた)化して治癒する。重症化すると熱性けいれん、肺炎、気管支炎などの合併症をおこす。まれに成人での水痘も確認されるが、発症した場合は重症化するリスクが高い。
ワクチン(水痘・帯状疱疹ウイルスの生ワクチン):生後12か月から36か月までの間に合計2回接種する。
⑬B型肝炎
B型肝炎ウイルスの感染により肝臓に炎症がおこる感染症。B型肝炎ウイルスが含まれた血液などの体液に接触した場合に感染するが、一過性の感染で終わる場合と、感染が持続する場合(キャリア)がある。炎症の経過から、急性肝炎と、キャリアから慢性肝炎に移行する場合があり、慢性肝炎では肝硬変や肝がんなど致死的な病気に進展することもある。ワクチン接種により肝炎など重篤な疾患の予防が可能である。
ワクチン(B型肝炎ウイルスの不活化ワクチン):標準的な接種時期は、生後2か月からおおよそ半年間かけて合計3回接種する。
⑭ロタウイルス感染症
ロタウイルスにより引き起こされる急性の胃腸炎で、5歳までの乳幼児期にかかりやすく、水のような下痢、吐き気・嘔吐、発熱、腹痛の症状が現れる。ワクチン接種により乳幼児の下痢や嘔吐の原因となるロタウイルス感染症の予防が可能である。
ワクチン(ロタウイルスの生ワクチン):標準的には生後8~14週に初回接種を行う。
(2)B類疾病
①季節性インフルエンザ
インフルエンザウイルスによって引き起こされる呼吸器感染症。発熱(38℃以上)、頭痛、関節痛、筋肉痛、喉の痛み、鼻汁、咳、全身倦怠(けんたい)感などの症状が比較的急速に現れる。子ども(幼児など)ではまれに急性脳症、高齢者や免疫が低下している人では二次性の肺炎を伴うなど重症化しやすい。ワクチン接種により重篤な肺炎などの予防が可能である。
ワクチン(インフルエンザウイルスの不活化ワクチン):毎年1回、65歳以上の高齢者と60~64歳で基礎疾患のある人(心臓、腎臓、呼吸器、免疫機能に障害を有し、日常生活が極端に制限またはほとんど不可能な場合)が接種する。
②肺炎球菌感染症(高齢者)
高齢者が肺炎球菌に感染した場合、気管支炎、肺炎、敗血症などが重症化しやすい。ワクチン接種により重篤な肺炎などの予防が可能である。
ワクチン(肺炎球菌の不活化ワクチン):高齢者(65歳)と60~64歳で基礎疾患のある人(心臓、腎臓、呼吸器、免疫機能に障害を有し、日常生活が極端に制限またはほとんど不可能な場合)が1回接種する。
③新型コロナウイルス感染症
新型コロナウイルスによって引き起こされる呼吸器感染症。発熱や咳などのかぜ症状で、多くは軽症であるが、一部は重症化したり数か月にわたり症状が持続したりする場合がある。とくに、高齢者やほかの疾患にかかっている場合には重症化しやすい。
ワクチン(組換えタンパクワクチン、m(メッセンジャー)RNAワクチンなど):毎年秋冬に1回、65歳以上の高齢者と60~64歳で基礎疾患のある人(心臓、腎臓、呼吸器、免疫機能に障害を有し、日常生活が極端に制限またはほとんど不可能な場合)が接種する。
④帯状疱疹
過去にかかった水痘が原因で、体内に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルスが再活性化することにより発症する皮膚疾患。体の左右どちらかに、神経の走行に沿って帯状に病変が生じるのが特徴で、ときに痛みを伴う水疱が出現する。70歳代で発症する人がもっとも多い。
ワクチン(水痘・帯状疱疹ウイルスの生ワクチン、組換えタンパクワクチン):高齢者(65歳)と、60~64歳で免疫機能に障害を有し、日常生活がほとんど不可能な人が、生涯に一度、生ワクチンでは1回、組換えタンパクワクチンでは2か月以上間隔をあけて2回接種する。
(1)新型コロナウイルス感染症ワクチン
ワクチンは従来、病原性を有する細菌やウイルス、またはタンパク質を用いたものが使用されていたが、2019年に出現し、その後世界的に大流行した新型コロナウイルス感染症においては、組換えタンパクワクチンとともにウイルスを構成するタンパク質の遺伝情報を用いたワクチン(mRNAワクチン)が国内外で開発され、使用され始めている。
新たに開発されたmRNAワクチンは、その遺伝情報をもとに体内でウイルスのタンパク質をつくり、そのタンパク質に対する抗体ができることで免疫を獲得する。mRNAワクチンは従来の不活化ワクチンとは異なりウイルスの遺伝情報のみで開発が可能となるため、開発着手から完成までの期間が短い、さらに病原性のあるウイルス自体を扱う必要がないといったメリットがある。一方で、従来の不活化ワクチンに比べ使用実績に乏しいため、とくに小児、妊婦、高齢者などにおいては、今後さらなる有効性および安全性などを実証する必要がある。
(2)新しい投与経路のワクチン
季節性インフルエンザにおける従来の不活化ワクチン(インフルエンザHAワクチン)は皮下投与であったが、日本では2024年(令和6)10月より鼻腔(びくう)内に噴霧するタイプの弱毒生インフルエンザワクチンが使用可能となった(対象年齢は2~19歳未満)。このワクチンは、従来のワクチンと異なり鼻腔内に噴霧するため、針穿刺(せんし)の必要がなく、接種される人の心理的および身体的負担の軽減が図れるメリットがある。